6-25 宝物庫での企み ②
意識が薄れていく。流れる血が止まらない。身体に力が入らない。
(くっそ、何なんだよ。これ…俺に効くって、ことは、毒…じゃねぇ)
意識を手放さないように、精神力で繋ぎ止め、思考を回す。
されど、身体は動くわけもない。
「全くぅ、無様ですね。そんな貴方の前でぇ、良いものを見せてあげます」
「な、にを…」
ネビュロルは、ある方向へと影から出した触手を伸ばしていく。
それだけ、彼女が何をしようとしているのか分かった。分かってしまった。
触手に縛り上げられたアトレが、ライトの視界に映る。
酷く怯えた目で彼を見る彼女。口が塞がれている為、声は聞こえないが、そうでなかったら確実に叫んでいるだろう。
「や、めろ…」
(何で、俺は先に、アトレを…返さなかった?邪魔に、なることなんて…分かってた。筈、なのに…)
因みにだが、二人が入ってきた時点で入り口は謎の力により、封鎖されていたので、この奥へ入る前に彼女を帰らせる必要があった。
「良いですねぇ、その顔。もっと不快に、歪めてくださいよぉ」
蛇王蛇法を使おうとするも、言い切るまで喉が持たない。
触手がアトレを縛る力を強めていく。ミシミシと嫌な音が聞こえてきそうだ。
人間では、そう耐えられる訳がない。
「ク、ソが…」
「あぁ、貴方の弱さが招いた結果ですよ」
(どう、したらっ)
後悔が募る。無力さが胸を焦がす。
アトレの命に、諦めをつけようとした、その瞬間、
「――離すがいい、下衆めが」
そんな声と共に、彼女を拘束する触手が切り裂かれた。
開放されたアトレを抱え、その男はライトの近くに駆けてくる。
「アル、グ…お前…」
「ライト殿、今それを引き抜こう」
腰からナイフが引き抜かれる。
それだけで、ライトの気分は一気に落ち着く、力の入らない筈の身体に無理に魔力を流して立ち上がる。
「助かった。…その剣は?」
「宝物庫から、借り受けた。後で陛下に頭を下げなくてはならない」
「そん時は、俺も下げてやるよ。所で、アルグ…コーセルト、回収できるか?」
震える足を押さえながら、軽口を言うようにアルグに問う。
彼の顔には、微かに汗が滲んでいるように見える。
「可能だ。しかし、それまでというところだろう」
「ならそれでいい。この部屋は、恐らく外からは簡単に入られるが、内から外へは出られなくなっている。俺がそれをぶち抜いて、お前ら三人を出す。したら、お前と一緒に来てるであろう、ローガスに暫く入ってくんなって言っとけ」
「分かった。それで、ライト殿はどうする?」
「気にすんな、アイツを殺してさっさと戻る」
「……分かった」
アルグも、ライトの状態が危ない程度のこと、理解していた。
だがそれでも、彼の意思を感じて口を出しはしなかった。
「作戦会議はぁ、終わりましたか?」
「ご丁寧に待ってくれて感謝するぜ――アルグッ!目ぇ一瞬瞑れ!」
―――眩み惑わす光蛇ッ!!
「目眩ましですかっ!?」
「行け、アルグッ!」
「感謝する!」
閃光が弾けた刹那、隣の気配が高速で動く。
ロゼリアの邪悪な気配を除く、この空間の気配三つが集まった時、ライトは全神経を集中させる。
(宝物庫の前の空間と三人の居る空間を入れ替える、イメージッ!)
