第487話 終局戦㉓ 完全勝利?
トムは思う。
(最初はプレジデントと話を付けるだけ……その筈だったが、このような事態になるとは……数奇な運命だな、まったく……)
かつて彼は西国……否、プレジデントのやり方が気に入らず、西国を振り切った過去がある。イズミ、リュウシロウと出会い、対話での解決を図ろうとしたものの、その後の様々な出会いや出来事によりそれは不可能と判断。戦う意思を持った。
(でも、もしそれだけで終わっていたら、私のあらゆる事は解決してなかったんだろうな。きっと胸に穴が開いたまま、日々を過ごすことになっていたのかもしれない)
そう。トムはその後も様々な出来事に巻き込まれ、本来出会うことのなかった人物と出会う結果となっている。それは、自身の目的だけが達成した場合に起こっていないイベントなのである。
(アメリアを許せないまま……だったんだろうな。おそらく……いや、東国に来ていなかったら間違いなく私は彼女を一生許していなかった)
では何故許せるにまで至ったのか……その理由は明白だろう。
彼は印を結んでいる最中、ついチラチラと地上を見てしまう。見ざるを得ない。
(皆さんと出会えたから……もうこれは疑いの余地がないな。ありがとう……こんな馬鹿な自分の目を覚まさせるきっかけを与えてくれて……そしてアメリア……まだ私は君に借りを……大きな借りを返せていない)
まもなく、凄まじい気勢がまとまりを見せ、風が集約されるような状態となる。
(前にも言った……もう彼女に対して、言葉で償うことは不可能だ。だから……力で示す!! これまですまなかったって……この悪魔たちを倒すことを謝罪としたい……未来を……君と西国に切り開くことで……!!)
そして……世の中の風が止まる。
無風状態。木の葉であっても紙であっても、僅かにも揺れないような、ただ大気がそこに置いてあるようなイメージ。
その時、この地に居る者全ての視線はトムに集中する。
(これが終わったら……シェリー、君に会いに行くよ。いろいろと……報告したいことがあるんだ……)
「超越忍術……颯無双奥義!!!」
―無双風燼・凪―
「?」
だが何も起こらない。確実に何かが放たれた筈なのだが?
しかし、そこはさすがの高位の悪魔。アモンが真っ先に動く。
突然自身の周囲に防壁のようなものを張り、身を縮ませ怯えた面差しをするこの悪魔。
(まずい……この空気……まずい――――――――!!!!)
何かを感じ取ったか。
しかし、他の下級悪魔たちは何をすることもない。ただその場に停止する者、比較的知性がある者なのか不思議そうに周囲を眺める程度。
凄まじい突風も、猛烈な渦もある訳ではない。何も吹かない無風状態。
不発?
とてつもない気勢を発していたトム。
次第にそれは消失し、そのままゆっくりと彼は地面へ向かって落ちていく。ギリギリ速度を保っているようだが、やはり彼もゴウダイ同様ひどく疲労しているように見える。
この事から、その他大勢の悪魔が導き出した答えは『不発』だったのだろう。何も起こらない今を確認する素振りをし、再び侵攻を開始しようとする……のだが?
「う!? う、うう……何だ、何なのだこの力……は……」
アモンが多量の汗をかき、ついに震え始めた。それもその筈……
「……悪魔……たちが……」
サイゾウが悪魔たちに向かって指を差す。何がどうなっているのか分からない皆はその指の指し示す方向……つまり下級悪魔たちに視線を置く。
すると、動きを停止している悪魔がはらはらとその身体を崩す。
何かを放ったが何も起こっていない状態であるにも関わらず、異形の者たちが片っ端から灰となっていく。
それも百や千という数ではない。
文字通り、全ての悪魔が灰になる。
射程はどの程度なのだろう?
