6-24 宝物庫での企み ①
「全くぅ、貴方は本当に邪魔ばかりしてくれますね」
「アトレの話をコーセルトに聞いた、お前が一緒に居た時から、既にお前を疑ってたよ」
「そんな時からぁ、侮れませんね」
「アトレが魔流不全になったのは、お前が来て直ぐのことだったらしいしな」
軽く言葉を交わしながら、思考を巡らせる。
握る手には、嫌な汗が滲んでいた。
その理由は、
(既に、魔法が使えなくなってやがる。それは…)
魔法の使用が出来なくなっていたことと、ロゼリアが手にしている"赤黒い本"にあった。
彼女の後ろの台座に目を向ければ、白かった鎖が黒く変色しており千切られている
(ロゼリア自身は唯の人間だ。けど、悪魔の力が宿る本、さしずめ魔本とでも呼ぶべきアレのせいで魔力が乱されて、魔法が使えない)
封印は既に解かれてしまっていた。
そして、それが不味いことだというのが、分かり切っているが故に嫌な予感が止まらない。
「そういえばぁ、忘れていました」
「何をだ?遺言か?」
「いえぇ、私の本当の名前ですよ。ロゼリアは偽名ですのでぇ」
「ま、だろうな」
「私の本当の名はぁ、ネビュロル。冥土の土産にぃ、覚えていってください!!」
刹那、ネビュロルの足元の影が蠢き広がり、その闇から無数の触手が這い出て、ライトに殺到する。
後ろのアトレの恐怖が気配で伝わるが、そんなのは無視して、冷静に彼は口を開いた。
―――切り刻め風蛇
言霊から生じた風の刃が、触手を細切れにする。
ネビュロルの顔には、少ない驚きが現れていた。
それは、彼女が魔本の能力を少なからず理解しているのを表していた。
「可笑しいぃ、ですね。魔法は使えない筈ぅ、なのですが」
「魔法じゃなくても、遣り様はあるって訳だ。一つ、勉強になったな」
「やはりぃ、貴方は危険です。私達のぉ、邪魔になる!」
再度、影が広がると、今度は蝙蝠が大量に出てくる。
―――焼き尽くせ炎蛇
「学習したらどうだ?この程度は効かねぇよ」
「――分かってますよぉ」
(いつの間にっ、蝙蝠は目眩ましか!)
炎が蝙蝠を跡形もなく燃やし、不敵に笑えば、真横から声が聞こえてきた。
染み付いた癖とでも言えばいいのか、思考をしながらも、身体はそちらの方向への防御を行っていた。
(魔力操作が乱される。だが、体内ならそこまで影響はない。唯の蹴り程度なら、耐えられる!)
ネビュロルの流れるような蹴りを、魔力操作による身体強化で耐えようとしたライト。
しかし、その想像以上の重さに吹き飛ばされる。
(防いだ腕が痺れてやがる)
「…おいおい、見た目以上に太ってんのか?重すぎるぞ」
「女性への言葉遣いがなってないですねぇ、よっぽど死にたいようで!」
今度は、目眩ましも無しで、正面から近付いてくる。
神官服を着た者の戦い方では、絶対に無い。正直、できれば物理で戦ってほしくない。
―――受け流せ風蛇
「なっ!?」
「受けれないなら、受けなきゃいいだけの話」
ライトの身体を包んだ風が蹴りを、ネビュロルを彼の身体の表面を滑るように流して逸らす。
―――爆ぜ喰らえ雷蛇
掌から生じた雷の蛇が、彼女に喰らいつき、瞬時に爆ぜる。
物凄い速度で飛んでいった彼女は、壁に激突する。
砕けた石材が、彼女に降り積もる。
唯の人間なら、死んでいても可笑しくない。いや、死んでいるだろう。
だが、そうならないのは、分かるだろう?
