第67話 ミナモ
ー二十年前 せり町校外ー
「おおおおお、お、おお願いしししし、します!!! たたた、たす、たすけて!!!」
七歳くらいだろうか。赤黒い髪の少年が壁を背に慄然とする。
全身は砂、土まみれとなり、身体の至るところに擦過傷、切創が散見出来る。
そんな子どもの目前に迫るは……
「あ゛――――…………だぁめ~~~……」
中年の人間らしき顔があるものの、身体は蜘蛛そのもの。明らかに妖怪だろう。
大人の数倍はあろうかという体躯を八本の足で不気味に動かし、じりじりと少年に近付いてくる。
かろうじてではあるが会話が出来るようで、少年にとって絶望的な返答をする。
「も、もうしません!! お、お願いたたたすたすけてえええええええ!!」
「あ゛~~~~~~」
そして、蜘蛛の妖怪が人間の顔を崩すように大口を開け、少年を飲み込もうとした時だった。
ザンッ!
「あ゛?」
突然蜘蛛の、右半身の足がすべて飛ぶ。
バランスを崩し、足が無くなった方向へ自然と倒れる。
「まったく、こんなところに子どもとはのう……」
「???」
姿を現したのは……なんとフウマ。
チラリと少年を一瞥し、僅かにため息を漏らす。何かを話そうと口を開いたその時……
「あ゛、あ゛、あ゛じぃぃぃぃぃぃ――――!」
「ぬ? ……説教は後じゃの。……忍法」
―猛勢・波状環!!―
「あ゛?」
練り上げられる気に風の属性が紐付けされ、放たれる。
気で圧縮されたような真円が蜘蛛の妖怪を……
「お゛ぼお゛お゛お゛お゛お゛!!??」
なんと、粉々にしてしまう。
「…………あ」
ただただ傍観する少年。
「さてと、帰るぞい?」
「…………」
どう見てもただの老人。
しかし、その見た目に反して軽やかな動き、さらには巨大な妖怪を一撃で爆散させてしまう強力な術。
出来事と流れとしては非常に簡単なものだった。
自身の危機が訪れ、颯爽と老人が現れ、たった一撃で片を付ける……だがその光景は、一人の少年に憧れを抱かせる、そして忍の道に歩ませるには十分なものだったのである。
夜道を歩く老人と少年。
少年はいつまでも、そのとてつもなく大きく見える、本当は小さな背中を見つめ続けていた。
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―すずな町 天津国忍一揆本拠―
「……失礼する」
何処かの部屋から、襖を開け外廊下に出たのは……
「ふう……どうにもならんな」
赤黒い髪に鋭く細い眼に黒い瞳、全身は褐色と黒でまとめられた忍者服に腕章を付け、重装備感のある出で立ち……ゴウダイだ。
(戻った以降、頭領の姿が見えん……ムリョウの一件もそうだが、近頃ごぎょうの者たちの動きが活発化していると聞く。何があったのかは分からんが、そんな状況で姿をくらますとは、一揆を束ねる者として如何なものか……)
少々意気消沈しつつ、外廊下を歩き続けるゴウダイ。
するとその背後から、タタタタと元気の良い小走りの音が聞こえてくる。なお彼はその足音に気付いているようだが、特に反応はしない。何者かを知っているようだ。
「だーれ……」
「どうしたミナモ。何かあったのか?」
女性だ。両手でゴウダイの目を隠し、『だーれだ』をしようとでもしたのか。だが何かを言う前に彼に遮られてしまう。
「ちょっとゴウダイ君!! 先に言わないでよ!!」
「ああ、すまない。少し考え事をしていてな……自分の言いたい事から言ってしまったようだな」
ミナモと呼ばれた女性。
少し青みがかったセミロングにウェーブが掛かった髪形、服装はソリッドの白いクロックトップの長袖に青いデニム、そして皮のブーツという、とても兵揃いの一揆の関係者には思えない風貌だ。
年齢は18歳前後か。いわゆるアヒル口で、まん丸の眼、ソバカスが少々見られる愛嬌のある、可愛らしい面差しをしている。身長はイズミと同程度といったところだろう。