ひとつ分かっているのは……
「あ、あ……そんな……そんなことがぁぁぁぁ――――――――!!!!」
ひどく狼狽えるアモン。
それも自然な反応だろう。何故なら、視界いっぱいに居た悪魔たちは……
自身を残して全て灰となったのだから。
壮大な風を想像していた。凄まじい嵐を想像していた。
だがトムのこの一撃は何も起こしていない。風忍術であるにも関わらず無風という静かなもの。
しかし、その威力は想像を絶するものだった。
「……」
正座のままぺたんと足を崩すように、さらに深く座り込んでしまうムリョウ。またしても衝撃的な出来事が目前で起こり、彼女も付いていけないようだ。
「へへ……さっすがトムだぜ! なんだかよく分かんねえけどよ!」
「こ、これが……真の颯無双……私の紛い物とは……まるで違うではないか……」
やはり何が起こったのか分からない様子のリュウシロウ。
逆にムリョウはトム同様、颯無双を使用出来るのだが……自身の知る術とは異なっていたのか。だからこの静かなタイミングで軽く質問をする彼。
「……これ、どういう術なんだ?」
「颯無双奥義……凪。とは言え、僅かに風は吹くのだ。その際に対象の身体に気勢と属性を通過させ、内側から滅ぼすという凄まじい威力の術なのだが……まさか文字通り無風とは……」
目を白黒させて、術の解説を続けるムリョウ。
「お、おそらくオフィサートマスの場合は……風ではなく大気に気勢と属性を乗せた……そう考えるしかあるまい……どれだけ範囲があると思っているのだ……これでは回避しようがない。まさに無敵の……一撃必殺……」
見えない攻撃。しかも絶大な威力……となれば、もはや反則の域。
光景を呆然と眺めながら説明する彼女は、トムを頼りになると思う反面恐ろしいとも思っていることだろう。
そしてついに……あの夥しい悪魔たちがこの世から消え去った。
青空が見え、東国に住まう全ての人間、妖怪が本当に危機は去ったのかと戸惑いを見せている状況。きっと暫く経てばそれを理解、認識し、勝鬨を上げるのだろう。
だがまだ残っている。
「…………」
トムの一撃をその勘でかろうじて防いだアモン。
あれほど夥しい数の悪魔を全て失い茫然自失。こんなことになるとは思わなかった。数の力で圧勝する……そういう思惑が透けて見える。
「何をぼんやりしているんだ?」
「!!」
地上からイズミの一言。
これでアモンが我に返る。
「き、き、貴様……ら! よくも……よくもぉぉぉぉ!!」
「どうだ? 人間も妖怪も強いだろ? お前たちなんかに負けやしないんだ」
「ぐ、ぐ……うううう……」
額に血管を浮かせ、歯ぎしりをし始めるこの悪魔。まるで予想していなかったことから、その悔しさも大きいのだろう。まともに返答することも出来ない。
「虚喰いをリュウシロウが倒して大団円で良かったんだ。お前たちは……蛇足だよ。……忍法!!!」
「な、何を!?」
イズミ、悪魔を蛇足と言ってのけ、そのまま恐ろしいほどに強烈な気勢を上げる。
「空の彼方まで……吹き飛べぇぇぇぇぇ!!! 壮烈拳技!!」
―砕破鉄芯!!―
「!?」
いつものように、彼女の右手に巨大な手が現れる……のだが?
「な!?」
「へ?」
「ええ!?」
「なんと!?」
「むう……」
「お、おいおい……」
「なんという……」
その場に居る皆の目が見開かれる。
何せその巨大な手は……かつてムリョウが彼女に放った絶望的な光弾の、さらに十数倍はあるような巨大なものなのだから。
そして、それが音速を思わせるような速度……と思う内に、
ドッ――――――――!
「おごぉ!?」
巨大な手の、手の甲にいちばん近い関節と次の関節との間にできる四角の部分……つまり、相手を殴打する際に最も効果的となる拳の部分が命中。
速度はそのまま。この悪魔の身体がメキメキを音を立てつつ、大空に押し出されてしまう。
「うああああああああ――――――――!?」
やがて身体中から血液が噴出する。あまりの威力、圧力に身体が耐えられない。さらに、悪魔にとって致命的な出来事が起こる。
「何故だ!? か、身体が……再生が出来ん!!! 何をしたぁぁぁぁ!!」
悪魔は今もなお知らない。イズミの攻撃が、全ての属性を打ち消すことに。
「クソぉぉぉお!!!! こ、このような結末は認めん!! こんな……こんな!!」
さらに空高く舞い上がり、イズミの拳の威力で少しずつ身体が崩壊し始めるアモン。
認めないと言ったところで、今が現実なのである。
「馬鹿な……そんな……私が……我々が……」
もうどうにもならない。身体の再生も出来ず、この拳に抗うことも出来ない。
ついに腕、足も崩壊。顔面にもヒビが入り、まもなくこの世から姿を消すことになるだろう。
「……く、口惜しい……だが……」
相手をさんざん下に見た結果の敗北。あまりに惨めであると言わざるを得ない。
だがアモン……何故かここで口角を吊り上げる。
「馬鹿め……せいぜい僅かな時間……楽しんでいろ……比較に……ならん数が……クク……所詮……消え行く……運命……」
意味深な発言をする。
滅び行く刹那、人間と妖怪の顛末を思い浮かべているか。
「クク……フハハ……ハハハ……うぐ!? ぐあああああああああああああああああ!!!!!」
そして……ついに砕け散る。
この時点で襲来した悪魔は全滅。つまり東国の勝利となるのだが……?