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第64話 異形の化物

リュウシロウの一言に静まり返る一同。

この発言が他の誰かであれば、時を置かず軽口があったのかもしれない。


しかし皆は、彼という人物をある程度理解している。

そして何より



「あう……」



視線がめまぐるしく変わり、落ち着かない様子の大天狗を目の当たりにしたことで、さらにリュウシロウの発言の信憑性が増したのである。



「ぼちぼち、ちょっとは話せるんじゃねえか? 妖怪の回復力はやべーからな」


「ん……あ……あ」



彼の言うとおり、少しずつ話せる文字が増えてきた印象のある大天狗。素直に頷く。



「ま、話せるようになったら話してくりゃいいよ」



そう言うと今度は、イズミたちに振り向く。

そのタイミングでトムが質問を投げ掛ける。



「し、シカシ、逃げて来たとシテモ、一体どこから……」


「まーこの際、どっから逃げて来たかはどうでもいいぜ。ただ、おそらくほとけのざ町だろうな。ごぎょう町周辺じゃ腐れ神社の連中に狙われるし、ヤツらは大天狗レベルなら確実にぶっ殺す。そんなに甘い連中じゃねえ。


かと言ってせり町でも同じだ。パンピーの徒歩でごぎょうから二日程度の距離だし、結局腐れ神社の圏内だ。前にも言ったが人材確保で四苦八苦してやがるから、名声を高めるためにアンテナは高くしてるだろうよ。


じゃあすずな町周辺はどうかっつーと……じいさんが一番良く分かってんだろ」


「……じゃの。一揆の拠点じゃわい。ほとけのざ町であった妖怪との大戦以降、周囲にはかなり警戒しておるからの。大天狗ほどの妖がおれば、すぐに討伐隊が組まれるじゃろ。基本的にどの町もその隣町近くまでは警戒しておる」



リュウシロウ、さらに振り向き今度は大天狗を見据える。



「んで、ほとけのざ町から逃げて来たって前提とするなら、今言った町やその近辺はコイツらにとって危険だ。となると、安全な場所まで逃げなきゃならねえ」


「だ、たからはこべら町近辺を住処にしたのか……」


「まだコイツの口から何も聞けてねえから確証はねえけど、はこべらは温泉街で観光地の要素が強えからな。だから大した戦力は抱えてねえし、それだけにアンテナも低め。山も多くて身を隠すにはうってつけだ。


まあ結果的に情報は出回ったが、これまで討伐隊がやって来た形跡がねえどころか俺たちが初のお客様って感じだぜ。腐れ神社もさすがに十日掛けてここまでは来ねえし、選んだ場所は悪くねえよ」



「……」



ここまでリュウシロウの話を聞いて、皆ある程度納得した様子だ。大天狗に至っては、目を丸くし彼から目を離さないでいる。


やがて……



「何者だ……? 貴様は……」



大天狗はようやく言葉が出る。まだ身体は動かないようだが、戦闘後と比較するなら劇的に回復していると言えるだろう。



「お、よーやく話せるようになったな」


「我らの状況を、ことごとく言い当てる貴様は何者なのだと聞いている」



まだ掠れのある声だが、これまでと異なり落ち着いた雰囲気を醸す。会話は支障無さそうだ。



「忍でもなんでもねえただのクソ人間だよ」


「そ、そんな訳が……」


「こんな悲しいウソ付いてどーすんだよ。そんで俺は質問に答えたぜ? 今度は俺の質問に答えろ」





「西で何があった?」





おそらくこれが、今リュウシロウが最も聞きたいこと。



「……」



大天狗は少し思案しているようだ。

だがその面差しはさらに柔らかくなり、何となく諦めすら伺える雰囲気を漂わせる。



「西には、異形の化物が時折現れる……」


「?」



妖怪をして『化物』と言わしめる何かが西にいる。リュウシロウは注意深く大天狗の話に耳を傾ける。



()()が突然現れたのは十年以上前か……人間でも、お前たちが妖怪という妾たちとも違う異形の何か……」


(十年以上前……? イズミの父ちゃんが亡くなった辺りか? ……ほとけのざ町で大戦があった時期だな……)



不穏な台詞を口にする。人間でもない妖怪でもない『何か』がいる。

リュウシロウはまず、その年代の考察から入る。



「人間でも妖怪でもねえか……そんで姿は?」


「妾が見た何かは、巨大なコウモリのような羽根にトカゲのような尻尾……牛か馬か分からん不気味な顔に長いツノ……」



思い出しながら話しているのか、箇条書きのように言葉を並べていく。



「いろんな妖怪を見て来たけど、そんなのは知らないぞ?」


「聞いたことがないのう……じゃがその話……」



ここで、イズミとフウマが話に加わる。イズミは大天狗の話に対し素直な反応だが、フウマには少々猜疑心が伺える。



「ほ、本当だ!! そうでなければ……誰がわざわざこのようなところまで……!!」



瞳を潤ませ、真実であると訴える大天狗。



「分かってるっての。心当たりがあり過ぎて嫌でも信じてしまうぜ。そんで、そのイミフな敵をどうしたんだ?」


「片付けたに決まっている! ……しかし、とても勝ったとは言えんな……」



物憂げな表情。つまりは痛み分けか。



「OK。そんで、今の戦力じゃほとけのざ近辺には留まれねえってことで、こっちに逃げて来た訳だな。そりゃそーだ。また似たようなヤツが現れたらおじゃんだしな。」


「ああ。だがこのまま終わる気はない! また力を取り戻し、あの地へ帰るのだ! ……あんなヤツらに……奪われてたまるか……!」



わなわなと、そして身体を震わせ、悲痛な趣きを見せる大天狗。そこには、必ず帰るという強い意思が感じられる。



(異形の化物ねぇ……そら西()()()()()()()()()訳だぜ。まー、西から訳分かんねえヤツらがやって来るんじゃ、おちおちのんびりもしてられねえし。てかコイツら何気に東国を……)



