第71話 ゴウダイの過去①
ーせり町 近郊ー
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夜明け前。ほぼ音を立てずに駆けるゴウダイ。ごぎょう町が近付き始めた故か。
(まもなくせり町だ。まだ一日を経過していない……悪くないな。体力も申し分ない。休みは取らずこのまま行くか……)
やがてせり町が見えてくる。だが現在は夜更け。町の中も静寂に包まれている。
すずしろ町よりも面積は小さく、七つ町の中で最も小規模の町と言えるだろう。
町並みも平屋ばかりで、大多数は家屋。ごぎょう町へ働きに出る民のベッドタウンと言ったところか。
例によって町外れには神社があるのだが、そこは夜中でも灯篭に火が灯り続けているため、幻想的な雰囲気が醸し出されている。
それらを横目で見つつ彼は思う。
(母さん、ユウジン、タイゾウ、シンサク、ユヅキ、ウキョウ、ミコト、サキ……皆も夢の中だろう。兄ちゃんは、自分に出来ることを今頑張っているぞ……全部話せば、役立たずと怒られるかもしれんがな)
名前の羅列。ゴウダイの家族だろう。
そうしている内にせり町も超え、ここからはごぎょう町を避けるために迂回する。
そしてさらに加速する。
やがて、大丈夫とは思っているものの疲労はあるのか、走りながらも少々ぼんやりしたような面差しへと変化していく。
そのためか、彼は過去を少し思い出しているようだ。
(……俺は強くあらねばならなかった。そう、最初は家族を守るため……そう思っていた……)
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―二十年前 すずな町から南の集落―
すずな町から南へ、ひと山超えた先に位置するひとつの集落。
建物の総数は四十程度と集落にしては規模が大きいのだが、どの建物も汚損や一部崩壊が確認出来るといった様相だ。
そんな、こう言っては何だがボロボロの建物の中で……
「母さん、これでいい?」
「うん、いいわね! さっすがゴウダイ!」
赤黒い髪の、七歳くらいの少年……幼き頃のゴウダイだ。
収穫したものだろうか、彼は洗った大根をザルに乗せ確認をしてもらっている。
傍らには、黒の割合が少なめのほぼ赤い髪の二十代半ばくらいの女性。『母さん』と呼ばれているあたり、彼の母親だろう。はつらつ、活発といった印象だ。
さらに一際目立つのがお腹……どうやら現在身ごもっているのだろう。
そんな彼女に、三歳くらいの小さな女の子が近付く。
「かあたんこれでいいのー?」
「あらあら、ユヅキもよく出来たわねー!」
ユヅキと言われた女の子も、ゴウダイと同じ作業をしていた様子。
だがそこは幼子、ところどころ土が残っており綺麗に洗えたとは言えない状態だ。
それでも母は褒める。
しかしゴウダイはあからさまに不満の面差しを見せる。
「何やってんだよ! 売り物なんだからきちんと洗え!」
「ひ……! ご、ごめんなさい……ひっく……ぐす……」
そしてユヅキを叱り付けるのだが、その状況を見た母が即座に血相を変える。
「ゴウダイ! ユヅキに怒るんじゃないよ!!」
「……え? ……う、うん……」
頷くものの、不満気な彼。もっともその感情は、叱られたことに対してというよりユヅキに対して抱いている印象だ。
と、ここで間髪入れず……
「ああああああ――――ん!!」
「おっとっと、お乳の時間だわ! ユウジン、ちょっと待っててぇぇぇぇ!」
身重であるにも関わらず、非常にパワフルでよく動く母。
それをゴウダイは横目で見ながら、少々不安気にしているのであった。
※※※
その日の晩。
「ほら! 今日は母ちゃん特製大根ご飯よ!!!」
「昨日も食べたけど……」
統一性のない、そしてちょくちょくヒビが見られる茶碗に盛られた、大根が混ぜてあるご飯がひとつだけ、それぞれ母、ゴウダイ、ユヅキの前に置かれている。これが今日の食事か。
「ゴウダイは厳しいねえ」
「あたしこれ好きー!」
少しだけ困ったような表情となる母。ユヅキは特に不満はなさそうだ。
なお皆、着用する衣類はつぎはぎが多く、さらに色彩や模様を無視した補修がなされているといった有様だ。住家の内部も、壁はところどころが剥がれ落ち、畳は色あせているどころかささくれや黒かびが目立つ。