「しかし……何という格好だ。それで任務をこなせるのかお前は……」
「だいじょぶだいじょぶ! 先月ほとけのざ町に行って買い込んで来たの! でさぁゴウダイ君、明日とか……もし時間あったら……」
「明日? まだこの度の任務の報告と、前回の報告書の取りまとめと決裁が残っているから難しいな」
「え――――!? 決裁なんてハンコぺんぺん押しといたら大丈夫じゃん! てかさぁ、書類とかそんなガン見してんのゴウダイ君くらいだよ?」
見も蓋もないことを言うミナモ。
「それでこの間、お前は失敗しただろう? あの時のように、掲示板に掲載しても誰も引き受けないような依頼が来ることもある。それで困るのは民だ」
「え、えへへへへへへ! も、もう~……真面目だなぁ。まあそこがゴウダイ君の……」
少し照れくさそうにする彼女。バツの悪い失敗だったか。
そして、何か勇気の必要な発言をしようとした瞬間……
「そーそー! 一番弱ぇんだから、そんな仕事くらいちゃーんとしてもらわねーとな!」
さらにゴウダイの前に現れる人物。
金髪に糸目を思わせるほどの細目、下半身はグレー一色に足袋という忍者服を思わせる服装ではあるものの、上半身はただのTシャツという何ともラフな格好の細身の男性だ。
「ライト!! アンタ、ゴウダイ君に何言っちゃってくれてんの?」
「ほ、ほんとの事じゃねーか! それよりミナモ、今から昼飯でも……」
ライトと呼ばれた男性が、ミナモを昼食に誘おうとしたその時、
「…………」
ライトに対し、まるで掃き溜めを見るかのような彼女の視線。
いや、便所にある汚物に対してよりもさらに蔑んだような眼差し。
「ぎゃあああああ! なんつー目するんだよぉぉぉぉぉ!! 実際コイツ、番衆でも雑魚中の雑魚じゃねーか!」
「あ、ん、た、ねぇ~……」
目が据わり、拳を握り出すミナモ。鉄拳がまもなく見舞われると感じられたが、ここでゴウダイが口を開く。
「ライトの言う通りだ。俺はまだ弱い」
「ゴウダイ君……」
「ほらほら! 自分で認めてんじゃん! 情けねーの! へへ、てか『まだ』弱いって、ずーっと弱いまんまだっつー……
ズドォ!
おごべっ!」
何処かで見たことのあるようなやりとりが行われる。
ライトはミナモに顔面を殴打され、その場に沈む。
(ふむ……アイツを思い出すな。雷属性は皆このような性格なのだろうか……)
身に覚えがありすぎるゴウダイ。いろいろと思い出す。
なお侮辱されたところで特に思うことはないようだ。
「気にしちゃダメだよ! ゴウダイ君!」
すぐさまミナモが慰めの言葉を掛けるのだが……
「いや、事実だからな。華武羅番衆で一文字なのは俺だけだ。それは間違いなく俺の修行、努力不足……」
「そんなことない!!!!!!!」
ぷるぷると震えながら、さらにゴウダイをフォローする彼女。
「ふふ……ミナモ。ありがとう」
「ほぇ!? ど、ど、どういたましてぇ!!」
僅かに笑みを浮かべ、ミナモに礼を言うゴウダイ。彼女は、発した言葉がおかしくなる程度には戸惑っている様子。
「番衆では俺は年長者の方なんだがな……才能がないのか、なかなか報われないようだ。だが、もちろんこのままで終わらん。お前達と同じ領域に、必ず至って見せる……!」
「ゴウダイ君……」
そう言うとゴウダイは、再び歩みを進め外廊下を歩いていく。
そんな彼を見つめながらミナモは思う。
(才能って部分なら、ゴウダイ君ってとんでもない才能があると思うんだけどなぁ……だって、たしか一文字で番衆って初めてなんじゃなかったっけ? てか、一文字で二文字に肉薄するレベルってヤバイよ)
その後、完全にゴウダイの姿は消える。ミナモはそれでも、視線をそのまま外そうとしない。
(それに一生懸命で、努力家で、真面目で、優しくて、大人で……)
「キャ――――――――!」
勝手にあらゆることを想像し、一人で盛り上がる彼女。
(いつか、そんなに頑張れる理由を聞きたいな……私には出来ないよ……)




