第85話 蝉丸VSハクフ
「さーてゲンゾウ。手ぇ出さないでね?」
蝉丸の能面と対峙するハクフ。一対一を所望している。
「分かってら。んじゃ俺は先に行ってから、早く追い付いて来いよー」
なんとゲンゾウ、そのまま両手を頭の上で組みながら歩いて行く。
呑気に手を振るハクフ。すると…
ボッ!
「お~~っと!」
蝉丸の突きが空を切る。ハクフは回避するが、少々面差しが険しくなる。
「へー、早いじゃん」
「……」
「まただんまり? つまんないなぁ……って! おっとっと!」
蝉丸は彼女を相手にせず、ただ排除しようという印象だ。
特に何も話すこともなく、ただ攻撃を繰り返す。
突き突き突き突き突き突き突き突き突き突き……無数の左の突きがハクフを襲う。
「!」
しかし彼女は見逃さない。蝉丸が右手で印を結んでいることに。
―流々龍刃―
手のひら程の大きさの水の刃が、蝉丸の突きの数だけ放たれる。
凄まじい速度の突き。よって刃の数は放った時点で百を超えており、到底避けられる状況ではない。
「うふ♪」
それでもハクフは笑う。
いや、一見無邪気な笑いに見えるのだが、瞳孔が縦長となり獣の如き眼となる。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!!」
バシュバシュバシュ……!!
そして水の刃を叩き落とす。無数にあった刃も、瞬く間に消え去ってしまう。
なお数枚ほど後ろに逸れたのだが、それらはハクフの後方にあった巨木をこそぎ倒してしまう、また大岩も豆腐のように貫通してしまう。威力の高さが伺えるだろう。
「……?」
蝉丸、意外だったようだ。苛烈な攻撃を止め、少し後ろに下がる。
「ふーん……さっきは綺風、火も使ったみたいだけどあれは一文字ね。そんで水……鼓流の『刃の型』だっけ? 器用ね~ほんと」
様々な忍術を並べるハクフ。ここでようやく蝉丸が対話に応じる。
「私を知っているかのような口振りだな」
「あ! やっとしゃべった! そうそう、あんたの事はちょこっとだけ調べてるからねぇ」
ここで彼女は拳同士をガシガシと合わせ、蝉丸をキっと見つめる。
「ちょっと興味あったのよ~。能面かぶった強いヤツが居るってお兄ちゃんから聞いてさ」
「ああ……貴様たち、ごぎょうの馬鹿共か。顔は知らなかったものでな。お山の大将はまだ巣篭もっているのか?」
蝉丸が言葉を終えたと同時に、ハクフは笑顔のままで突進する。
「!?」
―氷簾腕―
それと同時に、蝉丸は術を使用し身体の前に何かを展開する。
ズドドドドドドドド!!!
「お兄ちゃんの悪口は許さないよぉ?」
ズドドドドドドドドドドドド!!!
ハクフの膨大な量に見える拳。
蝉丸は薄い膜のようなものを体の前に張っており、彼女の拳が着弾した際に逸らせているようだ。だが、攻撃が止まない。
「い~つ~ま~で~耐~え~ら~れ~る~か~な~?」
「……!!」
攻撃をしながらも、軽い感じをいつまでも絶やさないハクフ。
蝉丸が展開した薄い膜の一部が破損するが……
―蒼蒼欅―
ハクフと蝉丸の間に、とてつもない速度で巨木が生える。
彼女は已む無しに距離を取る。
「今度は威楸……? どんだけ術持ってんのよ! ……でも、ちょ~っと参っちゃったんじゃない?」
「……」
「あ、あれ?」
ここでハクフ、何か嫌な予感がした様子。
「だから、逃げんじゃねーよクソが!!!!!!!!!」
その言葉の通り、蝉丸は巨木で分断されたのをいい事に、先ほどと同じように逃走しようとしたのだが、ハクフに勘付かれる。だが、それでも構わず去って行く。
「……忍法!」
―羆熊豪腕!!―
―百獣疾駆!!―
※※※
「……ふん。あのような輩に構っている場合では……ん? 何だ?」
ドガァァ――――!!
