5-18.5 そんな話は聞いてない
「――いや、聞いてないんですけど!!」
訓練場から連れられたギルドマスターの執務室で、ライトが開口一番に言い放ったのがコレである。
ソヨは、特段顔を変えるわけでもない。
「何がさ」
「百人斬りのことですよ」
「それ、ライくんの情報収集不足でしょ。都市中に今日のことの告知張りまくってある筈だよ?」
「くっ、確かにこの一週間殆ど館の外に出てないっ」
ライトの抗議は、実は本当に的外れだ。
ラビルを歩けば分かるのだが、確かに目につかないことがない程にこの日に関する張り紙がある。
抗議をするとすれば、別の方向だろう。
「でもっ、僕に確認取らずに決闘後にイベントをやるっていうのは、良くないんじゃないですかね!」
「ま、それはそうだね。でも、決闘だけじゃ味気ないと思ったし、決闘はもう結果が分かりきってたから場が白けると、ギルドの面目も立たないからさ」
「だとしても、一言くらい」
「ライくんさぁ、別に文句言ってるけど、そこまで不満なわけじゃないでしょ?だってライくん戦闘好きだもん」
にこやかな顔でソヨはそう言う、そしてそれは外れていない。
生粋の戦闘好きな彼は、別に百人斬りをさせられるのが不満なわけではなく、何も言われずにそれが決まっていたことに一言言って行きたかっただけだ。
ちょっと彼女に構ってもらおうと、面倒臭いムーブをしているだけなのである。
「だっ、だからって」
「はぁ……ライくん――」
尚も食い下がるライトに溜息を吐いた後で、彼女は彼を壁へと軽く突き飛ばし。
「――私が言ってるんだから、文句無いよね?」
ドンッと壁に手を突いて、彼の耳元でそう言う。
ライトを壁に押し付けているソヨ。絶対に構図が逆である。
「は、はい……///」
「ライくん、あんまり私をからかっちゃ駄目だよ」
「……すみ、ません」
ゴクリと生唾を飲み込んだ後で、彼は答えた。
ドキドキと五月蝿い心臓の動悸が脳内に響いていて、彼の思考は正常に働いていない。
ライトは、基本的に強気だがかなり押しに弱い上に、力的又は立場的に敵わない相手には特に弱い。
その両方共に合致するソヨに、壁ドンなんてされてしまえば、彼の思考は甘く痺れてしまう。
「なに蕩けた顔してるのさ、ライくんは本当に可愛いねぇ」
「いえ、そんなことは」
「正直になりなって、ライくんはイジメられるの大好きでしょ?」
「そんなことありませんっ!」
彼は強く否定した。だが心は、彼女の言葉を肯定していた。
その証拠に、息が熱く荒くなっている。
つぅーっと首筋をなぞる細い指に、身体がと跳ねる。
「ほら、こんなに敏感になっちゃって、私に主導権を握られて喜んでるんだよね?興奮してるんだよね?」
「違い、ます」
「身体は嘘を吐かない。ライくんの中で燻る熱が私には、分かる。というか私、神獣だからね。心を読むくらい、どうってことないから、ライくんが何考えてるか元々バレバレなんだよ?」
「っ……」
「だからさ、私に身を委ねて愉しいことしよっか」
「…分かり、ました」
□■□■□
「ねぇミスティ。ミスティは百人斬りのこと知っていたの?」
「はい、当然です。逆にナイは知らなかったのですか?」
「まあ、ワタシ外に出てなかってしね」
「そうですか、でも館に今日のチラシが入ってきていましたよ?取ったのは私ですけど、食堂の机の上に置いておいた筈なのですが」
<我はそれを確認しているぞ>
「……それは確かにワタシ達が悪いかもね」
二人+一匹は、別途で案内された特別に用意された観覧席にて、駄弁っていた。
因みにヨルは、ナイの膝の上である。
わいのわいのザワついている訓練場は、それでも熱意が感じられた。
「飛び入り参加OKらしいけど、これってワタシもやっていいのかしら?」
「はい、大丈夫な筈です。私はしませんが、ナイはしてみても良いかと思いますよ」
「あら、どうして?別にミスティもすれば良いじゃない」
「ですがそれはきっと、マスターの望むところではないと思いますから。衆人観衆の中でまだ出していない手を晒すのは、この後に響きます」
ミスティアナは、常にライト最優先なので彼の不利になることはしない。
戦闘するからには、本気でやらねければ彼は不満に思うであろう、それは彼女のしたいことではない。
だが、この場で本気でやれば、何かしら重要なことが周囲にバレる可能性が高い為、彼女は百人斬りには参加しない。
