5-3 最強が語る神罰執行の代償
ナイの内情と行為の吐露に心揺さぶられた翌日。
今日は、水の日。ヨルムンガンドが独占優先権を得ている日だ。
これまでの二人通り、同じソファに座っている。
いや、座っているというと少し違うな。座っているのはヨルだけで、ライトは彼女に"膝枕"されているからだ。
寝ているので座ってはいない。
そして、彼の耳には久方ぶりに、とある棒が入れられている。
時折、身体を反応させながらも、気持ち良さそうに目を閉じているライト。
「――うむ、これくらいか。息を吹きかけるぞ」
「分かりました」
フゥー、っと熱い息が外耳道を通り、微かに鼓膜を揺らす。
数回繰り返されたそれの後に、耳元に添えられていた手が離される。
「終わったぞ、ライト」
「ありがとうございます、ヨル」
「全く、何故現世の者は耳掃除をせぬのか、よく分からんな」
「何でなんでしょうね?その手の道具だって見たことありませんし」
彼女の口にしたことは、言われてみれば確かに、というものであった。
記憶を幾ら探ろうとも耳かき棒、及び耳を掃除する道具は見たことがない。
ヨルがやっているから普通かと思っていたら、そうではないらしいことに、彼も最近気付いた。
「音速未満の戦闘に於いて、音は非常に大きな情報だ。聞こえづらくなるというのは、致命的だと思うのだがなぁ」
「う〜ん…まあ、何かしらの要因があったんでしょうけど、分かりそうにありませんね。それだけヨルと僕達の時代は時が空きすぎてますし」
「考えても仕方がないということか、別に我らだけの内でしていれば問題もないしのう」
思考放棄だが、最適解である判断をした二人は、ふぅと息を吐きながらソファに背を預ける。
数十秒の間の後に、ヨルがライトの方を向く。
「でじゃ、今日こうして時間を貰ったのは、我もミスティやナイのように話したいことがあるからじゃ」
「それは分かってますよ。そうだろうと思ってました」
「ならば良い」
さっきまでの雰囲気は、何処に言ったのやら冷めた奮起が室内に漂う。
先に口を開いたのはヨルの方だった。
「ライト、最近感覚が鋭くなった、と感じたことはないか?」
「っ…何で、分かるんですか」
「やはりか……ライト、今後は"神罰執行を使うのは控えよ"」
「どっ、どうしてですか?」
溜息の後に放たれた彼女の言葉に、ライトは動揺する。
前の言葉との関連性を見いだせなかったからだ。
気づけば、彼女は直ぐ隣に移動しており、彼の胸に掌を当てている。
「確定か…これだから神々は嫌いなのだ。我らのことを考えておらん」
「はぁ、僕にも説明して下さいよ、ヨル、あとくすぐったいです」
「おっと、済まぬな」
ハッとした様子で離れ、わざとらしく咳をして息を整えたヨル。
「それで、どういうことなんですか?」
「先ず、ライトよ。お主、神罰執行の効果は覚えておるか?」
「はい、確か、加護を受けた神の力を一時的に借り受ける、だった筈ですけど」
「うむ、間違っておらん」
それのお陰で、ライトはタナトスの力を借り、タナトスの死の神性を利用してヨルと相打ちまで持っていくことが出来た。
強力すぎる、とは思っていたが同時に頼もしくはあった。
だが、目の前の彼女はそれを使うのを止めろと言っている。
「神の力、神性はな。ハッキリ言おう『生命には耐えられん』のじゃ」
「え?でも、僕は」
「少し間違えたな、生命には"完全には"耐えることが出来ないのだ。表面上には問題はないように見えるが、神性を降ろした者はその内を蝕まれる」
「内、ですか」
彼女が何を言わんとしているか、少し想像が出来た。
すると、彼女は掌の上に魔法陣を浮かべる。
魔法陣が霧散すると、目の前にホログラムとでもいえば良いのか、寸胴くらいのサイズの半透明の青いコップのようなものが現れる。
そのコップに同じく青い液体が注がれた。
「コレをお主の力と力の器だと思って見ていてくれ」
「はい、分かりました」
恐らく、水の方が力でコップの方が器だろう。
直ぐにそれを理解したライトは、意義を唱えること無く言葉を聞く。
「今見えているのが通常の状態、器に普通に力が収まっているだろう?」
「はい」
「この状態ならば、いくら動かそうとも簡単には力が溢れることはない」
グラグラとコップが独りでに揺れるが、水が溢れることはない。
「では、この器に神性を入れてみるとしよう」
コップの上に、拳よりも二回りほど大きい赤い球体が現れる。
それがコップの中に落ちて、水かさが増し、コップの縁ギリギリにまで水面が上がった。
器が、心なしか赤くなる。
