第48話 再訪波久部良養生所
ーはこべら町 宿自室ー
イズミが、波久部良養生所でフウマにやられる半日前の出来事。
「養生所?」
細い目を丸くするイズミ。意外そうな反応をする。
「ああ。タメノスケたちと戦った場所から、もうちょい北に集落があってな。そこにでっかい養生所があるんだよ。修行なら、その辺りでやってみたらどうだ?」
フウマから修行のお誘いがあった後、リュウシロウが提案したのだろう。テツが居る波久部良養生所を修行の場に推す。
しかし、やはりといった感じか皆困惑している様子で、その理由を述べるべくトムが口火を切る。
「イヤイヤ、リュウシロウサン。養生所なんて患者サンが居ますし、修行なんて迷惑にナルでしょう? トテモ出来る環境では……」
「大丈夫だ。あそこは敷地がバカみてえに広いし、離れの建物は今使われてなくて寝泊まりも問題ない。それに敷地の外だってだだっ広いし、患者には迷惑掛からねえよ」
「い、イヤ……いくら迷惑が掛からナイとは言ってモ……」
そう。あくまで一般常識の話なのである。
病や怪我に冒され苦しむ患者が居る付近で、あえて何かをしようなどとは普通考えない。
普段は切れるリュウシロウだけに、その発言はトムだけでなくイズミやぽん吉にも疑念を与えてしまっている。
「養生所の主には俺から頼んでおく。さ、行くぞ」
「あ、ダカラちょっと……リュウシロウサン!」
一方的に決定し、立ち上がるリュウシロウ。皆が動かない状況であるにも関わらず、一人荷物を纏めている。
そんな彼を見て、少し呆れた様子でイズミが口を開く。
「ほんとにお前は、自分のことはなかなか話さないな。人のことは根掘り葉掘り聞こうとするクセに……」
「……」
これまで彼が語った自身の過去は、きょうだいを主軸に置いたものでしかなく、決して己を主人公としていない。
意識した上で話さないのか、はたまた無意識に自身を脇役としているのかは分からないが。
リュウシロウは反応しない。ただ黙って支度を続ける。いささか雰囲気が悪くなってきた様子……なのだが、
「なーにを焦っておる?」
「!」
フウマからの一言。リュウシロウの動きがピタリと止まる。
「まだお主と会って少々じゃが、こんな短絡的な行動を起こすようなタマではなさそうに見えるがのう」
「買い被り過ぎだぜ」
ここでフウマがニヤリとする。
「身内かの? たしかに、大切な者ならあそこにおればまず大丈夫じゃろう」
「!!!」
ギギギと音を立てているような感じで、少しずつフウマの方向に首を向けるリュウシロウ。
しかし、即座に目を逸らしてしまう。
「ほっほっ、図星か」
「な、何だっていいだろ! ほら! 行くのか行かねえのか!」
彼はあからさまに焦りを見せる。少し気恥ずかしさもあるようだ。
「ほっほっほ。お主は本当に毛並みが違うのう。ここ数年ごぎょうの阿呆共を見ておったが、あ奴らは考え方は画一的だわ身内ですら道具でしかないわ……その点お主は良く頭は回るわ人間味はあるわで対照的じゃの。神社を出た者の方がまともじゃわい。目の前の仲間のおかげでもあるかの?」
「あ、う、え……」
褒められているのだが、やはり慣れないリュウシロウは戸惑いを隠せない。
そして、このやりとりを見ているイズミとトムも気になったのか、そちらの方に目を配ると……
「リュウシロウの身内だと!? ……なるほど。お前の命を狙う連中の一人か……面白い、相手になってや……」
「イズミサンイズミサン、もう少し話の流れヲ読んでクダサイ。どう考えテモきょうだいの話ジャないデショ」
パキパキと指を鳴らす、勘違いも甚だしいイズミ。そして少々呆れた感じでそんな彼女を見つめつつ、駄目出しをするトム。
そのため、少しばかり悪くなった空気も改善され、リュウシロウの面差しもそれに伴い少し柔らかくなる。
「あー、なんだ。その、悪かったよ……何も言わねえで」
「まったくだ。もっといろいろ話してくれていたら、お前がそんなに焦るような結果になってなかったんじゃないか?」
「違う違う。考えた末の行動で、それが失敗だったってだけの話……うお!?」
突如イズミが、その美しい顔をリュウシロウに近づける。