柱も亀裂が入り、もし地震等の災害があればとても耐えられないだろう。
つまりは「貧困家庭」。
もっとも、ゴウダイの家庭に限らずこの集落自体その傾向があるようだ。
ここでゴウダイは、明らかに盛られているごはんの量が少ない母を見て思う。
(今日の売り上げは百文もなかったな。でも、残りが全部売れたとしても……母さん大丈夫かな……)
齢七歳程度にして、比較的思考が成熟している印象がある彼。
環境がそうさせたところがあるのかもしれない。そんなゴウダイの考えるところに気付いたのか、母がにんまりと笑顔を見せる。
「なーに考えてんの! アンタは黙って食べてればいいのよ! もうすぐ父ちゃんも帰ってくるしね!」
「う、うん。父さん、今度はどこ行ってるの?」
「なずなだったかねえ。遠い町だから、今度の稼ぎは大きいわよー?」
稼ぎが大きいと聞いて、少しホッとしたような様子のゴウダイ。
その後は特に何も言わず、目の前の大根ごはんを口にするのであった。
※※※
その日の真夜中。
「あ――――――――ん!!!」
弟、ユウジンの夜泣きだ。
身重の母が、破れの目立つ布団をもぞもぞと動かす。泣き声に反応したのだろう。
だがそれよりも、ゴウダイが先に動いていた。
「……あー……」
「よしよし……」
ユウジンはすぐに泣き止む。抱っこからあやし方まで、手馴れた感じがある彼。
「ふー……すまないねゴウダイ。さ、代わるよ」
「ううん。このまま寝てくれそうだから、お乳は大丈夫じゃないかな。もう少し寝ててよ」
「そうかい? じゃあお言葉に甘えるとしようかねぇ」
そう言うと、再び横になる母。
その後、ゴウダイは母が眠っていることを確認。抱っこをしているユウジンに、冷たい視線を送る。
(……母さんの足を引っ張るなよ……ユヅキもそうだ。邪魔ばかりして……)
彼は妹、弟に対し、あまり良い感情を抱いていないようだ。
一見はつらつに見える母。しかし、環境から考えて辛いわけがない……だからこそ母の邪魔をしたくない……そう考えているのかもしれない。
※※※
数日後、父が帰ってきたようだ。
もちろん皆喜んだのだが、どちらかと言うとその稼ぎの方に着目していたと言えるだろう。
父は飛脚の仕事をしているようだ。この度は、集落から一般人の徒歩で二十日以上掛かるなずな町へ駆けたとのこと。距離が長ければ長いほど、一度の稼ぎが増えるため期待が大きくなるのも仕方がない。
しかし、聞くところによると報酬の支払いが滞っているようで、帰ってきた時点では稼ぎがなかったのである。よって状況は変わらない。
しかも父は他の仕事があるようで、またしても当分家を空けることとなった。
「あはははは! 困ったねえ!」
「笑い事じゃないよ! どうするんだよ!」
この状況を笑い飛ばす母。しかしゴウダイからすればそれどころじゃない。
身重の母に、幼子が二人。とりあえずは収穫予定の野菜等で当面飢えは凌げるだろうが、その後の生活の保障はない。
「どーするも何もねえ? どのみちもうすぐ赤ちゃんが産まれるから、やることは変わらないよ。何とかなるさ!」
「なんでお金がないのに……子どもなんていても邪魔……」
「ゴウダイ」
ゴウダイが言わんとした台詞。母には禁忌だったのかもしれない。
基本柔らかな笑顔が多いのだが、その瞬間険しい面差しに変わる。彼がユヅキを叱り付けた時と同じ顔だ。
「あんたも子どもだからね? それ以上言うと、自分も否定することになるよ」
「お、俺は役に立つから……」
「なーに言ってんだい。あんただって、ユヅキくらいの時もあればユウジンくらいの時もあって、そりゃあ大変だったんだから」
「それなら、なおのことだろ? わざわざ大変なこと増やさなくても……」
ゴウダイがさらに不満を口にしようとしたその時、母はニカっと大きく笑顔を作る。
「あんたは賢いのにバカだねー! たくさん子どもが居たら可愛いじゃないの! 子どもってだけで財産って分かんない? それに、いっぱい子どもが居たらその内の誰かが大商人とか金山見つけるとか……いや! もしかしたら華武羅番衆になってくれるかもしれないじゃないか! そうなったら一生安泰だよ!」
「華武羅番衆って……夢見すぎだよ。今のところ誰も忍術とか使えないし……」
呆れるゴウダイ。
しかしまもなく、彼の人生を大きく変える出会いが訪れる。