石材が弾け飛ぶ。
「痛いですねぇ、本当に」
「痛いで済んでるだけ良いだろ。普通は死んでるからな」
額や腕から血を流しながら、壁から出てくるネビュロル。
やはり、人間の耐久力じゃない。
「そういえばぁ、貴方どうして。武器を出さないんですかぁ?」
「チッ……そういう気分なだけだよっ!」
―――穿ち貫け氷蛇
空中に生成された無数の氷柱が、彼女に降り注ぐ。
影から飛びしてきた、巨大な蛙が彼女の前で壁となる。
―――爆ぜ喰らえ雷蛇
雷の蛇が蛙に噛みつき、爆殺四散する。
残念ながら、蛙のせいでネビュロルには効果がないようだ。
「あの武器を取り出すのはぁ、魔法でしたか。だからぁ、出せないと。これはぁ、良いことを知りました」
「……」
邪悪な笑みを浮かべそう言う彼女。
だが、実際は違っていた。そも、ライトの異空間収納は、魔法ではないからだ。
(魔法だから取り出さない。じゃなくて、何かをこの空間に加えることが出来ないかのように、取り出そうとすると止められる。やっぱり変だ)
彼は、再度この空間の以上を認識した。
同時に強い違和感を覚えた。
(というか、待て。そも、悪魔の力は魔力攻撃の減衰。中でもとりわけ魔法が無効化されるだけ。魔法を発動すること自体は出来た。決して魔力を乱すような能力じゃない……何かが、可笑しい。あれは、本当に悪魔の力が封じられた本なのか?)
「何止まってるんですかぁ、ならこちらから行きますよ!」
一際広く影が広がったかと思えば、その中から無数の蜘蛛が溢れ出す。
―――舞い荒れろ風蛇
―――舞い踊れ炎蛇
即座に形成された炎の竜巻が、空気を焦がしながら、蜘蛛を取り込み焼き尽くす。
しかし、アトレやコーセルトに被害を与えないように本来よりも、規模は抑えめだ。
その為、抜けてくる蜘蛛は、他の技で対応せざるを得ない。
「――油断大敵ぃ、ですよ」
「これっはっ!?」
腰に鋭い痛みが走ったかと、全身から力と熱が抜ける感覚が襲ってくる。
痛む箇所へ目を向ければ、"見たことのあるナイフ"が刺さっていた。
刃が酷く捻れた、黒い骨のようなナイフ。
そんなナイフの柄を噛んで保持していた、鼠が離れてネビュロルの方へ戻っていく。
蜘蛛を出すと同時に、一匹の鼠を出してナイフを咥えさせ、宝物庫の端をゆっくりと気配を消しながら回させ、意識の隙を突いて、刺させたのだ。
普通の状況ならば気づけたが、如何せん生命の気配が多すぎたが故に、彼は避けられなかった。
(このナイフッ、あの『六魔教団』の男が俺に刺したのと同じ奴だっ!)
そんなライトの意識は、彼女の攻撃方法よりもナイフの正体に向けられていた。
「テ、メェ…六魔、教団の…一味か…」
「ええぇ、その通りです。ナイフで気付く辺り、相当私達のことを知っているようで」
「一回、テメェらの…とこの奴に、世話になったよ…ご丁寧に、殺したがな」
「そうですかぁ…では、そのまま苦しんでぇ、死んでください」
地に伏す彼へ、そんな冷え切った言葉が投げられるのであった。
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次の投稿は10/31(火)です。
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◆技解説
蛇王蛇法技録
焼き尽くせ炎蛇 放った炎が対象を焼滅させるまで延焼し続ける
受け流せ風蛇 使用者の表面に風を生成し物理攻撃を逸らす 属性攻撃により逸らし具合は増減
穿ち貫け氷蛇 氷柱を空中に生成し対象を貫く 環境により生成量やサイズは変動
◆蛇足
語り部「ライトって、不意打ちするくせに、自分の不意打ち対応杜撰な時あるよね」
蛇の王「焦ると思考力は上がるが、視野が狭くなる癖があるのじゃ」
白き槍「今回は、考えることが多かったのも原因ですね」
語り部「総じて、まだまだってこと」
蛇の王「このままじゃ、まけそうじゃが、どうなるのかのう?」
白き槍「多分、何とかなります」
語り部「物語的にそうじゃないと可笑しいから確かなんだけど。それは言わないお約束よ」




