第72話 ゴウダイの過去②
―数日後―
「……それほんと……?」
「ああ……三日前に……」
ゴウダイが住む集落。そこの大通り……とは言いがたい、舗装されていない路上でなされている噂話。
この日も畑で大根を収穫し、住家に持っていく最中であった彼が小耳に挟む。
その後自宅にて……
「母さん、最近変な噂があるんだけど……知ってる?」
「ああ。妖怪が近くで出たんだってねぇ。もうなずな町で討伐依頼はしてるし、お隣さんのお隣さんが一揆に直接話を持ってったってことだけど……」
ここでゴウダイ、ひとつの疑問が浮かぶ。
「依頼って、誰がお金払うの?」
「……それがねぇ……」
母が知り得ている情報を聞いたところ、妖怪が出た最も近くの住民数名でお金をかき集めたとのことだが、五十文にも満たないという。
「そんなの誰も引き受けてくれないよ!」
「だから一揆に直接話を付けに行ったんだろうね。でも、あんまりいい返事は貰えなかったみたいだよ?」
冷や汗が自然に流れるゴウダイ。不安が重くのしかかる。
だが母はさほど気にしていない様子だ。
「あははは! ゴウダイは心配性だねえ! 前にも妖怪が出たって話があったけど大丈夫だったし、もともとここは安全だったから今こうして集落が出来てるんだから!」
「そうだといいけど……」
性格なのだろう。どうしても不安が拭えないようだ。
そんな、彼の少し沈んだ気持ちなど知るわけもないユヅキが、母に近付いて行く。
「かあたんー、あそんでくるねー」
「はいはい。遠くに行っちゃだめだよ!」
三歳程度の幼子が、一人でどこかに行くというのも違和感だ。
だが周囲を見渡す限り、ユヅキに近い年頃の子ども同士が遊んでいるところを見ると、この集落では何ら珍しくないのだろう。
と言うより、放任の上で仕事をしなければ食べていけないという背景もあるのか。
とりあえず、悩んだところで状況は変わらないと理解したのか、ゴウダイはその後黙って自分の与えられた仕事をこなす。
そしてその日の晩。
「ふう……売り上げ百文。とりあえず数日は大丈夫かな? だけど遅くなったなぁ」
ゴウダイは単身ですずな町へ行き、野菜を売ってきたようだ。
本来はもっと早く帰ってくるはずだったようだが、妖怪の出没により集落の民はまとまって行動している模様。そのため、自身の都合で帰ることが出来なかったのだろう。
そしてまもなく自宅に着くのだが、様子がおかしい。
「ん? あれは母さん? 何やってんだこんな時間に……」
自宅の前で母がおろおろとしている印象だ。ゴウダイに気付くと駆け足で近付いてくる。
「ゴウダイ!! ……ユヅキが……ユヅキが……!!」
「……え?」
※※※
その場で母は捲くし立てた。
ユヅキがまだ帰らない。いつも一緒に遊んでいる友達に聞いても、ユヅキは帰ったと言う。
周辺を探したのだが見つからず、どうにもならずゴウダイを待ったとのこと。
「ど、どうしよう! ユ、ユヅキにもしものことがあったら……! ああああ!」
これまで一度も見たことがない母の悲壮な面差し。
普通なら、ここで子を案じる母の思いや、帰らない妹の身を不安に思うのだろう。
だが彼は違っていた。
(……何やってんだよ……また母さんの邪魔をして……)
あくまでも『迷惑』とする姿勢。だが彼は、それをおくびにも出さない。
その思考が母にバレてしまうことで、母が悲しむことを理解しているからだ。
だから彼はこのように言う。
「母さん、もう一度探しに行こう。二人で別れて探せばいいよ」
「で、でもあんた一人じゃ……」
「大丈夫。集落からは出ないようにするから。集落を出たら森なんだし、ユヅキもわざわざそんなところに行かないよ」
「そうだね。じゃああたしは向こうを探してくるよ! ゴウダイ、気を付けて」
そう言うと母は駆けて行く。ユヅキの名を呼びながら、周囲の住民の力も借りつつユヅキを探す。
一方ゴウダイは、頭をぽりぽりとかきながら少々面倒くさそうにしつつ、徒歩で母と逆方向へ向かう。
※※※
「居ないな……」
気が付けば集落の端。
規模は比較的大きくても集落は集落。その範囲は知れたものである。
そこから外へ出ると開けた場所に出て、舗装はされていないものの暫くは道路らしきものが続くが、さらに進むと獣道。それ以上進めば山中となり、とても子どもが向かうようなところではない。
(これ以上は危ないな。引き返すか……ん? あれは……?)
