4-1 口は災いの元と言うけど、これはあんまりじゃない?
「マスター、紅茶です」
ソファーに座り、とある本を読んでいるライトの目の前のテーブルに、ティーカップが置かれる。
「ありがとうございます、ミスティ……うん、美味しいですね」
「それは良かったです」
カップの中のミスティアナが入れてくれた紅茶を飲む。
あれから一ヶ月ほど、ライト達は迷宮都市ラビルに戻って来ていた。
当然、派遣依頼を終えた為だ。
聖国で何が起きていて、どうなるのか気になったが、恐らく今回の戦争のせいで直ぐに動くことが無いと思われたので、帰還することにした。
トゥールに動きがあれば、ソヨを通じて伝えると言われたのも大きい。
「マスター、ところでそれは何を読んでいるのですか?」
「ん?これですか?これはミスティを買った時に、一緒に買った古代魔導書ですよ。前から、ちょっとずつ解読を進めているんです」
「私と同じ時に……じゃあ、マスターは私のこと、落札できなくても良かったんですか?気にしてなかったんですか?」
「え?」
急に、拗ねたような、寂しげな声色でそんなことを言われたライトは、かなり驚いた。
本が手から落ちないように、ギリギリで抱える。
「なっ、何故そんなことをっ?」
「私、この間トリス様から聞きました。私を落札する前にも複数の品を落としていたこと。私を買えなくなるかもしれないのに……」
「いっいやそういう訳ではありませんよっ!あの時は、既にソヨさんからお金を借りてましたし、もう借金するなら良いかなって……それにっ、結果的にはミスティに300億も使ったんですよ?何千万程度、大差ないと思いまして、それで少しくらいなら良いかなって……」
すると、彼女は明確に悲しそうな顔をして、目に涙を溜め、ライトを更に焦らせる。
……数分後。
ライトが頑張って彼女を大切に思っていることを伝えると、一転して彼女は笑顔に変わり、抱き着いて来る。
「嘘です」
「ふえっ?」
「マスターが私を大切にして、そして思ってくれていることは分かってます。ちょっとマスターの口から聞きたくなっただけですよ」
彼は、呆然とした。
これまで、今のようなことはしたことが無かったからだ。
確かに、前よりも温かみを帯びたというか、話すようになったが、そこまでするようになってしまったかと、少し頭を抱える。
今回のような、小悪魔染みたことをするようになった理由が、身近に存在するのが頭痛を加速させた。
尤も、あの蛇は小悪魔ではなく魔王と言っても良いが。
「はぁ……ミスティ、もう少し気を付けて下さい。心臓に悪いです」
「すみませんマスター、それでも好奇心には勝てませんでした。するのは、マスターにだけですから」
(余計に質が悪いんですよ、それが)
最高に可愛い微笑みでこちらを見るミスティアナに溜息を吐かずにいられない。
くるりと彼女がライトに背を向ける。
「それではマスター、ゆっくりと。私は、ヨル様の様子を見て来ます。また新しい道具を作っているようですので」
「分かりました。危ないことしたり、危険な場所に勝手に行っちゃ駄目ですよ」
「ふふっ、はい、マスター」
親のようなことを言う彼に、クスリと笑みを浮かべてから、彼女は部屋を出て行った。
ライトは、ソファーに座り直し、ティーカップを手に取り、紅茶を飲む。
少し冷めてしまったが、やはり美味しい。
「全く、ヨルの悪いとこばかり吸収しているような……まあ、アレはアレで可愛かったですけど。困りものですね」
抱えていた本を手に持ち、再度開く。
先程まで見ていたのは、時空魔法のページだ。
《黒剛彩王-世界開闢言語理論-偽詐術策-聡明》
「今のものとはやっぱり全然魔法陣の感じが違います。魔法名は――
―――天級時空魔導:混々沌々嬉転信天翁
――何か不思議な名前です。魑魅魍魎が蔓延る未知の場所に飛ばされたりしそうな名前ですね」
そう言い終わって「って、そんなわけありませんか」と彼が続いて言った瞬間には、部屋が光に包まれていた。
敢えて言おう、口は災いの元、この世界には言霊というものはきっと実在する。
◆◇◆
「――ふわっ!?」
ライトは、奇妙な寒気と共に目が覚める。
如何やら、気を失っていたようである。状況が理解できない彼は周囲を見回す。
「……何処だ?此処」
辺りの異様さに、彼は驚きを焦りを通り越し、一周回ってから冷静になった。
捻じれ曲がった明らかに正常ではない様々な色の木々、紫がかった草たち。
皮肉にも、綺麗に満ちた『青い月』が照らしていた。
ライトの記憶には、このような場所は全く無かった。
ライトは、ヨルの出所の不明且つ正確な情報、鮮明な写真により人界以外のあらゆる界についても知っているが、それでもこんな場所は記憶に無い。
(本当に何処だ?というか何で、こんなとこに僕は居る?)
