第73話 ゴウダイの過去③
自身に訪れる悲劇を、理解をしているのかしていないのかは分からない。
だが、彼女が案じているのは自身ではなく兄であるゴウダイの身。
まもなく、再度ユヅキの目から雫がこぼれ出す。そして……
「ゆづき……じゃまだから……」
「!!!」
自身を『邪魔』とする。彼女はゴウダイの気持ちを分かっていたのだ。
「あ……あ…………」
彼は、刹那であらゆる思考が駆け巡る。
幼子に何を思わせていたのか。
自分が追い詰めていたのか。
それでも兄を想うのか。
(俺は……俺は……)
(こんなに小さいのに……)
(ユヅキ……)
(なんでそんなことを言うんだ?)
(何をしてるんだ俺は?)
(ユヅキ……ごめん、ごめん、ごめん……)
彼は考えがまとまらない。
ユヅキのこの一言で、どのような心境の変化があったのかは分からない。
そもそも、これまで疎ましいくらいに思っていた妹の一言で、彼の心境に何かしらの影響を与えたのかどうかも分からない。
しかし、彼の心を劇的に打つ何かがあったのだ。
そうでなければこのような行動をしない。
母を想う気持ちはあるものの、妹や弟のために何かをするようなことはこれまでの彼には無かった。
そう、気が付けばゴウダイは……
「ユヅキィィィィィ――――――――!」
飛び出していたのだ。
数匹の蜘蛛の一匹の顔を掴み、もみ合う。
「あ゛~~~~~~~」
しかし所詮は子どもの身。近いサイズの蜘蛛の妖怪の力に敵わず、少しずつ押されてしまう。
その隙に他の蜘蛛がユヅキを狙おと、その不気味な足音で彼女に近付いていく。
それが彼の視界に入る。
でも何も出来ない、動くことが出来ない。
「ユヅキ! ……ユヅキ! ごめん! ……こんな兄ちゃんで!」
「にいたん……?」
あまりの情けなさか、声を張り上げてユヅキに謝る。
これまでは違った。でも今はこの幼い妹を守りたい。
「ユヅキに……」
そう思ったまさにその時だった。
「近付くなよぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――!!!!!」
絶叫と共に、ゴウダイの中で何かが切れる!
ゴッッッッッッ!!!!!
突如ゴウダイが燃える!
燃やされているのではなく、発火したような印象。
「こ、これは!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
状況が分からないゴウダイ。
自身が燃えているにも関わらず、彼は熱さを感じていないようだ。逆にその炎に当てられた蜘蛛も、彼と同じように全身火に包まれるのだがこちらは苦しみ悶えている。
(なんだ!? 頭に何か流れ込んで来る……!)
そして、彼は自然に体が動いた。
「忍法!!!」
ー業火掌!!!!!ー
ゴォォォォォォッッ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「あ゛あ゛――――!!」
「あ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
炎を両手にまとい、次々蜘蛛へと触れていく。蜘蛛たちは燃え盛り、たちまち消し炭と化していった。
数匹居た蜘蛛は皆仰向けになり倒れ、かろうじて蜘蛛の形を留めている程度の状態。
すべての蜘蛛が片付いた後、ゴウダイは呆然としながらユヅキに視線を置きぼんやりと思う。
「これが……忍……術……?」
そのままふらふらと、小さな妹に近付いた彼はそっと彼女を抱きしめた。
※※※
その明くる日、ゴウダイの住家の前に人だかりが出来ていた。
すべて集落の住人のようだが、皆が期待と羨望を抱いている……そんな面差しだ。
それもその筈。
「昨日、忍術に目覚めたってんだよ!」
「すげーなゴウダイ! おいちゃん鼻が高いぜ!」
「いいなぁ……」
「村イチバンの出世頭だな!」
「将来は一揆かあ?」
「火なら、ウチのかまどお願いしようかしら?」
「ばーか、忍とのケーヤクって高ぇんだぞ!!」
皆が、思い思いに今の気持ちを吐露する。
肝心の、話題の中心にいるゴウダイはだらだらと汗をかき、皆の注目となっていることに緊張している様子だ。
(ま、まさかこんなことに……)