「~~~~~~~!!」
その場から去った蝉丸。森の中を駆け抜ける最中、突如大きな力になぎ払われる。
「逃げんなっつったろうがよォォォォォ!!!!!」
片眉を吊り上げ、まさに輩のような面差しを見せるハクフ。怒ると言葉が汚くなるようだ。
「……しつこい……!」
彼女からの攻撃を受け吹き飛ばされた蝉丸だが、時を置かず立ち上がり反撃をしようとする。
しかし蝉丸、驚きが強かったのか暫くハクフを観察しているようだ。
もっとも、それは無理のないこと。
何故ならこれまでただの褐色肌の少女だった筈が、両腕は手のひらから胸あたりまで筋肉で盛り上がり、両足は獰猛な肉食獣が持つ四本足のような形状へと変化しているのだ。
その影響か体躯も大きくなり、蝉丸を見下ろす形となっている。
「猟獣忍術か……だが、ここまで形状を変化させられる者は見た事がないな」
「でしょ? その辺の二文字とは違うんだから~」
怒りが少々収まったのか、また元の口調に戻るハクフ。
「うふふ♪ 逃がさないわよぉ?」
その姿のままで、蝉丸に攻撃。
熊のような大きな手で、横なぎの攻撃を繰り返す。
「さぁ、どんどん早くなる……うん?」
ミシッ……
ハクフが振り回す手をかいくぐり、腹部に拳を当てる蝉丸。
だが彼女はここでニヤリ。まるで効いていないようだ。
「ぜ~んぜん効かないし?」
「そうか、ならばこれでどうだ」
ズドッォォォォォ!!
「……う!?」
同じような攻撃。しかし、蝉丸のハクフを殴ったその手が鉄色に変化している。
「ぐ……マジ……?」
「黒鉄忍術、鋼錬拳。これなら効果があるようだな」
少しだけよろけるハクフ。
蝉丸は全身を鉄色にしたまま彼女に向かい、飛ぶ。
「ふん! 全身鋼ってだけだろうがぁぁぁぁ! ……忍法!」
―猪突体剛!!―
術をしようしたと同時に、ハクフの体が体毛のようなもので包まれる。
「そぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!」
飛び上がった蝉丸へ、先に攻撃を仕掛ける。だが……
「下から上へ飛び上がり攻撃とは……何も考えていないのか」
蝉丸、当然の如く迎撃体勢。
今度は両手を赤く光らせ、飛び上がるハクフを見据える。
パァァァ――――ン!!
「?」
すると、いきなりハクフの元で何かが弾ける。
自身の気そのものを間近で破裂させたような印象。蝉丸は一時的に彼女を見失う。
「忍法……!」
―豹脚飛翔!!―
目まぐるしく動く戦闘。何が起こっているのかが把握出来ない。
「何を……」
風忍術か、そのまま宙に浮き周囲を確認する蝉丸。だがハクフは居ない。
「なるほど。木の上部に……」
「分かってるじゃん♪」
蝉丸が見上げると、そこには大木に四足で張り付いたハクフ。考えなく下から飛び上がったのではなく、目くらましをした上で能面よりもさらに上部へと考えたのだろう。
足はさきほどよりも細くなっているが、しなやかさが見える獰猛な肉食獣のもののように見える。両手はそのまま熊のような手、体幹は茶色の体毛で覆われており、瞳は相変わらず縦長の瞳孔をしている。
舌なめずりをした後、体に力を入れる。
「……終わらせるよ? バイバーイ!」
言葉を発した後、彼女はその場から消える。
木から木へと移るのだが、とてつもない速度であるため視認出来ない。
蝉丸も見失っている様子だ。
「……」
何を思うか。蝉丸はその場から動かない。
ザシュッ!
スパァッ!
「!!」
そのためか、ハクフの攻撃がほぼすべて当たる。
「うふふ♪ もういいかなぁ? そろそろ……貫いてあげる!!!!」
「……」
トドメを宣言。ハクフはさらに加速し、木から木へと飛び移る作業を繰り返す。
その上さらに加速が続いていることから、本当にトドメを刺す気なのだろう。
「……貴様を追う必要はない」
だが冷静な蝉丸。そして印を結ぶ。
「忍法」
―凛然の響 唱破―
~~~~~~~~~♪
なんと、蝉丸が歌う。
厳密には口を閉じているためハミングだ。しかしそこには音程があり、歌として認識出来るものと言えるだろう。
「きゃああああああああああああ!!!」
ドサッ
蝉丸が歌い始めてからまもなく、叫び声を上げながらハクフが墜落する。
「ぐ、ううう!」
苦しむハクフ。両耳から出血をしている。
距離を置きたいところだが、それを見逃す能面ではない。
「忍法」
―羆熊豪腕―
「!!!」
使う術は猟獣忍術。能面が複数の忍術を操ることは、スザクから話を聞いているであろうハクフも知るところだが、違和感を感じているようだ。
「なんで……私の一緒なの……?」
その言葉のとおり、蝉丸の両腕はハクフの現在の腕そのもの。ここで彼女は気付く。
「詩忍術でも相当レアなのに、写忍術って……何なの? あんた……」
「説明する義務はない」
ドボォォォォ!!
「~~~~~~~~!!」
今度はハクフがなぎ払われる。
だがそのまま飛ばされる訳ではなく、蝉丸がすかさず作り出した大きな手で彼女の頭を握り捕まえる。
「う、うああ……あああ……」
「ふん! ……このまま…………?」
蝉丸の手により目元は見えないが、そこには明らかに口角が釣り上がるハクフの姿があった。




