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第86話 あざ笑う蝉丸

「……? どうした? 気でも触れたか?」


「うふ……うふふふふ……あはははは!」



頭を掴まれた状態、しかも蝉丸は猟獣忍術により強化された手。

あとほんの少し力を入れれば、ハクフの頭は砕け散るだろう。


だが彼女は大胆にも大きな声で笑い続ける。



「耳障りだ……このまま……」



少しだけ、蝉丸は頭を握った手の力を強める。



「?」



だが違和感。まだハクフは笑い続ける。



「どうしたのぉ? このまま頭を捻り潰すんじゃなかったのかなー?」



その言葉を聞いた蝉丸、さらに力を入れるも……



「どういうことだ……?」



ドガッ!! ……メキ……



「ぐぅぅ!?」



ハクフはぶら下がった状態で()()()()蝉丸の腕を殴り付ける。

しかし現在は、術により双方が同じ両腕両手と化している。体勢が整っていない分、彼女の攻撃の方がずっと威力が弱いだろう。



「……その手は……」


「気付いちゃったぁ? あんた、私たちのことはほとんど知らないのね」



だが同じではなかった。

獣のような様相のままである蝉丸の両腕と比較して、ハクフの両腕はよくよく見ると薄い氷に包まれている。握られていた頭にも、まだ薄氷が残っているのが確認出来る。



「……」



その表情の読めない能面の裏で、蝉丸は何を考えているのか。

ハクフの攻撃に思わず手を離し、距離を取られてしまう。



「ふ~……もう少し力を入れられるとヤバかったかなー。あんたの黒鉄だったら余裕で耐えられるんだろうけど……やっぱ上級魔術って言っても、忍術よりは劣るなぁ」



頭をぽりぽりとかきながら、たらたらと魔術に対して文句を述べるハクフ。



「魔術……?」


「そ。忍術と魔術を組み合わせた新時代の術……その名も煉術よぉ!」



そう言うと彼女の体が、今度は電撃に包まれる。



「雷魔法……か。まさか複数の魔術とはな」


「魔術は忍術に比べて覚えるのが簡単だからねぇ。本当はあんたみたいに、複数の忍術が使えるのが一番いいんだけど……あ、そうだ」



ハクフ、何かを思い付く。



「協力しろって言っても、どうせしないでしょ? あんたを殺して、死体を持ってかえればお兄ちゃん喜ぶかも♪ いい研究材料になりそうだし」


「……狂人が……」



笑顔で恐ろしい発言をするハクフ。

そして彼女は気勢を上げ……



「忍法…」



千獣羅漢(せんじゅうらかん)!!ー



またハクフの体が変化する。だが何故か電撃が纏われる。

足から腕、体まで、とても獣とは言えない容姿へと変わり行く。



「うふふ、うふふふふ、ふふふふ……こうやってねぇ~、変化の途中で電撃を体にあげるとねぇ~……へーんな獣になっちゃうんだよねぇ~……えへへへへ」



焦点の合わない目、垂れる涎、彼女は快感を覚えている様子。

変化が終わってみればもはや獣とは言えない、左右のバランスすら取れない異形の何かと化したハクフ。



「……これは……」



蝉丸も、さすがに無感情ではいられないようだ。

彼女を凝視し、観察し、分析をしようとするのだが…



「変な生き物になっちゃったけどさぁ、これ……すっごい強いんだよぉ?」



ドシュ……



「……な」



電撃を纏った、いつ放ったのかまるで分からない四本の爪が蝉丸を貫く。

ハクフはそのまま蝉丸を上空へ持ち上げ。嫌らしい笑みを浮かべる。



「その能面邪魔」



バシッ……



もう片方の手に生えた爪で、蝉丸の能面を無理矢理外す。



「かはっ……」



口と鼻から、夥しい血液。



「あららららら? 西国人だったの!? 能面被る前と全然違うじゃない!」



面を外された、フードも捲くられてしまった蝉丸。

茶屋に居た時の女性とはまったく容姿が異なり、赤毛にポニーテールという様相。性別はそのまま女性のようだ。



「……ぐ……ごぼっ」



吐血が止まらない。もはや勝負ありと言えるだろう。



「ま~た勝っちゃった♪ ほ~んと最強……あ、お兄ちゃんの次かぁ」



勝鬨(かちどき)を挙げる……とまでは行かないが、その異様な姿で女の子らしく拳をグッとするハクフ。客観的に、あまりに奇怪な様相である。


そして彼女は、爪に刺さった蝉丸を抜くべく手を振る。

傍の大木に叩きつけられ、そのままずるずるとその根本へずり落ちていく。