西の妖怪が殺気立つ理由は、さらにその西からやって来る異形の化物を警戒してのこと。

ここでリュウシロウが何かに気付くが、それよりも先にイズミが自然と口にする。



「お前たちは、東国を守ってくれてたのか……」



大天狗の言葉が真実であるなら、まさにその通りだろう。もっとも、人間視点では利害関係が一致しているだけに過ぎないが。



「ふん! 貴様らを守っていたわけじゃないぞ、勘違いするな。貴様らが妖怪と呼ぶ者たちは、貴様らの祖先よりも遥か以前にこの地で生きている者が多い。今さら余所者に、この地の敷居を跨がせたくないだけだ!」



キっとイズミを睨み、自身の思いを吐露する大天狗。

するとリュウシロウは突然踵を返し、その場から立ち去ろうとする。もちろん大天狗はその行動の意味が分からない。



「……おい! な、何なのだ貴様は!」


「何なのだーって……帰るんだよ。貴重な情報ありがとよ。じゃあな」


「は……はぁ?」



先の言葉のとおりなら、リュウシロウが大天狗を見逃すことに矛盾はない。だがあまりのあっけなさに、いろいろと判断に苦しんでいるようだ。



「坊主! 本当に見逃す気か!?」


「見逃すも何も、今回ってどっちかっつーと俺たちの方が悪いんじゃね?」



やはり見逃すことに抵抗がある様子のフウマ。しかしリュウシロウからまさかの返答。

イズミはもはやよく分かっていないようだ。



「は? え? ん? ち、ちょっと待てリュウシロウ! 手を出して来たのは天狗たちの方からだぞ!」


「それは貴様ら……」



イズミの言い分に大天狗がすかさず返そうとするが、振り返り自分を見るリュウシロウが視界に入ったためか口を閉ざす。



「何言ってやがる。コイツらの縄張りに入ったのは俺たちだ。そりゃ襲いもしてくるぜ」


「縄張りに入ったからって、襲っていいって理屈にはならないだろ!」


「そりゃ俺たちの感覚だっつーの」



ここでリュウシロウ、またチラリと大天狗を見据える。



「……?」


「ほとけのざで傷付いて、遠路はるばる人気のない山中にまでやって来て、何処かに攻め込むとかもなくただ傷を癒やしてたところに、わざわざ人間が攻め込んで来たんだぜ? そりゃあらん限りの戦力で潰そうって考えるだろうよ。


つまり手を出したのは俺たち……まあ俺はなんもしてねえけど。コイツらは自分の居場所を守ろうとしただけだ。これまでで分かったと思うが、放っておいても支障はねえ。むしろ貴重な情報ありがとさん! だっての」


(なんだこの男は……? 何故我々を……妾を庇う……?)



リュウシロウの言い分に、イズミは即刻閉口。悔しそうだ。

大天狗は彼の意図が分からない。



「つーことで、もういいか? そろそろ帰ろうぜ?」


(さっきから黙りこくってるトムにも話を聞きてえしな……たぶん何か知ってるだろ)



そういえば、先ほどからトムは何も話さない。少し顔色が悪く、ここでの会話も話半分といったところだ。大天狗の『異形の者』の話があった辺りからか。


一行は大天狗を置き、その場から離れようとする……が、



「ま、待て! そこの……灰色の髪の男!」



彼女が引き止める。リュウシロウは足を止め、もう一度大天狗へ振り向く。



「リュウシロウってんだよ。ま、名乗ったところで弱いヤツの名前なんざ覚えねえだろうけど。そんで一応聞いておくけど、お前の名前は?」


「し、白丸……え、あ……その……何故だ?」



その一言に集約されている。リュウシロウは察したようだ。



「白丸か……いい名前じゃねえか」



「ふえ!?」



素っ頓狂な声を挙げる大天狗……もとい白丸。



「お前にゃ分からねえ話だけどよ、俺がクズ共にボコられた後の目と同じ目をしてたんだよ……」


「え? え? え?」


「俺の矜持だが、そういうヤツは……()()()()()()()()()


「!!!!!」



右往左往する白丸。徐々にその白い肌が赤く染まっていく。



「ああ、それと……」


「な、な、な、な、な、なんだ!?」


「お前さ、自分のこと『妾』って言ってっけど、ちょいちょい他の言葉がそれに()()()()()()よ。大勢の烏天狗の手前仕方ねえのかもしれねえが……」



すでに耳まで赤い白丸。全く白くない。



「肩肘張って生きてるのは辛ぇぜ? どっかに、心の拠り所があればいいかもな」


「…………!!!!」



そう言うと、リュウシロウはニカっと笑った後、その場を後にしたのであった。

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