第69話 ゴウダイ駆ける
「……」
夕刻、場所はすずな町養生所。
ここに茶色の短髪に少々いかつい印象のある、ゴウダイ並に体格の良い男性がベッドに昏々と眠り続けている。
薄い掛け布団があるため身体の詳細は分からないが、顔は頬や右目が大きく腫れているため、重症であることは容易に分かるだろう。
「タイガ……」
その傍らに座るゴウダイ。
特に彼に反応することのないタイガは、意識が取り戻せていない様子。
(この状況を、側用人たちは黙っているつもりか? ……くそ!)
「隠し通せるものでもなければ、隠し通すものでもないだろう!!!」
「ひっ!」
思わず声に出してしまったゴウダイ。
すると小さな悲鳴と共に、ひっくり返ってしまう男性の姿があった。
「あ……すまない。声に出てしまった……」
「い、いえ! お構いなく!」
昼に受付で会った男性……つまり、この養生所の院長だ。
すぐに立ち上がり、咳払いをして気を取り直す。
「タイガ様の容態についてですが……」
「……」
ゴウダイは黙っている。考え事をしているのか、はたまた院長の言葉に集中しているのか。
「あまり……芳しくないと言えるでしょう。頚椎損傷、頭蓋底骨折、骨盤骨折、右大腿と左上腕の骨折、肋骨は右が三番から十番まで、左は六番から八番、それと爪……と思うのですが、その刺創が十五箇所に打撲多数。
ですが、生命に別状はないと言っていいでしょう。そこはさすが華武羅番衆の一角を担う方です」
「聞くのも億劫になるような状態だな。……ありがとう」
少しだけため息をつき、視線をタイガに置くゴウダイ。
「俺もよく考えるべきだったな。番衆の一人がこの有様なら、今の一揆が養生所に口止めをしないはずがない。……受付の女性も貴方も、ほとほと困った事だったろう。俺の悪いクセだ……」
「い、いえ! ゴウダイ様とあろうお方がそのような……!」
必死にゴウダイをフォローをする院長。
「また困らせてしまったな。気にしないでくれ」
そう言うと、彼は立ち上がり病室を後にする。
その後外へ出てゴウダイは思う。
(ごぎょうか……たしか調査報告によると、忍術と魔術を混ぜ合わせた煉術というものを使うという話だったか……しかも全員二文字。たしかに今の俺には荷が重いな……間に合わなかったのが……口惜しい……)
悔しげな面差しをするものの、決意が感じられる印象。間に合わなかったという台詞は、自身が二文字へと至らなかったことを指すのか。
(だが泣き言など言ってられん。今の俺にやれること……そうだ。少しでも民への被害を抑える! そして万全に立ち向かうためには……フウマ殿の助力が必要だ)
自身の今やるべきこと、成さねばならないことを冷静に考える。自身の誇りはや自尊心は二の次だ。
(本来なら直ちに公にすべきだ。だがフウマ殿の帰還を待たねば、側用人たちの言うとおり一揆はまともに戦うことが出来ん……悔しいがな。いち早くフウマ殿を呼び戻さなくては!)
決心がつき、少しずつ早足になる。
(アイツらには謝らなければならないな……サイゾウとムリョウの件は後回しだ。まずは民を救うことが先決だ。狙いは我々なのだろうが、巻き込まれない保障はない。いや、それどころか我々を効率よく倒すため、積極的に民を活用する可能性もある! うかうかしておれん!)
そしてゴウダイは駆け出した。
※※※
―すずな町 天津国忍一揆本拠 ミナモ自室―
「う、うーん……この書類全部かぁ……」
ミナモが自室で書類とにらめっこをする。一枚ずつ、じっくりと読んでいるようだ。
先にゴウダイから書類への姿勢を咎められたことが理由か。
「えーっと……せり町南の草原に出没した、大百足の討伐報告書と……ふむふむ。ふむふむ。ふむむむむむむむ……」
一応読み込んではいるようだが、果たして内容をきちんと理解、把握しているのかは疑問である。
ガラッ!