「さ~て、死体を……って、まだ生きてんの? あんた」


「……」



出血、吐血と繰り返し、地面が真っ赤に染まっているものの、どういう訳か蝉丸は無表情。

それどころか、おもむろに顔を上げハクフを上目遣いでジロリと睨む。



「なぁに? 負けてくやちい! って? うふふ……」


「ふん……」



若干吐血が邪魔なようだが、何故か蝉丸は普通に話す。



「悔しくないと言えば嘘になるな。何せ、目的を果たせぬままだ」


「道半ばで、ってこと? うふふ♪ 人一人の人生を、私が躓かせたって思うとゾクゾクするぅ~!」



自分の行いにより……いや、自分の所為で一人の人間の人生を左右したことを喜ぶハクフ。



「まあ()()()()()()()、貴様はいずれ力尽きるのだろうが……」


「……はあ? 負け惜しみ? だっさ」



シチュエーションを考慮すれば、蝉丸の発言は負け惜しみでしかない。

だが、ハクフの煽りを特に気に留めることもなくそのまま話す。



「貴様程度に、()()()()()負けてしまうのであれば私は不要なのだろう」


「……」


「煉術……面白い発想ではあるが、結局取るに足らん代物だった……」


「……」



意味不明な発言を繰り返す蝉丸。ハクフは黙って聞いているのだが、徐々に面差しが変化してゆく。



「新しい属性の探索ということで少しは興味があったんだがな……」


「……」


「今見たものが完成形と言うのなら、調べるに値しな……!?」



恐ろしげな形相で、またしてもその爪で蝉丸を貫くハクフ。



「さっきからうっせぇんだよぉぉぉぉ!!!! 負け惜しみをぐだぐだ並べやがって!!! テメーは負けたんだからさっさと死ねよ!!!」


「がっは……!」



ザシュ!ザシュ!……



「ごぼっ! がっ!」



その後、何度も何度も蝉丸を刺す。

身体に無数の穴が空き、中には向こう側が見えている傷も少なくない。


それにも関わらず……



「ククク……まあ貴様はこの程度だ」


「……は、はぁ? なんで……死なないのよあんた……」



メッタ刺しにされた蝉丸。なお笑う。

しかも、まろび出る言葉もかろうじてという印象がない。スラスラと言葉に出来ているように見える。



「あまりにも心が弱い。私利私欲で動く者の限界といったところだな」


「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」



さらにキレるハクフ。刺す、斬るを続ける。蝉丸の体はいくつか欠損が見られるほど傷付く。



「死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよぉぉぉぉぉ!!!」



だが意識を刈り取れない、死なない、笑みが止まらない。



「貴様の成長はここで終わりだ。これから力を付けていく、今は弱い心強き者たちに怯えて過ごすがいい。ククク、ハハハハ!!」


「う……くっ……テ、テメ――――――――!!」



ハクフが右手を大きく振りかぶったその時、蝉丸の体が徐々に朽ちていく。

ギョっとする彼女は、怒りよりも意外な気持ちの方が勝ったようだ。



「はぁ!? な、何……? あんたほんとに人間!?」


「人間だ。ただし、()()()()()()()がな……フフフ」



『死ぬことはない』と言いながら、最後は全身が朽ち果てた末蝉丸は消えていった。



「う……う……」



やり場のない怒り。

異形の姿で怒りを示す彼女は、傍から見ればただの化物だ。



「うがああああああああああ!!! クソがああああああああああああ!!」



ドォォォォォ――――ン!!



右手を振り回し、周囲の木々や岩に当たり散らす。

明らかに勝利……した筈が、そのような空気で無くなったことが腹立たしいか。



「う、う……うふ……うふふふ……」



怒りを昇華したのか、はたまた彼女にしか分からない独特の感性があるのか。



「はん! 結局死んでんじゃないの! バッカじゃねーの!? さんざん負け惜しみ並べ散らして死ぬとかだっさ!!」



これもまた憂さ晴らしか。

そう言いつつハクフはその場から去り、ゲンゾウの後を追うのであった。


一方すずな町では、華武羅番衆たちに動きがあるようだ。

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