《黒剛彩王-虚の理-悪逆非道-暴虐非道-偽詐術策-聡明》
―――虚の理:≪空間支配法則・空間置換≫
「ハァッ、ハァッ…成功したか…」
「気配がぁ…消えた?…何をしたのですかぁ?」
「教えるわけねぇだろ」
三人が、視界から消えたのを確認して、笑みを浮かべる。
それほど怒ったり、焦ったりしている様子のないネビュロルに、不信感を抱きながら何でもない風を装う。
「目的は達しましたのでぇ、貴方という邪魔になりそうな存在さえ消せれば、終わりなんですよぉ」
心を読んだかのように、彼の疑問に答える彼女の影は、大きく広がっている。
そこから、先程よりも数段鋭利な触手のようなものが出てきた。
「はぁ…あんま調子乗んなよ」
「貴方こそぉ、いつまでも大きな口、叩いている場合ですかぁ?もう、限界でしょう?」
「……」
彼女の言葉が的を得ているのは、沈黙が証明していた。
未だに、流れ出す血からも分かるように、傷口が何故か全く塞がらないのだ。
気分は良くなっても、体力は削られている。
三人を転移させるので、集中力も精神力も切れかけていた。
(終わり――なわけねぇ!どうにか、考えろ考えろ考えろ!!)
「――それではぁ、さようなら!!」
脈動した触手が、ライトを貫き殺そうと波のように迫る。
思考を、回せど回せど、解決策が出ることはない。
"不可能"と"死"が、思考を黒く塗り潰していく。
(……無理、だ)
絶望に膝が崩れ落ちる。
殺意が、彼へと迫る。
《最純二択-黒剛彩王-世界開闢言語理論-悪逆非道-暴虐非道-偽詐術策-聡明》
これで終わってしまっては、面白くない。そうだろう?皆様方。
彼は、見覚えのある異空間へと引き摺り込まれていた。
姿勢が悪かったのか、そのまま地面らしき黒へと顔面が叩きつけられる。
「いっづっ!」
痛みと同時に、身体の不調や疲労が綺麗サッパリ消えていることを理解する。
「此処は……また、来たのか」
水をかけられたように、クールダウンした思考が、冷静に物事を考えさせる。
立ち上がった彼は、これまでのように"問い"を探す。
「あった」
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最純二択―Q.4 貴方にとってはどちらが重要か?
身体 or 精神
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そして、その行動は無意味ではなく、やはりそれは彼の前に現れていた。
何の疑いもなく、彼はそれを受け入れ、考え始める。
今この場での問いよりも、重要なことがあるからだ。
(また、これに助けられた…一体どんなスキルなんだか…分からないものは、考えても仕方ないか。それよりも……)
問いの答えを考えるのと並行して、ネビュロルのことを考える。
これまでのパターンから予測して、問いが終われば、全快の状態であの場に戻される訳だが。
だからといって、何が出来るのか、ということを。
(触手は迫っている。魔法は使えない、武器は出せない、理を使う時間もない。詰んでるとしか言いようがない)
状況があまりにも悪く、戻ってもどうしようもなかった。
一旦並行思考を諦め、問いへ向き直る。
「身体か、精神か…こんなの精神に決まってる。精神は記憶と同義だ。一問目と対して変わらないだろ、これ。精神は変えがきかないけど、身体なら幾らでも治せる……ん?」
自分で言ったことに、自分で引っかかりを覚えた。
ライトはそこに何か、攻略の糸口が隠れているように直感的に感じたのだ。
「身体は、幾らでも治せる…身体、身体…血と肉…」
言葉を分解し、その意味を改めることで、糸を手繰り寄せる。
答えは、直ぐそこにある。
「……血肉…そう、血肉だ。少し、賭けになるが、試してみる価値はある」
彼の口が、孤を描く。
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最純二択―Q.4 貴方にとってはどちらが重要か?
Answer―精神―Decision
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何かが、断ち切れるような音がする。
意志に呼応して、答えは選ばれた。
黒き王は、笑みを浮かべながら
「さあ、反撃の時間だ」
と、そう言うのだった。
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◆技解説
魔法技録
虚の理:≪空間支配法則・空間置換≫ 指定した二つの空間を瞬時に入れ替える 更に上位の力以外の阻害を受けずに置換が可能
◆蛇足
語り部「最純二択の発動条件って、全然謎だよな」
蛇の王「大体ライトが負けそうな時に発動するが、そうではないのか?」
語り部「そうだけど、そうじゃないんだよなぁ、これが」
白き槍「では、語り部様は答えを知っているということですね?」
語り部「おっと、口を滑らせた」
蛇の王「まあ、詳細の開示は、当分先じゃろうがな」