「今の状態が、神罰執行を使用している状態じゃ」
「ふむふむ、まだ普通ですね」
「いや、普通ではない。もう一つ、常人の場合を見せておこう」
ライトのコップの隣に、彼の十分の一程、大体普通のサイズのコップが現れる。
そして、そのコップの上に、彼のコップに入っているのと同じサイズの赤い球体が現れ、ゆっくりと落ちていく。
その時点で、結末は分かった。
赤い球体が、普通のコップに触れた瞬間、粉々に砕け散る。
「このように、常人が神罰執行を使用した場合、降ろされる神性に器が耐えきれず、その瞬間に死ぬ」
「そんなに強力なんですか?」
「世界の創造者共の力だぞ?お主の器が大き過ぎるが故に使えているだけなのじゃ」
神罰執行は、普通の者では使えないし、普通使えば死ぬという事実が、ライトを大きく驚かせる。
彼にとっての普通は意外と世界では普通ではない、それだけ彼は異常な存在なのだ。
「そして、ライトよ。自身の器を見て、気付くことはないか?」
「特には」
「分かりにくいか、では神性を器から無くそう、言わば今のライトそのものの状態じゃ」
コップの中から赤い球体が抜け出し、水かさが戻る。
しかし、水とコップは元には戻っていなかった。
こう可視化されると、ライトの状態も分かりやすいというもの。
彼の視界には、薄く赤く染まったコップが映っている。
「……神性に影響されて、器が変質した?」
「そのとおりだ。これが、お主に起こっていることだ」
「神性の影響が、今の僕にも残ってるってことですか」
「うむ。端的に言えば、神性が一部お主の器と融合し、存在自体が神へと近付いておる。その影響で感覚が鋭くなっておるのじゃ」
「神に近付いてる?」
言葉は分かるのだが、意味が分からない。
彼は少し混乱している。
「そう、神に近付いておるのじゃ。一介の生命では、神にはなれない。その過程で神性に呑み込まれ、精神を蝕まれ、狂ってしまう」
「僕でも、そうなる、と」
「いや、それは判断できん。じゃが、確率はゼロではない。寧ろ精神を保ったまま神になる確率の方が高いと思う。しかし、わざわざ危険を侵す必要もない」
「取り敢えず、安全策を取れと、そう言いたいわけですね」
「ああ、その通りじゃ」
ヨルの言っていることは、ライトとしても納得できるものだった。
力には、相応の代償が、危険が伴うもの。
彼も自殺がしたいわけではないので、一旦は彼女の意見に従うことにした。
でもそれは一旦、なのだ。
神罰執行が強力無比なことに変わりはなく、危険であればライトは使うだろう。
それは、まだ神になってしまう、精神が侵されるまでには猶予があると、ヨルの口ぶりから判断したから。
使えるものは使う、彼の良いところであり悪いところ。
「何故、死神はこんな危険なスキルをライトの与えたのか、訳が分からん」
「ふぅむ、話した感じは全然悪そうには見えないんですけどね」
「大体のあやつらは、腹芸に長けておる。外見や口調程度で判断できぬ。ライトを神にしようとして……いや、もしや……それこそが狙いなのか?…しかし……」
「ん?あれ?ヨル〜」
「…だが、それだと最初の時点で……何故、我と共に居ることを……この我すらも計画の内とでも……」
「あぁ、これは駄目ですね。思考モードです」
一人、急に思考に耽り出したヨルを見て、話し合いの続行が不可能なことを悟ったライトは、すく座に休憩に移行する。
伊達に彼女と過ごしていない訳で、このような場合は放っておくのが是だと知っていた。
彼女が出しておいてくれた、もう冷めてしまったコーヒーを喉奥に流しながし、息を吐く。
「僕が神に、ですか……まあ、今考えるべきことではないでしょう。…考えるべきは……恐らくあるであろう、今夜の情事で如何に身体を保たせるか……ですね」
そう呟く彼の顔は、先程よりも暗く、深刻そうだった。
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次の投稿は5/16(火)です。
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◆蛇足
語り部「何でちょくちょく耳かき入れるの?」
蛇の王「いや、作者が好きだからじゃろう。コレに関してはこれ以上の答え方は無いと思うぞ?」
語り部「だよなぁ…作者もきっと美少女に耳かきしてもらえる人生、贈りたかっただろうな」
蛇の王「まだまだ先は長いじゃろうに、諦めるのが早いのではないか?」
語り部「敵わない夢を追い求めるほど、苦しいことはないぜ」
蛇の王「その時点で敗北だと思うのじゃがなぁ」




