第76話 白丸叱られる
ー波久部良養生所ー
「せやぁぁぁぁぁ――――!!!」
「イズミサン、大振りデスヨ!!」
場所は戻り、波久部良養生所。
ぽん吉や白丸の何やらが終わり、引き続き広大な敷地を持つ養生所の離れでイズミは修行を続けているようだ。
「くっ! く、くそぉぉぉ――――!!」
「ち、チョット! 前のめりスギですッテ!!」
今の相手はトム。
すでに二文字となった彼。実力の差が大きいようで、イズミが全力の様子である一方彼は余裕があるようだ。攻撃を軽くいなす。
彼女は悔しげな印象だ。それを、離れの縁側でお茶をすすりながら眺めるリュウシロウ。
(やーっぱ焦ってやがるアイツ。修行再開の時はいい感じだったんだがなぁ……ま、『お先♪』されたトムが目の前に居るんだから仕方ねえけど……)
そしてその場でごろりと横になる。
その間近に居たフウマも、彼と同じ所感のようだ。
「いかんのう……あれでは……」
いささか不安そうな趣き。
これまで同じ一文字だったトムが、自身を追い抜いてさらなる高みへと登ってしまった。イズミの心中は容易に察することが出来るだろう。だが、それが良くない方向へと進んでしまっている印象である。
ひとしきり修行が終わったのか、二人は休憩がてらリュウシロウたちが居る場所へと戻る。
そこへテツが、いつものように差し入れを持って来る。養生所の入院患者の回診も終わり、今は暇のようだ。
「……はぁ、はぁ……」
息遣いの荒いイズミ。特に何も言わず縁側へ座る。
そこに、怒りとは言えないまでも少々憤慨したような様子のフウマが近付く。
「今のはいかんぞ? あれでは、ただ出鱈目に拳を振り回しているだけじゃい」
「……分かってるよ……」
ギリっと歯を食いしばりつつ、フウマの声に反応する彼女。しかし、明らかに焦りが見られる。
とそこへ、空気を読まずに羽をパタパタしつつイズミに近付く者が……
「うふふふふ、一文字では話にならんからなぁ。そりゃ焦りもするだろう」
「なんだと!」
ニヤニヤしている白丸だ。どうやら彼女、今は養生所や修行のお手伝いをしているようだ。
「これこれ白丸、やめんかい。……おっ、冷たい茶か。一杯いただけるかの」
「ふふふ。妾が汲んだ茶、心して飲むがいい」
そのためか皆との距離も近くなり、イズミ以外とは仲良くやっている様子。
そういう経緯かイズミに軽口を放つが、フウマに警められる。
「ほら、茶だぞドブ」
「トムですよ。ソノ辺の溝じゃナイんですから。ついでにお菓子もイイデスカ?」
「仕方ないな、ほら。……どうした? テツも飲め」
「すみませんねぇ。……でもウチのお茶……」
素直に応じる白丸。きちんと気配りも出来ている模様。
その様子を寝転びながら見ていたリュウシロウも……
「お、菓子じゃねえか。俺にもひとつ……」
「リュウシロ――――♪ お菓子と一緒に妾のみるくも……」
お菓子に手を出そうとするのだが、小数点以下の速度で白丸がそれを手に取り彼へ突撃。いつものように胸を押し付ける。
「むぐっ……ぶはぁ!!! アホか!!! てか出ねえだろ!!! あとどこで西国語覚えたんだよお前は!!!!!!」
「ここ十年、ほとけのざに居ればいくらでも西国人は来るからぁ……姿を隠して観察してたの!!」
「アホなことに神通力使うんじゃねえよ!?」
ピキっとでも音が聞こえてきそうなほど、イズミに青筋が走る。
もしかすると、苛立ちの理由はこのようなやりとりも含まれているのかもしれない。
そして彼女も、他の皆と同じようにする。
「白丸。ボクにも茶をくれないか」
「断る」
一同、ピタリと動きが止まる。
「な、なんでボクだけ!?」
「貴様は妾より弱い。よって、言うことを聞く筋合いはない。自分でやれ」
冷たく言い放ち自身を冷遇する白丸に、イズミは怒髪天の勢いだ。
白丸はさらに言葉を続ける。
「ボムも……」
「トムデス。爆発物じゃないんデスから」
「トムもフウマも妾より強いからな。先の戦いの通りだ。自身より強者は敬わなければならん」
白丸の持論なのだろう。
「じゃあどくたあ先生は何だ!」
「妾の傷を直ちに治したその手腕と恩、忘れてしまえばただの畜生だ。それに……木立忍術使いだろう? 実力が確かなのはもはや言うまでもない」
「リュウシロウは……」
「妾の夫だもん! 妻なんだから夫を立てて当然! 妻は夫の三歩後ろを歩くんだからぁ! キャー――――!」
「む、むぐぅぅぅぅぅ――――!!」
いきなりキャラ変、やはりリュウシロウに抱きつく白丸。彼はここ最近、息を止められることが多い。
「と言うことだ」
「何がだよ!!!!! はぁはぁ!!!」
