5-34 微睡みに沈む
「ナイ〜ただいまです〜」
「ナイ、戻りました」
「あら、お帰りなさい」
「全く疲れまし……ナイ、何かしました?」
ラビルの館へと戻ってきたライト達は、変わらない様子でソファで寛いでいる『ナイ』に帰還を伝える。
がそこで、ライトは妙な感覚を覚えた。
ソファに寝転がる、ビキニにまた勝手に着ているライトのコートという奇妙な格好の彼女から、いつもと違う何かを感じたのだ。
「いえ?何もしてないけど」
「……ふ〜ん、そうですか」
「マスター、何かありました?」
「いえ……いやミスティ、少し席を外してください。丁度いいですし、嫌かもしれませんけど、"彼"を地下の方に連れて行ってください。説明はミスティに任せます。意味、分かりますよね?」
「我が主の仰せのままに」
そう告げてから、スタスタとミスティアナは部屋を出ていった。
ライトは、扉が閉まったのを確認してから、『ナイ』の寝ているソファに近づく。
「ライト、そんな熱心に見て、何かしら」
「はぁ、全くそれで僕を誤魔化せると思ってるんですか」
彼は、ゆっくりと且つ彼女に逃げられないように覆いかぶさる。
特段驚いたように見えない所を見るに、彼女も分かっていたのだろう。
「証拠は確かに消した筈なのだけれど、どうして分かるのよ」
「ナイのことが好きだから、とか言ったら怒ります?」
「怒りはしなけど、納得はしないわ。それが嫌で一日くらい口を利かないかもしれないわね」
「それは、嫌なので。ハッキリ言うとしましょうか」
まるで真剣とは思えない格好だし、会話は軽口のようだが、双方共に真面目である。
互いの心の内を覗き見て、会話の主導権を握ろうとしている。
『ナイ』よりも先に、ライトは口を開く。
「いつもと違う『匂い』がするんですよね」
「何よソレ、ワタシが臭いってわけ?」
「そうじゃないんだよ。こう言ってほしいのか?――お前は誰だ?」
面倒になった彼は、さっさと本題に入ることにした。
目の前の『ナイ』は本気で驚いているように見える。
ライトは、部屋に入った瞬間から『ナイ』の違和感に気付いていた。
実際には、部屋に漂ういつもと違う匂いについてであり、確信を抱いたのは、実際に彼女を目にした時だ。
「何を言ってるのかしら、ワタシは――」
「――面倒だからさっさと答えてくれ。お前はナイじゃない。絶対に、だ」
まだ白を切る『ナイ』に彼は少し苛立ったように言葉を投げる。
「幾ら見た目を真似ても、どれだけ魔力を真似ようでも、俺には分かるんだよ。声の高さが、視線の動きが、息遣いが、言葉の途切れ方が、喋る時の舌の動きが。どれもがナイのようで少し違う。何より『匂い』が違う……俺の感覚は、騙せない」
ライトがナイを理解しているということなのだろうが、微妙に気持ち悪い。
そんな細かいところまで、分かると逆に怖いと思うのは、私だけだろうか。
「驚きましたね。まさかバレるとは」
「だから『匂い』が違うんだって。お前は、何だか自然というか森みたいな匂いだけど。ナイは、柑橘系の匂いなんだよ」
「そこまで分かる貴方は少し怖いです」
「言ってろ、で本物のナイは何処に居る。お前の目的は何だ?」
彼の確信めいた言動に気圧されたのか、あっさりと観念する『ナイ』は全く違う声で語り掛けてくる。
刹那、『ナイ』の姿がブレる。
「――お前っ!?」
現れた『ナイ』の真の姿を見た瞬間、ライトは脳内で一度見たことがあるその姿と即座に照合させ、その場を飛び退く。
同時に、虚空からイグニティを取り出し構える。
現れたのは、緑が掛かった白髪に極彩色の瞳、自然を思わせる模様の入った民族衣装を身に纏った少女。
「そう警戒しないでください。敵意はありません」
「だがテメェは、ナイをっ!」
「あの時はそう動いていただけという話し。今とは別です」
「ッ……じゃあ、ナイは何処だ?答えろ」
敵意をマシマシに向けているにも関わらず、落ち着き払って返された為に、ライトは自分の器の小ささを分からされているようで、苛立ちが募る。
だが、それをぶつけるのは、違うというのが理解できるからこそ、更に内情がグチャグチャに混ざってしまう。
それでも、優先すべきはナイのことだと脳は判断し、口は告げる。
「彼女は、今ちょっとした修行に出ているだけです。ヨルと一緒に居るので気にする心配の必要はありません」
「……確かに、ヨル居ないな。じゃあ、お前は誰なんだ?」
「私は、『七種覇王』第四席"精霊の王"ユーフラグリス・ユグドラシル。ヨルは私のことをユグと呼びます。彼女の伴侶である貴方も、そう呼んでくれて構いませんよ」
「第四席、か……」
やっと冷めた思考で、彼女のことを聞けば自然とその身に秘める力を感じることになった。
ただ向かい合っているだけでは感じ取れないが、意識を集中すれば感じ取ることが出来る。
あり得ない程の密度の魔力をその身に秘めていることが。
単純な魔力量で言えば、ヨルを上回るだろうと思えた。
(待て、精霊の王?……なら魔力量は当然か。魔力の塊だし)
「ユグ、お前はどうしてナイの代わりに此処に居たんだ?」
「それは当然、彼女が此処に居ないと貴方は驚いて探すでしょう?その対策です」
「別に書き置きとかでも良くないか?」
「ですが、ヨルがそうするべきだと言ってましたので。私はそれに従ったに過ぎませんよ」
ライトは、少しだけ警戒を解いた。
完全にではないが、確かに彼女に敵意がないことは理解できたからだ。
落ち着いてみれば、彼女は途轍もない美少女だと言うことも分かった。
「そうか、じゃあナイの姿に戻っていてくれ。多分ミスティは気付いてないから」
「そうですか。ではそうするとしましょう。少し間ですが、宜しくお願いしますね」
「ああ、よろしくな」
気を張りすぎても休めない。
それは当然のことで、今日のライトは既に結構な疲労を溜めていた。
故に、再度ソファに座り直した瞬間に、睡魔が襲ってきた。
恐らく警戒を少しでも緩めてしまったから、その綻びを疲労がこじ開けた。
ぐらりと視界が揺らぎ、ソファに倒れる。
(こ、れは…そうか、時間停止の…せいだ。もう殆ど魔力が…残って、ない……意識が………途切れ…る)
ライトの意識は微睡みに沈んでいく。
閉じられる瞼の間から最後に見えたのは、優しげに笑みを浮かべるナイの姿だった。
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