第74話 ゴウダイの過去④
「うう……さすがに怖いな……」
鬱蒼とする森の中。現在は昼下がりのようだが、森が深く太陽の光がさほど差し込まない。
つまり比較的暗く、足元程度は問題なく見られるようだが、奥を確認出来るまでの光度が足りない。
すると……
カサカサ……
カサカサカサ!
「き、来た……!!」
聞き覚えのある音。あの時と同じ、蜘蛛の足音だ。
光が少ないと言えども、奥は見渡せないとしても、周囲を確認することは可能。
ゴウダイは強く警戒し、木に近付かないよう出来るだけ周囲に空間がある場所まで移動する。
(大丈夫……大丈夫……俺には忍術がある……)
そう自分に言い聞かせ、戦う意思を強くする。
時を置かず前方を直視すると、暗がりから数匹の蜘蛛が彼目掛けて真っ直ぐに向かってくる!
「う、うわああああああ!!」
意思があったところで怖いものは怖い。
もともと彼自身このような異形な何かを見たことはない、そしてそのような状況はまだ齢七程度の子どもに耐えられるようなものではないのだ。
だが彼は、年齢の割には成熟している。もちろん子どもらしいところもあるのだが、それが目立たない程度には精神年齢が高い。
さらに母を、妹も弟も、生まれてくる子も守りたいと誓った。
それらが相まったことにより、恐怖心を覆い隠す。
「お、お、おおおおおおお!」
自身を奮い立たせ、両手に火を纏わせる。
修行自体は、普段の仕事もあるためにそこまでこなせていないはずなのだが、自身の意思である程度火を扱える程度には成長している様子。
「に、忍法!!」
―当遠火!!―
印を結んだ状態で、蜘蛛に向かって手を強く差し出す。
すると蜘蛛が突然発火。苦しみ、悶え、断末魔を上げ轟沈する。
「……は、ははは! いける! これなら大丈夫!」
蜘蛛を一匹倒しこれまで以上に自信が付いたのか、続けて印を結び蜘蛛を見据える。
「もう一発! 忍法!!」
―当遠火!!―
蜘蛛がさらに燃える。
そのため、暗がりだった森の中が少し明るくなり、さらに奥を見通せるようになる。
その時ゴウダイは生唾を飲み込んだ。何故なら……
「え……? こ、この数……」
明るくなったことで視界が広がったのはいいのだが、そこで彼が目の当たりにしたのは軽く数十匹は居るであろう蜘蛛たち。
皆、その焦点の合わない濁った人間のような目で、ゴウダイへ目線を置く。
「……ひっ!」
再び恐怖心が強くなる。冷や汗が自然と垂れ、足が震える。
(い、いや、ダメだ! これだけ持って帰れば、それだけ大金持ちだ! それに俺自身ももっと強くなるはずだ!)
逃げようかと振り向こうとするのだが、強くなりたいという意思がそれを阻む。
だから彼はさらに印を結ぶ!
「これならどうだ!! ……忍法!!」
―剛火砲!!―
ゴォォォ――――!!!
「うおおおおおおおおお!!!」
直線状に放たれる炎。さしずめ遠距離に撃てる火炎放射と言える。
蜘蛛に当たれば直ちに着火、蜘蛛はこれまで倒した時と同様に燃え、断末魔を上げ死んでいく。
「よし!!!!! ざまぁみろ!!」
勝ち誇るゴウダイ。
複数居る蜘蛛たちを一網打尽にし、自身の強さを噛み締める。
多数の、炭となった蜘蛛を見つめ彼は思う。
(それにしても、忍術って不思議だな……教えてもらった訳じゃないのに、なんでこうやって使えるんだろ?)
