第84話 ごぎょうと能面
―鬼の運河 上空―
「ねえムリョウ」
空孤が大空を舞う。その手に乗るムリョウを傍に寄せ語りかける。
「最近あの嬢ちゃん、動きがないみたいだけど?」
「ああ。大方、力不足を感じて修行と言ったところだろう」
イズミのことか。行動パターンが読めている様子。
「何人か置いてるけど、暇を持て余してしゃあないね」
「それは仕方がない。もっとも、暇だけならまだいいがな。たしかジョカ……だったか。あいつのように、招かれざる客を避けられないこともあるだろう。時が半分過ぎるまで、本当に私は無能だったからな」
「いいのかい? 嬢ちゃんにぶつけたいんだろ? ……それに、このままじゃあんたの記憶が……」
「構わん。結果的にイズミが強くなればいい。それに、もう今となっては私の記憶など……」
その後も何かを話していた様子のムリョウと空孤。語り合いながら東国へ向かう……。
※※※
―せり町~すずな町 道中―
「なあ姉ちゃん、そろそろ休憩しようぜ」
「あんたねぇ、ちょっと休憩が多いよ? たるんでるんじゃない?」
すずな町へ向かうハクフとゲンゾウ。
客観的に見れば、姉と弟の仲睦まじいのんびりした旅である。だが目的は、華武羅番衆の殲滅なのだ。
「いいじゃねえかよ。……お? タイミング良く茶屋じゃん。ほらほら!」
「あーもう! 早く戦いたいのにー! ま、お団子奢ってくれたらいいけど?」
「ちぇっ、足元見やがる」
二人が前方を見ると茶屋が一件。客が数人居るようだ。
ゲンゾウは足早に向かい、その後にゆっくりとハクフが付いて行く。
「ごめーん!」
「いらっしゃいませー」
「お! 可愛いじゃん! ……ねーねー!」
若者らしいゲンゾウの元気な声。この男が、人として何かを失っているようにはとても見えない。彼は茶屋の茶汲み女が気に入ったのか、声を掛けようとするのだが……
「お団子とまんじゅう、それぞれ三十ずつねー!」
「……え? さ、三十ですか……?」
横からハクフが割り込み、自分の食べたいものを注文する。茶汲み女は当然のように驚く。
「がー! 食いすぎだっつーの!」
「いいじゃない。腹が減ってはイグサは出来ぬって言うじゃない」
「戦だろうが! 畳でも作んのか!! あとまだ食ったばっかだろ!!!」
ハクフ、いろいろ足りない女性のようだ。
ゲンゾウは呆れつつ、緋毛氈が敷かれた縁台へ座る。各台に設置された野点傘が茶屋に風情を持たせており、二人はそれを楽しんでいるように見える。
とてもこれから人を殺めに行くとは思えない雰囲気だ。
※※※
「ふー、食った食った」
「ココいーじゃない! 茶屋で当たりの方なんじゃない?」
その後、大量の団子とまんじゅうを食べた……と言うより食い散らかした二人。主にハクフのようだが。
暫くゆっくりとした時間が流れる。
「んじゃ、そろそろ腹ごなしにバトっちゃおっかな」
「ああ? 何言ってんだよ。すずな町まで、後どんだけ掛かると思ってんだ」
おもむろに物騒な発言をするハクフ。
ゲンゾウはその発言の意味がよく分からない様子なのだが、彼女は突然……!
ガシッ!
「!!!!!」
「は、はあ!?」
傍に座っていた他の女性客の顔を掴み、そのまま片手で持ち上げる。
ゲンゾウは意味不明なようで、呆然と立ち尽くしている。
「きゃあああああああああ!!」
「な、なんだ!? 何やってんだアンタ!!」
「おい! やめろ!!」
「お客様! 何をなさるのですか!!」
騒然とする茶屋。
「何してやがる! 姉ちゃんやめろ!! まだごぎょうは……」
この続きに何を発言しようとしたかは分からないが、別に顔を掴まれた女性に対して何か思っている訳でもなさそうだ。どちらかと言うと、自分たちに対する影響を懸念している印象。
「あ、あ……う……!!」
自身の顔を掴んだ手を強く握り返し、必死に振りほどこうとする女性。苦しんでいるようだ。
だがハクフは舌なめずりをしながら、細目でその女性を眺めている。
「ゲンゾ~、あんた分かんないのぉ? さっきから臭ってくるんだよねぇ~……コイツからぷんぷん。古くさーいタンスみたいな、カビ臭さがさぁ。あたいの鼻は誤魔化せないよ」
「……はあ?」
発言の意図が分からない。
やがて女性は、ハクフの腕を掴んでいたその手が力なくうなだれる。
「お、おい! マジでヤベー……は?」
だが女性、うなだれた手がぼんやりと光り……
シャッッ――――!!