洗うはずだったのだろう。片手に大根を持ち、そのまま硬直している彼。
そこでずかずかと母がやってくる。
「はいはい帰った帰った! この子は今から山盛りの大根を洗うんだから、邪魔だよ邪魔! ……あ、でもみんな昨日はありがとおおおおお!!」
「へへへ! 良かったな! ユヅキちゃんも無事で良かったぜぇ!」
「もう大根なんて洗う必要ねーだろ!」
「そうそう。これからは母ちゃん楽させてやれるもんな!」
「親孝行しろよー! ユヅキちゃんも、もう変なところ行くなよー!」
「あーい!」
母の威勢に対して、にこやかに去っていく住人たち。ユヅキも笑顔で元気よく手を振って見送る。
そして母はゴウダイの方へ振り返り、感心したような疑問を抱いているような、それでいて不思議そうな、なんとも言えない表情をする。
「まさか……あんたが忍術ねぇ……昨日駆けつけた時にはほんっと驚いたよ……」
昨日の晩、ゴウダイが蜘蛛たちを蹴散らした後のこと。
母はユヅキを心配したように彼のこともやはり心配だったそうで、集落の反対側から駆けつけて来ていた。
ユヅキを抱きしめるゴウダイ。その傍らには消し炭となった蜘蛛たち。
当然母は、何が起こったのかさっぱりだったのは言うまでもない。
なお、忍術が使えることは大変喜ばしいことなのだが、母は喜びというより戸惑いの方が強いようだ。
「それに……」
「ん? 何?」
母がさらに何かを言いかけたその時、ユヅキがゴウダイに近寄って来る。
「にいたんあそぼー」
「ああ。兄ちゃんと遊ぼうか」
「……ん? あ、ああ。行っておいで!」
笑顔で対応するゴウダイ。これまでになかった表情だ。
ユヅキが彼の手を取り引っ張っていく。
(それに、昨日から妙に仲が良くなったわねぇ……あんなことがあったから? ま、いいことだけど!)
妹や弟に対する、彼の蔑むような冷たい眼差しはいつのまにか消えていた。
※※※
―さらに数日後―
「はぁぁぁぁ!!」
ボォォォ!!
ある日の夕方、集落の外れでゴウダイは修行をしていた。
もっとも、修行とは言いつつ手を燃やしたり、格闘の真似事をする程度という手探りの状態ではあるが。
彼の目的はただひとつ。
(これがあれば……忍術があれば……母さんもユヅキもユウジンもお腹の子も守れる!)
忍術が使用出来れば、何処へ行こうが引く手数多である。
生活に関することから妖怪の討伐まで、忍というだけで仕事は無限にあるのだ。
よって、自身の忍術をモノにするために毎日空いた時間を使う。
しかし、どうにもならない悩みが新たに振って沸く。
(それにしても……どうやって強くなるんだろう? なんかまだ、忍術が使えるってだけなんだよなぁ……)
所詮は独学。限界がある。
「そ、そうだ……」
しかしここで彼は、自身に悲劇をもたらしかねない、とんでもない方法を思い付く。
「強くなりたいんだから、戦えばいいんじゃないか……?」
つまりは実践であり実戦。
ぽろりと口に出てしまう。彼にとって天啓だったのかもしれない。
(この間の蜘蛛なんてすぐに燃えたし、そんなに難しいことじゃない! その割に、蜘蛛の死んだやつを雇用なんとかってところに渡したら結構お金が貰えたし……)
リスクと儲けを天秤にかける。すでに儲けに天秤が傾いているようだが。
(あんなのをやっつけただけで、あれだけお金が貰えるなら大根なんて洗ってられないよ! そうだ……妖怪だ! 妖怪をやっつければいいんだ! それで自分も強くなれる!)
大人びていても、やはり子どもであると思うような発想。
さらにこの時のゴウダイは、妖怪の討伐というものをとても簡単に考えていたことが伺える。それも仕方がない。忍となり、最初に倒したのが蜘蛛の妖怪……その中の、最も力のない子どもだったのだから……
「よし! そうと決まれば……」
集落の外れから、なんとそのまま森の方へ向かっていくゴウダイ。
その時の彼の面差しは、不安が多少見られるものの積極性のある印象。
つまり、どちらかと言うと『狩る側』と言えるだろう。つい先日までは、恐怖におののいていたはずなのに。
忍術が彼に与えた自信。
これが一時の絶望を与えるきっかけとなってしまうと同時に、自身の将来を大きく左右する出会いのきっかけにもなるとは、当然この時の彼に分かる由もなかった。




