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黒塗の八岐大蛇 ~負けれない少年は、人道外れでも勝利をもぎ取りたい~  作者: 白亜黒糖
第6章 誇り高き青の王家と生贄喰らいの魔本
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6-11 特訓の意味、妹の話





「はあっ、はあっ、はあっ……」

「全くこの程度で、貧弱だなぁ。ま、分かってたけど」

「コーセルト様、お水をお持ちしました」

「ロゼ、リア…ありがたい…けど、もう少し、待って、くれ」



 目の前で地面に突っ伏しているのは、第三王子コーセルト。

 その姿には、元々無かったが威厳の欠片もない。


 というか、あまり運動していない人間が連続で約100kmを走りきったと言うだけで凄い。

 そこら辺は魔力があるので、皆様の世界とは状況が違うということで。


 ライトは、これまた溜息を吐きながら、彼へと掌を向ける。



―――(いや)(ねぎら)聖蛇(せいだ)



 掌から出た青白く光り輝く蛇が、コーセルトにぶつかって弾ける。



「これは、何をしたんだ?」

「ちょっとした疲労回復の術だ。さっさと水飲んで息を整えろ」

「本当に多彩だな。っと、ありがとう、ロゼリア」



 急に疲労感が消えたかのような風で、立ち上がり水をのむコーセルト。

 まあ、ライトが言った通りのままの術を使ったので、説明は要らないだろう。


 数分の時間を掛けて給水と終え、息も整った彼は恨みがましい視線をライトに向けてきた。



「それで、アレに意味はあったのか?」

「あったさ。俺は時間の無駄は嫌いだ。無意味なことはさせない」

「ならば、その証明をしてくれ」

「自分でやってみれば分かる。そうだな自分で自分に重力魔法を掛けてみろ」

「自分に、か?はぁ、分かった」


―――初級重力魔法:加重力(グラヴィトス)


「うおっ!?」



 灰色の魔法陣が形成され霧散する。

 地面に引っ張られるように倒れ、先程と同じような格好になるコーセルト。

 ライトは、呆れた顔をするも何か言ったりはしなかった。


 魔法を解除したのか、立ち上がった彼は、少し驚いたような風でライトの方を見る。



「確かに、これまでよりも確かな効果で魔力の消費も少ない」

「明確に見えないものは、考えるよりも感じた方がイメージしやすい。身体に染み付いた感覚は、詰め込んだ知識よりも薄れない。後は、感覚を忘れないように自分で更新していけばいい。自分への効果を他へ向ければ、ほら応用が効くってわけ」

「百聞は一見に如かず、百見は一考に如かず、百考は一行に如かず、ということか」



 何か自分の中で感じるものか考えるものがあったのか、コーセルトは自分の掌を見ている。


 一方、ライトはと言えば、密かに安心していた。

 彼は、ナイの一件から自覚したのだが、少しだけ教えるのが下手だ(彼の中では)。

 理論も使うが、主は感覚派の彼が改めて考えた教え方は、やはりやって覚えろのスタイル。

 それが、成功して安心している。

 同時に、思ったよりもコーセルトがタフだったのに驚いていた。

 王子なので、途中でへばるかとも思っていたのだが、しっかりやり切ったので見直してもいた。


 ふと、視線を感じて彼の方を向くと、案の定こちらを見ていた。



「思ったんだが、魔法の発動も早くかったような気もした。これもあの周回のお陰なのか?」

「その通り。魔力の流れる器官は物理的には存在しない。それは身体そのものがそれに当たるからだ。故に、馴染めば馴染む程、容易く操作できるようになる。それは身体の外部に魔力を出すという行為にも、当てはまるってわけだ」