「ミナモ!!」
「きゃあああああああああああああああああ!!!」
なんと、いきなりゴウダイがミナモの自室の襖を開ける。彼女は当然、大声を張り上げることとなった。
「ゴ、ゴ、ゴウダイ君!? ノ、ノックくらい……あ、そんなことやったら障子紙が破れるわね……で、でもせめて声掛け……」
「すまん! だが急ぎだ!」
剣呑な表情のゴウダイ。ミナモは直ちに非常事態であることを察する。
「どうしたの?」
「まだ公にしないで欲しい。……ごぎょうが一揆の関係者を狙っている。タイガもやられた」
「え、えええええ……むぐっ」
「何度も叫ぶんじゃない。……最初のは俺が悪いが……」
また叫びそうになった彼女の口を塞ぐ。
「俺はすぐにフウマ殿を連れ戻す! お前はこのまますずな町に待機して、もし襲撃があれば民を守ってやってくれ! 狙いはおそらく番衆だとは思うが、民が狙われない保障はない。他言無用としてライトやテッペイにも秘密裏に伝えてくれ!」
「そ、それなら私が……!」
「足は俺の方が早い。それにフウマ殿が何処にいるか、お前は目星も付かないだろ。俺ならある程度分かっている! ……それに、俺よりもお前の方が実力は上だしな」
「そんな……」
自身の実力を鑑み、他の番衆に守りを任せるゴウダイ。ミナモは何とも言えない様子だ。
「で、でもその情報は何処で?」
「今思うと卑劣だったが、側用人たちの会話を立ち聞きしてな。実際タイガは養生所で意識不明、信じるしかないだろう。とりあえず生命は大丈夫だそうだが……」
「タイガをそこまで痛め付けるって、きょうだいの一人よね?」
ゴウダイは、現在自身が知り得ている情報、事情を軽く話す。
「……あの獣女めぇぇぇ! ごぎょう神社ごと潰してやりたいわ!!!」
「その意気込み、ごぎょうの連中との戦いで示してくれ。それでは行ってくる。……頼んだぞ」
「うん、分かった!」
最後に彼は頷き、一揆本拠を出てまた駆け出す。
(ごぎょう神社は、フウマ殿やその兵たちがはこべら町を拠点に定期監視している。監視のない僅かな期間を狙ったか、それともフウマ殿以外の監視の際に隙を突いたか……ま、今となっては……)
走り始めてまだ数分。すでにすずな町を出て、せり町に向かう街道を突き進む。
術を使ったトムには及ばないが、かなりの速さだ。
(ここからはこべら町まで、一般人の徒歩で二十日程度……かなりの距離だが、俺ならごぎょうを迂回したところで三日も掛からん。その間に……
いや、考え過ぎか。側用人たちの話を立ち聞きしたからと、今日明日にヤツらが攻め込んで来ると考える方が不自然だ。……だがこの胸騒ぎは何だ?)
今はただ走るだけ。そのためか、考えることが多いようだ。
(今回の件はお粗末に思える。もし番衆を狙うのなら、あえてタイガを倒したまま捨て置くか? 意図がまるで分からん……)
もし華武羅番衆を全て片付けたいのであれば、倒したタイガをあえて放置しておく必要がない。
殺害するなり拿捕するなりして、気付かれない内に他の関係者や番衆を闇討ちしていく方がよほど効率が良いと言えるだろう。だがごぎょうの者達はそれをしなかった為、ゴウダイは不自然に感じているのである。
(くそ! 何も思い付かないな……華武羅番衆が聞いて呆れる。力も無い、知恵も無い……まったく無い無い尽くしだ……)
自身が、今回の件で助力出来る範囲は非常に限られている……そう思っているのだろう。少々自虐的な笑みを浮かべるゴウダイ。
だがここで、彼はある人物が頭に描かれる。術らしい術は使えない割に、口八丁で調子の良い存在感抜群のあの男……
(リュウシロウ……お前なら、この状況を打破出来る奇策が思い付くのかもしれないな……)
どういう訳か、リュウシロウが頭に浮かんだ彼は少し沈み気味の気持ちを立て直せたようだ。
さらに加速し、はこべら町へ向かう。
なお、ごぎょう神社では……




