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第503話 血の繋がり

・・・



暫し静寂。

スザク、ハクフ、ゲンゾウの三人は動けない。

動ける筈もないだろう。何故なら、既にリュウシロウの戦力は、この世のすべての者が理解しているのだから。


その圧倒的な力を。



「ここまで……長かったぜ……」



ため息を吐くように話すリュウシロウ。何を思うのか。

その言葉をきっかけとして、スザクがひどく恐怖心に苛まされながらも口を開く。



「や、やあ、リュウシロウじゃ……ないか。一体どうしたんだ? ほ、本殿を壊してしまうなんて……」



上ずっている。

それでもまずは襟を正して彼に接しようとする。この時点で、どのように懐柔するかを必死に考えていることがよく分かる。



「……ようやく終わった。人間も妖怪も誰一人死なねえで、悪魔を撃退することが出来た。まあそれは黒兄たちのおかげなんだけどな。結果オーライってヤツだ。虚喰いも地獄へ送って、もう東国は問題ねえ……ムリョウの呪縛も解けたし、これからは平穏な日々が待ってるって思ってる」



そんな言葉を無視して、自身の今の所感を語るリュウシロウ。

この時の彼の瞳は安心しているような、柔らかな輝きを示している。


だが、その視線をスザクたちに移した時、それはひどく怪しく輝く。



「だがよ……まだ()()()が残ってんだ。今や〇ンカスみてえな存在だけどよ、くだらねえ所でお前らは絶対に俺たちの足を引っ張る……その懸念は()()()()()ならねえ……」



懸念を『消す』。それはつまり……

いち早くその意味を察したスザク。



「な、何を言うんだリュウシロウ! もう我々は心を入れ替えた! ……さ、さあ……今度こそごぎょう神社を……この四人で切り盛りしていこうじゃないか!」


「……その、肥溜めに捨ててやりてえ見え透いた台詞……お前らしいよ。心を入れ替えた? 四人で切り盛り? お前らさ、これまで何やったか忘れてんのか?」



必死に取り繕おうとする……ものの、さらに怒りを買ってしまう。

なおこの三人の悪行はこれまでの通り。スザクに至っては、明確に殺意を持って彼を地獄に落としている。



「わ、悪かったよ! これまでのことは謝るからさ! 俺たちなりの愛情表現だったんだよ!! ……そ、そうだ! ごぎょうの宮司はお前でいいじゃん! そうだ、そうしようぜ!」


「そ、そ、そうだね! リ、リュウシロウが可愛くってさ……! あ、あたいたちはリュウシロウの手足になるから! これまで……ホントにごめんね!!」



続いて、ゲンゾウとハクフも取り繕うことに必死となる。

当たり前の如く彼には響かないのだが。



「クズが……」



リュウシロウはさらに怒り模様となり、その力を見せ付けるべく気勢を上げる。



ズ……ズズ……



地鳴り。

そして彼の身体の周囲に電撃が走る。

その圧力は、現世にあるべきものではない。地獄仕込みのリュウシロウの忍術……もはや、地獄以外で振るうべきものではないのかもしれない。



「ひ……ひぃ……!」



その場にへたり込み、情けない声を出すスザク。

ハクフとゲンゾウも後ろに下がる……のだが、すぐに建物の壁に背中が当たり右往左往する。



「……」



心底三人を見下したような視線。

何を考えたのか、その場に下りる。


なおこの気勢により一揆の者たちが駆け付けるのだが、当然手は出ない。出せない。

相手が雷神である以上、静観するしか選択肢はないのである。



「掛かってきな」


「……え?」



リュウシロウからの提案。戦うつもりなのだろうか?

だがはっきり言って相手にならない。戦いにはならない筈である。



「三人掛かりで来い。かすり傷ひとつでも付けたら許してやるよ」


「!!」



まさかの内容。救う機会を与えると言う事か。

だが、彼の態度が語っている。



「……」

「……」

「……」



怯えた表情から一変。目の前にぶら下げられた、詳細の分からないチャンスに対し我先に飛びつこうとしている……そんな印象。



「かすり傷じゃねえな……ああ、そうだ。触れたら、でいい。俺の手以外に触ることが出来たらぜーんぶチャラにしてやるよ」



さらにハードルを上げるリュウシロウ。

この瞬間スザク、ハクフ、ゲンゾウは、いつもの人を人と思わない醜悪な顔へと戻る。



―炎王拳!!―



するとスザク、迷わず攻撃を繰り出す。拳に伴わせた高火力の炎の連打。



―轟岩吼!!―


―百獣疾駆!!―



さらにゲンゾウが、横から大岩を飛ばす。ハクフは姿を変え直接攻撃。


これまで平身低頭な素振りを見せていた……しかし可能性があると分かるや否や、血を分けたきょうだいであるリュウシロウに対して直ちに攻撃する辺り、やはり何も変わっていない。