よって『居ない』と判断したゴウダイ。
そのまま踵を返し家路に着こうとするが、その間際に暗闇の中で何かを発見する。
「あれは……草履? 小さな草履……もしかして……」
発見したものは小さな草履。ここで彼は、ユヅキが頭に浮かぶ。
だが草履のある場所は完全に集落の外。彼はいささか恐怖を滲ませるのだが、目に見える程度の距離ならと思ったのか周囲を確認しながら慎重に近付いた。
そしてそれを手に取り……
「間違いない。ユヅキのだ」
確信。しかし、彼には恐怖心による緊張が見られるものの、それ以外の感情が見られない。普段の、妹への感情が起因しているか。
ゴウダイは素早く引き返そうと駆け足で集落へ戻ろうとするのだが、ここで思わぬ事態に遭遇する。
「にいたん……?」
「うあああああああ!?」
突然の声。緊張感を抱いていた彼には、あまりにも衝撃的な出来事だ。
だがまもなく、その声の主が分かる。
「ユ、ユヅキか? 何処にいるんだ!」
「こ、ここ…」
『ここ』では当然分からない。三歳程度であることから致し方ないが。
ゴウダイは恐々と、声のする方向へ進む。すると、巨木の根の隙間に丸まって震えているユヅキの姿があった。
「な、な……ユヅキ!? こんなところで……」
「うああああああああああああああああん!!!」
ゴウダイが何かを言う前に、ユヅキが飛び出し彼に抱きつく。よほど怖かったのだろう。
まだ幼いため詳細を語ることが出来ないユヅキだが、たどたどしい言葉を紡いでいったところ、『かくれんぼ』『夜になった』『怖かった』というキーワードを確認。
つまり、友達とかくれんぼをしている内に夕方となり、少しずつ怖くなって来たために出られずそのまま夜を迎えてしまったとのこと。
状況が把握出来たゴウダイ。瞬く間に怒りの形相となる。
「お前は……母さんの……邪魔ばかり……」
この時ばかりは怒りで恐怖を忘れていたのだろう。暗闇の中でユヅキを叱り付けようとしたゴウダイ。
だが、迫り来る何かによりそれは阻まれた。
カサカサ……
カサカサカサカサ……
「……え?」
複数の何かの足音。明らかに人間ではない。
ゴウダイとユヅキは、たちまち再度恐怖に包まれる。
「ひ……!」
本能的なものだったのだろう。二人はすぐに開けたところに飛び出す。
だがその何かは二人を追ってくる。同じく開けた場所に現れるのだが、月明かりに照らされた瞬間その正体が分かった。
「あ、あ……うわあああああああ!!」
「うああああああああん!!!!」
二人の絶叫。
それもその筈、現れた何かは人間の子どもサイズの蜘蛛。
しかも、頭は若い人間の男性という、異形の存在。
逃げる。
二人は集落に向かって逃げる。
「た、助けてぇぇぇぇぇぇ――――!」
ゴウダイは集落に向かって助けを求める。
それに気が付いた住民が外に出てくるが、蜘蛛を見るや否や二人と同じように叫ぶ。
「よ、よ、妖怪だぁぁぁぁ――――!」
「来るな! ……来るなあああー!」
「子どもが追われてるぞ!」
「助けないと!」
「どうやって!?」
たちまち騒ぎが大きくなる。
一般の人間でも力忍術である程度応戦出来るはずなのだが、この貧困に苛まされる集落でどれほどの人間にそれを習得する余裕があるのか……想像に難くない。
現に、妖怪を見た住民は皆逃げるのに必死だ。
よってゴウダイとユヅキは必然的に最後尾となるため、状況は何も変わらない。
そして、七歳と三歳で逃げられる距離など知れている。
やがて……
「はあ! はあ!」
「お、おい! ユヅキ! 早くしろ!!!!」
「はあはあはあ…」
ユヅキは限界だ。
走る速度も、もはや歩いている速度と何ら変わりはない。
そして、疲れ果てた人間に訪れる出来事は大抵決まっている。
「あう!」
「ユヅキ!!」
足がもつれ、ついに転倒してしまう。
ゴウダイは自然とその場に足を止めるが……
「くそ! だからお前は邪魔なんだよ!!!!! いつもいつもいつもいつもいつもぉぉぉぉぉ!!!!」
大粒の涙を流しながら、ユヅキに対して怒鳴り散らすように苦言を呈する。
同じく転倒したユヅキも泣いているが、そんなゴウダイを見てピタリと止む。
「ユヅキ……? な、何してるんだ早く!!!!」
どう考えても、今の状況は生命の危機である。
それは三歳児程度のユヅキであっても、本能的に察するところだろう。
だが泣かない。そして、驚くべき発言をする。
「にいたん……にげて……」
「……え?」