(……う~んと、ミスティが困ったこと言って……その後、古代魔導書を開いたところまでは覚えてますね)
冷静になった思考で、自分の行動を振り返る。
数秒の時間で、彼は何が起こったか理解した、してしまった。
溜息が出る。
「僕が読んでいたのは、古代魔導書、然も時空魔法のページ……それから導き出せる答えは……意図せず魔法が発動したか、暴発したか……全く、ついてませんね」
[――~~~♪]
立ち上がり、そう呟いた。
何処からか、ピアノの演奏が響く。
彼は、その違和感に気付かない。
「こういう時は、ヨルッ!!……あれ?ヨルー!僕が呼んでます!」
[~~♪~♪~~~♪]
頼れる師匠兼婚約者のヨルを呼ぶのだが、脳内に言葉が返って来ない。
どんな場所でも、即座に呼びかければ基本的には言葉が返って来る筈なのに、返って来ないのだ。
その異常を不可解に思うと同時に、漠然とした不安が襲ってくる。
ピアノの音が一層強くなる。
「不味い、としか言いようがない。当ても無く動くのは危険だが、この奇妙な森に標などある訳もない。なら、試すしか……何だ?」
[~~♪~~♪~~♪]
そこでライトは初めて気づく、この妙で鬱蒼とした森に不釣り合いな、美しいピアノの音色に。
動きを止め、聞き入ってしまう。意思とは反して、だが違和感は感じずに身体が、動きを止める。
ピアノの音が、森を掻き分け、近付いて来る。
「こんな森で、どうして……でも、良いですね。ずっと聞いていたくなる」
[~♪~♪~♪♪♪♪]
違和感を感じることが出来ない、音が強く、近付いて来ていることを認識できない。
そのピアノ音色に酔いしれさせられている。
音を放つ、"ソレ"が凶刃を振り上げ、殺意を膨らませた。
「っ!?」
《黒剛彩王-虚の理-蛇王蛇法-悪逆非道-回避錬術-怪力-聡明》
―――喰らい妨げろ、黒盾
[♪♪♪♯!!!!]
それは、奇跡と言っても良かった。
ライトが殺意に敏感だったから、獲物を狩る前に背後に居た"ソレ"が出してしまった殺意を感じ取り、反射的に最善手の防御を行ったのだ。
ピアノの音色が不協和音に満ちる。
「なっ!?気持ち悪っ!?」
本能で、自身が出した黒い盾から距離を取ってから振り返る。
視界に映ったのは、『蟹っぽいナニカ』。
薄緑の甲殻に覆われた胴体と頭、八本の蜘蛛の脚。
右の鋏は、生物的な物ではなく本物の金属製の巨大な鋏。
左の鋏は、鋏ですらなく本物の巨大なナイフ。
そして、背中には黒光りするピアノが"生えていた"。
そんな、奇怪な生物が、其処には居た。
「魔物図鑑にも載ってない……気味の悪い魔物ですね」
[♯♯♭♪♭♯♭♭♪]
耳に嫌に響く、心地の悪い音がその混成獣から鳴る。
見た目の奇妙さと不愉快に顔を歪めながら、ライトは虚空からイグニティを取り出し、構えた。
「何だか知らねぇが、襲って来たんだ。死ぬ覚悟は出来てんだろうなぁ!!」
強く、地面を踏みしめ、駆け出した。
◆投稿
次の投稿は3/12(日)です。
◆作者の願い
『面白い』,『続きが気になる!』と思った読者の皆様へ。
後書き下の「ポイントを入れて作者を応援しましょう!」から、評価『★★★★★』をお願いします!
その他『ブックマーク』,『感想』に『いいね』等々して頂けると、大変励みになりますので!
□■□■□
◆技解説
魔法技録
天級時空魔導:混々沌々嬉転信天翁 使用者が魔法に対して抱いた場所を自動的に適用し転移させる 転移時気絶付与
◆蛇足
語り部「さてさて始まりました4章、まあ魔物を見れば分かると思うが、テイストが変わるって言ったの、あれ魔物のことね」
蛇の王「ということは今章は全部あの感じなのか?」
語り部「普通のも出て来るけど大体がああなる。これまで対人戦多めだったけどバリバリ魔物と戦う感じになる」
蛇の王「何故そこで普通の魔物にしないのか……」
語り部「仕方ないね!この界のコンセプトだから」