もしかすると彼は、最後にその性質を確認しておきたかったのかもしれない。さらに、これこそが本当の意味での最後のチャンスだったのかもしれない。


二文字以上、しかも悪魔の力が含まれる攻撃。当然のように周囲の建物は吹き飛んでしまう。一揆の兵たちも、巻き添えを食わぬよう既に建物付近から離れているようだ。


なお攻撃の結果は……



「ほんっと……くだらねえな……」



実際に戦うまでもなく、実力差は明白。

ゲンゾウの大岩は電撃によるものか既に粉々になっており、スザクとハクフの攻撃もそれぞれの腕、指一本で止められている。

なおスザクの連打についても、すべて指一本で対処したようだ。



「……そんな……これほどの……差が……」


「その場から動いてもないのに……」


「あ……ぐ……」



予想出来ていたこと。それでも実際、ここまで余裕で対処されてしまえば思い知らされる。その、絶望的な戦力差に。



「ほら、どうした? まだチャンスはあるぜ?」


「……うぐっ!」



そしてもう一度煽る。

怯えが見えるものの、自分を奮い立たせ気勢を上げるスザク。


その後も三人は術の使用はもちろん、直接攻撃や連携、搦め手なども駆使するがまるで通じない。


少し遠い場所から一揆の兵たちが見守るが、皆唖然としている。

ごぎょうのスザク、ハクフ、ゲンゾウと言えば東国においても能面の次に危険視されていた人物たち。そのような者たちが、しかも総出で挑んだところで触れるどころかその場から動かすことも出来ないという事態に、改めて雷神の力を思い知っているのだろう。



「は……はあ! はあ! ん……ぐ……」


「終わりかよ……あっけねえな。さて……」



息も絶え絶え。

三人は四つんばいとなり、呼吸もままならない様子。


そんな連中を見下ろすリュウシロウ。

最初に視線を置いたのは……ゲンゾウ。



「うわっ!? リ、リュウシロウ! 待ってくれ!」


「……」



そのまま何も言わず彼を持ち上げ、近くにある井戸へ放り投げる。



「うああああ!?」


「へへ……ゲンゾウ、懐かしいな。よくお前に、こうやって井戸に放り込まれたよな?」



リュウシロウはかつて、井戸に放り込まれた経験があるのは過去のとおり。そこで痛めつけられたこともあった。

井戸の間口から覗き込み、口角を吊り上げる彼。ゲンゾウはひどく怯えているようだ。



「だが俺には石をぶつけるなんて真似は出来ねえ。コイツで勘弁してくれよ」


「……え?」



パリッ……



そう言いつつ、指先に電撃を伴わせる。何をするのかが分かったのだろう、ゲンゾウの表情は真っ青になり引きつる。



「や、やめ……」


「ほら……これがお前の可愛がり方なんだろ? 今からたっぷりお返しをしてやるよ。な? ()()()()



バチィッ――――――――――――――――!!!!



「ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



井戸の中へ電撃。水に浸かるゲンゾウは溜まったものではない。

しかもリュウシロウレベルの電撃となればその苦痛も凄まじいだろう。もっとも、ゲンゾウが気を失わないよう、死なないよう、ギリギリの力で痛め付けているようだが。



「さて……」


「ひ!?」



次に視線を置いたのはハクフ。



「お前にはよく理不尽にボコられたぜ」


「い、いやいや……! 助けて!!」


「可愛がってもらった分、ちゃーんとお返ししてやらねえとなぁ? ……な? ()()()()



ズドドドドドドドドド――――――――――――――――!!!



「……!!!」



彼女の髪を鷲掴みにし、そのまま顔面を殴り続ける。

ハクフは女性なのだが容赦がない。と言うより、無表情のリュウシロウ。



「ごふっ……」


「ブッサイクな面してんなぁ。まあ……これから、顔面の状態もクソもなくなるんだからどうでもいいだろ」



顔の形が変わってしまっているハクフ。血液が滴る……のではなく、ドボドボと継続的に垂れ落ちている。

この時点で、彼の面差しはひどく恐ろしげなものへと変化している。口だけは笑い、その目は憎しみに溢れている……そういう印象だ。



「さ、()()。次はお前だ」


「う、う、うああああああ!? やめろ……やめるんだリュウシロウ! 我々は血の繋がったきょうだいなんだぞ!? それを……それを……」


「……お前は誰なんだよ?」



ハクフをその辺りに放り投げ、今度はスザクに迫る。

なお今の発言に対して、不可解な返答をするリュウシロウ。



「俺の本当のきょうだいは……心を通わせたきょうだいは……今頃地獄で酒盛りやってるぜ? じゃあお前は誰なんだよ。何処のどちら様なんだよ」


「な、何を……?」


「つまりお前らってのは、俺の邪魔をするだけのクソ以下にも劣る存在でしかないってことだ。そんなヤツらを生かしておく理由なんてないだろ?」


「だから……何を……言っているんだ!? 血の繋がったきょうだいは間違いなく我々なんだ!!」



深い深いため息を吐く彼。



「お前のおかげで、血の繋がりってのがクソくだらねえものだって分かったぜ。本当のきょうだいってのは、血なんてどうでもいいんだなって地獄で心底理解したよ」


「あ、お……」


「俺だけならまだ我慢してた。だが結局母ちゃんを手に掛け、俺の仲間にまでも手を出した……皆生きてるがそういう問題じゃねえ」



会話が続けば続く度に、リュウシロウの面差しが変化していく。



「お前は……お前たちは……きっと再び俺たちに害を成そうとする。何らかの形で……必ず! だからその芽はここで摘む……お前たちは生きてちゃいけねえんだよ」



それはとても恐ろしく、力強く……そして禍々しいもの。スザクは涙目となり、全身が震え出す。無理もない、彼のこの表情を見てしまったのだから……





「お……鬼…………」

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