「あの魔力循環は、身体強化以外にも意味があったというわけか」

「だから、無意味なことはさせないと言っただろ?」

「しかし、理不尽なことには変わらん」



 彼は、不満自体は隠そうともしないが、その中に今朝には無かった信頼が見て取れた。

 早朝から強制的に起こしに来て、無理やり負荷を掛けて走らさせるような男に、そんな信頼を向けれる精神が凄い。

 文字にすればより理不尽である。



「じゃあ、今日の授業、というか特訓はここまでだ。しっかり休め」

「まだ午前中だが?」

「一日中お前に付きっきりな訳ないだろ。それともなにか?一日中扱いて欲しいなら良いが、それが毎日になるぞ」

「それは困るな……」

「それに、お前にもお前のやることがあるだろ?第三王子と言えど、無いわけがない」

「確かに、その通りだ」



 脳筋みたいな教え方をするが、馬鹿な訳では全くないライト。

 コーセルトの事情も考えて行動していた。そも、そんな長くやるのは彼としても面倒だ。



「今は大丈夫でも、意外に疲労ってのは遅れて来るもんだ。時間に余裕を持った方が良い」

「分かった、感謝する。ライト殿」

「明日も、てかこれからは今日と同じ時間に中庭に来い。万が一、遅れたら、分かってるよな?」



 ライトは露骨に圧を掛ける。

 身体をぶるりと震わせた後、苦笑を浮かべたコーセルトが口を開く。



「分かった。『先生』」

「ふっ、殊勝な心掛けだ。そんなお前には、これをやるよっ」

「おっと、これは?」



 ライトが手に収まるサイズの何かを投げた。

 驚きながらも、それをキャッチしたコーセルトは受け取った物を見る。

 手の中には、細長い六角柱にカットされた青い宝石があった。表面には、無数の魔法陣が刻まれている。



「緊急通信用の魔道具だ。魔力を流してそれに向かって話せば、俺にその声が聞こえる。中々無いだろうが、危なくなったら使え」

「一体どれだけの価値の魔道具なのか。だが、感謝する。有難く、もしもの時は使わせてもらおう」



 彼は、服の内にあるポケットにその魔道具を仕舞った。

 


「それじゃあな。と、言いたい所だが、一つだけ聞きたいことがある」

「何だ?」

「俺の記憶だとこの国は、王子は第三王子まで王女も第三王女まで居た筈なんだが……公務で出ている、第一王子(王太子)以外に俺は第一王女、第二王女、第二王子、そして第三王子であるお前しか見てない。残りの第三王女はどうした?」



 第一王女に関しては、謁見の間で見ている。

 実際に会った第二王子王女から消去法での第一王女と判断しただけだが。



「アトレは自分の部屋に居て出ることが出来ない。アトレは身体が弱いんだ。五歳の時に発症した病に侵され、まともに外を出歩くことも出来ない」



 そう言うコーセルトの顔には、強い悔しさが滲んでいる。



「そのアトレってのは、お前にとって大切なのか?」

「ああ、アトレは第二王妃であるレプシー母上の娘、ボクとは半分しか血がつながっていない。けど、ボクにとっては大切な妹だ」

「半分しか、か」

「勿論、兄上や姉上達だって家族だし大切に思ってる。でも、アトレだけは少し特別なんだ。アトレが生まれた時、本当に嬉しかったのを覚えてる。初めて兄と呼んでくれたのも、鮮明に覚えている」



 過去を慈しむような彼の顔には、後悔に近しいものがやはり浮かんでいた。

 気づけば、強く拳を握っている。



「たった一人の妹だから、兄として守りたいと思った。けど、今アトレが苦しんでいるのに。ボクは何も出来ていない。それが、悔しくて堪らない」



 ライトには、分からない感覚だ。



「俺には、分からん。家族を大切に思う気持ちなんてな」

「そうか」

「俺にとって、家族は裏切りの象徴…憎しみの対象だ」

「…………」



 家族に対して、良い記憶など一つもない。

 自分を蔑み、虐げ、挙句の果てに捨てた者達のことなど、記憶から消せるものなら消してしまいたいと思っている程だ。



「……だが、その気持ちは素晴らしいものだとも思う」

「っ!」

「後悔を感じている、悔しく思っている限り、お前は終わっちゃいない」

「……」

「精々頑張れ、その努力が、思いが実る手助けくらいはしてやる。お前が諦めない限りな」



 それでも、コーセルトが抱く『愛』が本物であることは分かった。

 ライトもまた『愛』に支えられた者だから。



「ありがとう、先生」

「はぁ、別に依頼だ。感謝されることじゃねぇ」

「それでも、だ」



 率直な感謝を伝えてくる彼に気恥ずかしくなったライトは、言葉を返さずそそくさとその場を離れた。

 彼は、隣りに立つロゼリアの方を見る。



「ロゼリア、これからの公務、一段と頑張ろうと思う」

「ならば、私は、コーセルト様を支えるだけです」

「ふっ、ありがとう。では、先ず湯浴みと行こう。この汗臭い状態ではままならないからな」

「では、私が身体をお流しします」

「うむ、頼む」



 中庭を出ていく彼の姿は、何処か晴れ晴れとしていた。



◆投稿

次の投稿は9/26(火)です。


◆作者の願い

『面白い』,『続きが気になる!』と思った読者の皆様へ。

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その他『ブックマーク』,『感想』に『いいね』等々して頂けると、大変励みになりますので!



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◆技解説

蛇王蛇法技録

(いや)(ねぎら)聖蛇(せいだ) 身体的疲労や精神的疲労問わず対象を治療する 非実体生命にも効果あり



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