6-14 王女と死神 下
使徒様と出会って、三日が経った。
そして、気づいたことがある。
「やっぱり、そうだ」
私は、自分の部屋で"立っていた"。
別にそれ自体は可笑しいことではない。よくあること。
だが、それは私には当てはまらない。
五歳の時に患った、詳細不明の病。七年経った今でもそれに私は苦しめられていた。
症状は、極度の身体能力の低下、だけど別に強制的に筋力が衰えたという訳ではない。
体内魔力流動循環不全症、所謂『魔流不全』に近い症状だ。
魔力は生命を維持する力、また身体機能を稼働させる力。それが流れにくくなるということは、身体が使えなくなるのとそう変わらない。
実際にそうであり、私は下半身が殆ど動かすこと出来なかった。上半身も軽くしか力が入らなかった。
そんな症状を治す為、私の家族は多くの手を尽くしてくれた。
通常の治療方法、他者に強制的に魔力を流してもらうというのは全く意味を為さなかった。
となれば、同様の効果をもたらす薬を至る所から集めて、私に使用したがそのどれもが効果を発揮しなかった。
手を尽くしに尽くした結果『魔流不全』に似たこの病は、原因不明且つ治療不可能という判断をされた。
だが、だとしたら、今のこの状態はどういうことなのだろうか。
「身体に、力が入る」
そう、私は"立っていた"。
意味が分からなかった。だが、原因が思いつかないわけでもない。
両腕から両脚へと、目を下ろしていけば明らかな変化がある。
巻き付くような蛇の模様は、既に全身に広がっていた。
私は、コレのせいだと思う。というよりは、使徒様が飲ませてくれている謎の液体のお蔭なのではと。
死神は『死』が付く為、悪いイメージで見られがちだが、『神』であり神聖な存在。
それに仕える使徒もまた同様、つまり何かしらの神聖な力で私の症状の原因が打ち消されたのではなのか、ということだ。
そうとしか、説明がつかなかった。私は、使徒様に会う以外に特別な行動は行っていないんだから。
「皮肉ね……」
ずっと欲していた自由が、死ぬ間際になって手に入るなんて、本当に皮肉だ。
もう病が治ったから、動けるようになったからといって、意味がないというのに。
ふと、背後に気配を感じた。彼が来たのだ。
「それは、貴方次第ではないでしょうか」
「どういうこと?」
「貴方は死を望みました。貴方の死は私が契約の下、必ず現実にして見せましょう。ですが、残りの余生を諦めてしまうのは違うと思いますよ。生き足掻くことこそ、生命の輝き、美しさですから。全力で楽しむのも手ですよ」
「全力で、ね」
死神の使徒だと言うのに、楽しんで生きてみろというのか。
その矛盾に、笑みが溢れる。
「死神の使徒、だからこそですよ」
心を読まれたかのような言動に苦笑が浮かぶ。
いや、実際に読んでいるのだろう。その程度出来て可笑しくない。
「『死』というもの全てが美しい訳ではない。生を謳歌した上で至る、生命の終幕としての『死』。それこそが美しく尊いんですよ。自殺や事故死なんて、生命の無駄使いです」
死の美しさを死神の使徒から説かれるなんて、きっと体験したのは私だけだろう。
だけど、彼の言いたいことは理解できた。
要するに、悔いなく死ねと言っているのだ。
「分かったわ、楽しんでみる。私の人生を」
「では、今日もお薬の時間ですよ」
いつの間にか、彼は小瓶を持っていた。
今日もまた、この薬を飲む。これで四度目だ。
あと、飲むのは今回を除いて三回。その後が、私の命が絶える時。
その間を、全力で楽しまなければ。思い立ったが吉日、飲んだ後から行動しよう。
……まあ、既に遅いかも知れないが。
◆◇◆
月浮かび、星々煌めく、雲一つ無い夜。
アウトラクス城の本当の最上部、塔の屋根の上に居る黒尽くめの男。
死神、【黒塗】またの名を――ライト・ミドガルズと言う。
「あと、三日でタナトス様の使いの真似も終わります。そこからが、本番ですよね」
何時も通りの、孤を描いた笑みを浮かべながら、彼は呟く。
「重要なのは、誰が犯人で裏切り者か。まあ、既に見当は付いてますけど」
何処かの蛇のような、悪巧みをしているのが丸わかりの笑みのまま、月を見上げている。
「あの原因不明の魔流不全が、"病じゃない"なんて知ったら、王家の方々は驚くでしょうね」
皆様お気づきのように、死神の使徒はライトである。
強ち間違いでもないのだが、別に命令を受けている訳でも、特別な権限を貰っている訳でもないので、そういう意味では、完全なる嘘だ。
「そもそも病じゃないから、治療なんて意味がない。対応の仕方が違うから、治るわけがない」
アトレに言ったことも九割方嘘である。
死の準備や条件についてなんて、本当のことなど一つもない。
ましてや、彼女に飲ませた物は薬なんかではない。いや、薬ではあるのか?
「色々と罠を張って、ボロが出るのを待つか。それとも僕の方から先手必勝で行った方が……」
策謀を巡らし、敵をどうするか考える。
何と言うか、ただ魔法の教師をしに来ただけなのに大事になっている。
と、ライトは思って――いない。
「仮にも、王家に関連する者の中にいるのだから、僕から行けば問題が起きそうですね。やはり、後手に回るしかありませんか」
この依頼を受けた後、ヨルと言葉を何度も交わした。
理由は単純だ。
公爵家を気付かれずに操ろうとした、いや操っていた相手が、公爵家以外に手を伸ばしていない、策を講じていないわけがない、ということ。
アウトライル王国を切り崩そうとしているのだとしたら、当然王家の近くにも潜んでいると目処は立てていたのである。
つまりライトは、トラッシュがどうなったかを知るという目的以外に、確実な面倒事が起こることを理解した上で、この依頼を達成しにきていた。
「確かに分かっているのは、アトレさんが元気になってそう遠くない内に、相手方が行動を起こすってことだけ。情報不足もいいとこです」
そう、アトレの魔流不全は意図的に、人為的に起こされていたもの。
その手口は……まあ、お楽しみということで。
「だからこそ、面白い」
満面の笑みで彼はそう言う。
逆境でこそ、真価は光り輝く。絶対の優位ほど詰まらないものはない。
と彼は考えている。
優位に立つのは好きなくせに、劣勢になりたいという我儘さんだ。
だが、皆様も分かるであろう?
最初から勝利の決まったゲームなど、何が面白い?初期からの絶対有利のどこに楽しみがあるのだろうか。
無双系とか、そういうことが好きな加虐家などの例外は置いておいてだ。
苦難、苦悩、障害、障壁、それを超えた後の勝利にこそ、快感が伴う。
適度なストレスがあるから、後が気持ちいいって訳。
だから、死にゲーとかが人気になったりする。
「敗北を前提に計画を組む馬鹿が何処に居る。目指すは変わらず絶対の勝利だが、楽しませてくれよ?――『悪魔』さん方」
そんな彼の呟きと同時に、一つの星が煌めいた気がした。
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次の投稿は10/4(水)です。
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◆蛇足
語り部「さて、やはり死神の使徒はライトだったとして、裏で動いてる奴が居るねぇ」
蛇の王「まあ、前話の蛇足で我が言っていたが、それはいいとして、『悪魔』が動いているらしいぞ?」
白き槍「なぜ、『悪魔』だと断定できるのでしょうか」
語り部「それはアレじゃない?蛇王の知恵とか」
蛇の王「適当じゃのう…強ち間違いでもなさそうだが…」