あくまで彼女を見下すような視線をやめない白丸。リュウシロウは息も絶え絶えだ。
イズミはさらに悔しげな面差しとなるが、今ここに居る者たちの中でリュウシロウを除けば、自分が実力的に最も見劣りすることを自覚しているようだ。
そのためか、それ以上何も言わずに自分で茶を汲もうとする。
「……」
「あ~怒ったぁ? うふふふふふ」
さらに煽る白丸。
「いくら修行をしたところで、二文字に至らんヤツは至らん」
「……」
「求める力を得られないのは才能がないからだ。努力も無駄だな」
「……」
「今貴様が、ここに居る皆の足枷となっていることを自覚しろ」
「……」
ここまでは、悔しくもまだ受け流すことが出来た。
しかし、白丸の次の言葉はイズミにとって、到底看過出来るものではなかった。
「そもそも力忍術などという、術ですらない低俗な力技で強くなろうとすること自体愚かなのだ。うふふふ、あはははは!」
その瞬間イズミは激高、白丸に飛び掛かろうとする。
「貴様ぁぁぁぁ――――……」
「やめろ」
静かではあるものの、極めて強い怒り模様の口調。これまでとは異なる雰囲気で二人を制止するリュウシロウ。血走った目に憤怒の面差し、何かが彼の逆鱗に触れたようだ。
イズミ、白丸共に動きが止まる。
「白丸」
「え!? は、はい!」
そのままの形相で同じような口調であるため、白丸も思わず襟を正す。
彼女は少し怯えているようだ。
「努力してるヤツを、強くなろうと頑張っているヤツを……お前のものさしで勝手に無駄扱いした挙句、あざ笑うってのはどういう了見だ?」
「え……う……」
(リュウシロウサン……)
静か、それでいて強烈な怒り。白丸は閉口する。涙目になり、強くうろたえている。
怒りを滲ませるリュウシロウに、強くなれなかった彼の経緯を知るトムは思うところがあるようだ。
(そうだ……リュウシロウは……)
もちろんイズミもその経緯を知っている。先ほどまであった怒りが、彼に対する憐憫へと塗り替えられる。
リュウシロウは、白丸への警告を続ける。
「俺はいくら修行をしてもどうにもならなかったヤツだ。……はん!!! その理屈なら俺はとんでもねえ足枷だぜ!!!!!」
「ち、ち、違う!! リュウシロウの強さはそこじゃ……」
「求める力は得られなかったんだよ!!!!!!! お前の言う強さとやらは副産物でしかねえ。欲しい力じゃないんだから無駄だよなぁ!!!!!!」
「そん……な……ぐす……ち、違う……」
ついに、ぼろぼろと泣き始める白丸。
今度はリュウシロウが、彼女がイズミにやったような蔑んだ視線を送る。
「消えろ」
「……え?」
そして突き放す。
いつものような冗談めいた雰囲気はない。
「今すぐここから消えろって言ってんだよ」
「い、いや……いや……いやぁぁぁぁぁぁ――――!!!!!!!! ごめんなさい……ごめんなさい!!!」
涙を流すという様相から、大泣きへと変わる白丸。
人目も憚らず、リュウシロウに縋る彼女。逆に言えば、彼はこれほどまでに白丸の心を掴んでいた証左と言えるだろう。意図の有無は別としてだが。
「……」
そんな彼女に、少し違う印象の目線を置くリュウシロウ。やがて……
「じゃあイズミ、お前が決めろ」
「は!? ボ、ボクが!?」
「言われたのはお前だろ。それと白丸、謝る相手が違うんじゃねえのか?」
「!!!」
すると白丸、リュウシロウから離れ猛スピードでイズミに抱きつく。
「うあああああああああん!!! ごめんなさいごめんなさい!! ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!!」
「あ、う~……」
いきなり振られたイズミ。当然困り果てる。
だが、すでに彼女への怒りは霧散している状態。今更どうこうする気もないようで……
「許すよ。でも、力忍術を貶めるのだけはやめろ」
「わ、分かった! 分かった! 分かったああああああああ!!!」
白丸必死。涙が筋というより滝である。
言い放った言葉が言葉だけに取り戻すのは大変だろう。
「OK。じゃあこの件は仕舞いだ」
そう言うと、またしてもごろりと寝転がるリュウシロウ。
だが、彼の中ではまだ何かがくすぶっているようで……
「白丸」
「は、はい!!!!!!」
今度は抱きついていたイズミから離れ、ピンと背筋を伸ばす白丸。
リュウシロウの次の言葉を待つのだが、ここで最大の警告が言い放たれた。
「二度目はねえ」
「!!!」
白丸、自身の発言をしっかりと振り返り、深く反省するのであった。
一方、ごぎょう神社ではハクフ、ゲンゾウがすずな町に向かった件以外でも、不審な動きがあるようだ。