別に戦いなど、館で幾らでも出来るので今此処でやる必要がないと判断したのはある。
「じゃあ何でワタシは良いのよ」
「それは当然――」
<――ナイが弱いからじゃな」
「ちょっと!それは酷いんじゃないかしら」
<別に否定する理由があるかのう?圧倒的に我らの中では実戦経験が無いではないか。それにじゃ、純魔法型のナイと魔法も物理も行けるライトでは、どちらが勝つなど分かり切っている。せめてもう少し動けるようになってから言うのじゃ>
「ぐぬぬっ」
ヨルのストレートな言葉にナイは、唸る。
間違っていない、それこそ反抗はしたものの自分でそれを理解しているからこそ、言い返せない。
「腹立つけど、まあ出るわ。一回ライトとは手合わせしてみたかったし丁度いいわ」
「では、楽しんでやってくださいね」
「でも、ただやられるっていうのは面白くないわ、そうね――」
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「――いやちょっと待ってください!休憩って確か三十分しかありませんよね?」
「チッ、何で気づいちゃうかなぁ。もう少しだったのに」
ライトは、今あまり時間が無いということに気づいた。
ソヨを軽く突き飛ばし、距離を取る。
素面にもどってしまった彼に、舌打ちをしながら彼女は口を尖らす。
「そういうのは、今日が終わった後で幾らでも――」
「――幾らでもっ!?」
「あ」
「いやぁ、そっかぁ!じゃあ私今日頑張っちゃうよ!」
「…………」
露骨にやる気を出し始めたソヨに、もうこれは駄目だと諦めたライトの目は虚空を見つめていた。
やがて、深い溜息を吐く。
「また勝手に決闘をさせられるし、はぁ本当に今日は……」
「そうだ、トラッシュとの決闘、気をつけなよ?アイツ多分一人で来ないから」
「そりゃ公爵家当主なんですか、一人で来るわけ」
「そういうことじゃなくて、多分騎士団くらい連れて行くよ。つまり決闘相手は一人じゃない」
彼は一瞬、ソヨが何を言っているのか理解できなかった。
何故なら、決闘は一対一が基本だからだ。
「アイツは、何が何でも勝とうとしてくるよ。それくらいは多分平気でする。何せ、別に決闘が一対一じゃなきゃいけないなんてルールも法もないからね」
「成程…今日が終わったら少し作戦を練ることにします」
「そうした方がいいよ」
少し自分の認識が甘かったと反省して、気を改める。
すると、ソヨがポツリと言葉を漏らす。
「でも確か、トラッシュって数十年前まではまともな貴族だった筈なんだよねぇ。清く正しい、長く続いているドーカス公爵家に相応しい問題のない貴族当主」
「あのヒキガエルがですか?」
「うん、当主になるまでは、かなりの人気がある善良な信頼の厚い人物だったと思う。可笑しくなったのは、当主になってから」
「金や権力に溺れたのでは?」
「それもなくはないと思うんだけど、にしては情報と食い違いすぎというか……人が変わりすぎなんだよね」
「ふむ……」
彼女のいったことはライトとしても興味深いものだった。
腕を組み、思考を巡らす。
(もし、何らかの干渉があり、トラッシュが狂わされてるとしたら、内部から王国を崩そうとしている何者かが居るってことになる……情報が足りないし、時間もない。考えるのは後ですかね)
トラッシュについて、何かの引っ掛かりを覚えながら、ライトは残りの休憩時間を過ごした。
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次の投稿は6/29(木)です。
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◆蛇足
蛇の王「いやはや、また何かありそうじゃのう」
語り部「常識的に考えて、あそこまで馬鹿な人間は普通に生まれないから、何かの手が入ったと考えるのは、当然かもしれない」
蛇の王「そうかのう?無能はどこにでも生まれると思うが」
語り部「どこにでも生まれるが、いつでも生まれるってわけじゃない。それに整った環境の方がその確率は低そうだろう?」
蛇の王「まあ、それもそうかの」
語り部「ところで、白槍は何処に行ったんだ?」
蛇の王「菓子を作りに行くとか言っておったぞ」
語り部「おっとぉ〜」