人間が共有する忍術。その系譜を今、彼は辿っている。
もっとも、どこまで高めることが出来るのかは彼次第だ。
「さーて、そろそろ帰ろうかな。……こいつら気持ち悪いけど、持って帰らないと……」
そう言うと、炭となった子どもサイズの蜘蛛を、一匹ずつ運び一箇所に集めようとする。
顔だけは人間のように見えるので、気持ち悪さは倍増だ。
その後暫くして……
※※※
「ヤバいなぁ……そろそろ暗くなってきそうだ……」
死んだ蜘蛛を集めていたら、すでに昼下がりから夕方へ。少し焦るゴウダイ。
そうしていると、何やら遠くから音が聞こえてくる。
ズン……ズン……ズン……
一定のテンポでこちらに音が近付いてくる。
(??? ……なんだ? 蜘蛛の足音じゃない……)
少しずつ蘇る恐怖心。
得体の知れない何かに恐怖を抱くのは人間の性だ。
「……え?」
そして音が大きくなり、それが止まった時彼の恐怖心はこれまでの中で最大のものとなる。
「あ゛、あ゛、あ゛~~~~~」
ゴウダイの前に現れたのは、中年の人間らしき顔のある、大人の数倍はあろうかという巨躯を持つ蜘蛛。
その人間のような顔にある口からまろび出る、おどろおどろしい声に彼はたちまち青ざめる。
「う、うああああああああああああああああああああ!!!???」
小さな蜘蛛にはない威圧感。
だが彼には、これまで蜘蛛に勝利してきた自信がある。
と言うより、それに縋っていると言った方が正しいか。
「こ、この!! 忍法!!」
―当遠火!!―
ボッッッ!!
「?」
巨大な蜘蛛はその瞬間発火するのだが、何せその身体は大人の数倍。豆鉄砲でしかなく、しかもすぐに消えてしまう。
蜘蛛自身特にダメージもなく、そもそも何かをされたという意識もなさそうだ。
「……え? き、効かない!? ……じゃあこれなら!」
そう言うと、当遠火よりも長く複雑な印を結ぶ。
「全部燃えろぉぉぉぉ!!! 忍法……!」
―火龍破!!!―
ゴウダイの身体全体から炎が立ち込める。
それは渦となり、螺旋を描くように蜘蛛へ向かう。
ゴォォォォ――――――――!!!
特に蜘蛛はその場から動かず、彼の術が命中する。
「よし!!」
思わずガッツポーズ。勝利を確信したようだ……が、しかし、
「あ゛――――……あ゛づづ……」
全身が火に包まれた蜘蛛だが、術が終わってみれば体毛が少々焦げただけという状況。
つまり『効いてない』。ゴウダイは唖然とし、恐怖が色濃くなる。
それ以上何もしてこない……いや、何も出来ないのか、そんな彼を見て蜘蛛がおもむろに近付いてくる。
「ひ、ひ、ひぃぃぃぃ!!」
「あ゛――――?」
ゴウダイを嘗め回すように見る蜘蛛。
歩みを進めた際、彼が倒した小さな蜘蛛に目も暮れず踏み潰しているところを見ると、仲間意識というものはなさそうだ。
そして蜘蛛は、ゴウダイに対して絶望的な言葉をかける。
「喰゛う゛」
「……え?」
そして、いきなり大口を開けて彼目掛けてさらに歩を進める。
「う……う……うわああああああああああああああああああああああ!!」
何も考えず振り返り、全力で駆け出すゴウダイ。
怖い。ただただ怖い。小さな蜘蛛とはまるで違う。
「お゛前゛、子゛ども゛燃゛や゛じだぁぁぁ~~~~」
恨み?
その割には亡骸を踏み潰しており、どの程度子に対する感情があるのかは量りかねる。
「はぁはぁ! はぁ……はぁ……!」
そんなことには構わず、とにかく走り続けるゴウダイ。
(まさか忍術が効かないなんて……! どうしよう……どうしよう! 早く……逃げないと!)
来た道を戻ろうとする。だが何か様子がおかしい。
「あ、あれ……? たしかここを真っ直ぐのはずなのに……!」
どういう訳か、来た道を戻っているにも関わらず彼は『そうでない』と認識している。蜘蛛が何かをしたか。
「あ゛~~~~~~~~~」
「ひい!!!!!」
悩んでいる暇はない。自身の忍術が通用しない以上、手立ては逃げる以外ない。
もはや来た道も何もなく、ただただ蜘蛛から離れようとする。
しかし、やはりこの森はおかしい。
(な、なんだここは!? なんでいきなり、こんなたくさん木があるんだ!)
逃げる方向に、どういう訳か木が密集しておりそれ以上進めない。
「こ、こんなもの!! ……忍法!」
―剛火砲!!―
唸りを上げ、密集した木に向かって行く炎。
(こうなったら、森ごと燃やしてやる!)
自身が生き残るための方法。
迷い込んだ森ごと燃やしてしまえば、何らかの活路が見い出せる……そう思ったのだろう。しかし……
「……な、なんで!?」
すぐに消えてしまう。
そもそも木々に着火しない。やはり蜘蛛が何らかの措置を施したと考えるのが自然だろう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~……」
「…………あ……」
そして、ついに間近に迫った蜘蛛。もう今のところ彼には、手立てらしい手立てはない。