「おっと♪」
何か攻撃のような動きをする。
察したハクフはすぐに手を離し、距離を取る。
「な、なんだコイツ!? 忍か?」
「違うわよ。ほんっとボンクラねぇ、あんたは」
手を離された女性、そのまま地面に着地し棒立ち。
両手を僅かに光らせたまま俯く。両目には光りがなく、恨めしそうに二人を見つめる。
「妖怪か? いや、そういう感じじゃねえな」
「違うってば。アレよアレ。なんだっけ?」
妖怪ではない。しかしハクフの説明が要領を得ない。
「アレってなんだよ!?」
「ちょっと興味あったから珍しく覚えてたんだけどな~。歩いてたら忘れちゃった」
「鶏かお前は!」
つまりは、ハクフの勘のようなものなのだろう。
疑わしきで行動するあたり、あまり物事深く考えないタイプであることが伺える。
「ほんとうっさいわねぇ、鶏とは何よ!!」
「てか、ほんとに何なんだよコイツ」
見る限り、纏う雰囲気などは一般人のそれとはかけ離れているものの、見た目はただの女性。
「……邪魔をするな」
すると女性、即座に間合いを詰める。対象はハクフ。
しかし彼女は女性が間近に迫っても、にんまりとした笑みを絶やさない。
「いいわね! いい感じよあんた!」
ガキィ!
「……む?」
女性は少し戸惑っているようだ。防がれるとは思っていなかった様子。
両手に纏う、風が円を描くような刃を、気を纏った両腕で防ぎきるハクフ。
舌をぺろりと、楽しんでいるようだ。
「な!? 綺風!? 二文字じゃねーか!」
一方で、大いに驚くゲンゾウ。綺風……二文字の風忍術か。
「……」
「あらら? だんまり? 格上と戦うんだから、今の内に媚びといた方がいいと思うんだけどな~?」
何も言わない女性。
ハクフは煽るのだが、それでもこれと言った反応がない。それどころか……
「……」
「え? ええええええええ!?」
逃げる。
踵を返し、秒も立たない内に茶屋の向こうにまで至っている。
「……?」
だがそうは問屋が卸さない。
女性の足には、非常に粘度の高い土が纏わり付く。
二文字の忍術を使う彼女ですら振りほどけないということは、つまりはそれ相応の術であることが伺える。
「まあ……とりあえず捕まえたけどよ……」
ゲンゾウだ。術を使い、女性を捕縛。
「姉ちゃん、だから何なんだよアイツは」
「え、えーっと、ここまで出掛かってんだけどねぇ~……」
そう言いつつ、喉を指差すハクフ。
すると捕まった女性、目が血走り歯ぎしりをし、たちまち形相が変わり行く。
「邪魔をするなと言ったはずだ。……それほどまでに死にたいか」
自身を捕獲した足元の土が、次第に乾燥しぼろぼろと剥がれ落ちる。
(……? 熱……? さっき風使ったよな……ん? うん?)
その光景を見て違和感のあるゲンゾウ。何かを思い出しつつあるようだ。
その後女性が黒い何かに包まれる。
「……あ、あ、あ――――――――!」
「そうそう! 思い出した――――!」
怒りが頂点に達している様子の女性など気にも留めず、呑気な反応を見せる二人。
これはただ空気が読めないだけなのか、それとも自信の表れか。
そして、黒い何かに包まれた女性はやがてその姿を現す。
全身黒尽くめの様相、そして蝉丸の能面を着用するという見慣れた姿。
「能面! そうそう能面よ!」
「見てから言うんじゃねえよ! ……なるほどな。コイツが兄上の言ってた……」
そうしている内に、能面は二人の前に現れ構える。
「……鬱陶しい……!」