「ボクは……そんなに頼りないのか?」
「い、いや、そうじゃねえよ!」
「最近負け続けているからか? もしそうだとしたら……すまない」
さらにズイっと近付くイズミ。
「そうじゃねえって!! ドチャクソ頼りにしてるっての! ほ、ほら、その証拠に全部話すからよ! とりあえずあ、あ、あんま近付……」
「強くなるから。絶対……」
「おっほっふ! よ、よろしくた、た、頼むぜ!」
イズミから目を反らし、ジリジリと離れようとするリュウシロウ。つまり敗北。
「オー! イズミサンの勝利デース。ぜーんぶ話してモライますよ? リュウシロウサン!」
「わ、分かってら!! と、とりあえず先に向かいたいからさ、話しながら行こうぜ」
リュウシロウは観念したのか、自身の母親と先の戦いで気付いたことについて、目的地に進みつつ説明をする決意をした様子だ。
☆☆☆
~道中~
「そういうことだったのか……それにしても、そこにお前の母が居るとは驚きだ」
「タシカに今の話ヲ聞く限り、マザーさんときょうだいタチは会わせない方がイイですね」
「そうじゃのう。母を人質に取られてしまえば、お前さんは否応なしにごぎょうへ行く羽目になってしまう」
「ぽんぽん……」
ある程度語ったのか、すべてを語ったのか、とりあえず納得した様子の一行。
リュウシロウは浮かない顔だ。あまり話したくなかったのか。それに気付いたのか、ぽん吉が彼の肩に乗り頬ずりをする。
「ありがとよぽん吉。ま、養生所で修行とか謎過ぎるもんな。話さなきゃ意味不明過ぎるか……お、着いたぜ」
はこべら町から一時間程度。三十程度の家屋に、非常に目立つ屋敷…つまり波久部良養生所が屹立する集落だ。
人の出はぽつぽつ。いわゆる『閑静な住宅街』の、もっと縮小版と言えば分かりやすいか
「風が気持ちいいな! 見晴らしも最高だ! いいところじゃないかリュウシロウ!」
「だろ? 何せ俺が選んだんだからな。療養には持ってこいだぜ」
「たしかにソーナンデスけど……あのオ屋敷デスヨネ? かなり目立つと思うんデスけど……」
素直に景観が気に入ったイズミに対して、違和感を抱いた様子のトム。
「言いたいことは分かるぜ? 『なんでこんな目立つところに母ちゃん置いとくんだ。見つかるだろボケ』じゃね?」
「ボケまで言いマセンよ!?」
「理由はすぐ分かる。もうちょい待ってな」
「??」
いくら主要都市である七つ町から、徒歩一時間離れた場所であったとしても、所詮は一時間程度の上に波久部良養生所自体が非常に目立つのは明白である。
よって、普通に考えればリュウシロウの母である、身動きの取れないシオリなど容易に見つかるはずなのだが……?
「こんちゃー」
「あらら? リュウシロウさんじゃないですか。今度はずいぶんお早いんですね」
養生所に到着するや否や引き戸を開け、受付で事務をする看護婦に声を掛けるリュウシロウ。つい先日にやって来ていることから、彼女も疑問のようだ。
「すまねえな。急用が出来ちまってよ。先生居……」
「どうしたんだい? リュウシロウ君。舌の根も乾かない内に」
リュウシロウが言葉を言い切る前に、テツがそれを遮る形で驚いた様相を示す。
「おっと先生、居たのか」
「チッチッチ。『どくたぁ』って言ってって前にも………………………………え?」
テツの目が泳ぐ。そして、泳ぎ切った後に視線を置いた先は……
「久しぶりじゃのう、テツ」
「フウマさん!?!?!? ど、ど、どうして!? それに、なんでフウマさんとリュウシロウ君が!?」
「ドクター、ちょいと上がらせてもらっていいかい? 説明が長くなるからよ。あ、トーゼン患者を全員診てからにしてくれよ?」
「フーム、ちょっとダケ話が繋がってキマシタよ」
「ん? え? あれ? 誰?」
「ぽぽん」
すでにテツを知っているかのようなフウマ。
それに驚愕するテツ。
そんなことはお構いなしに、テツからの返事がある前に上がろうとするリュウシロウ。
その有様を見て、何か感づくことがある様子のトム。
何も分かってないイズミ。そんな彼女を引っ張ろうとするぽん吉。
その絵面を見て看護師は思う。
(なんかまとまりのない人たちねぇ……)




