第426話 ルークVSアスモデウス
「うう……! ぐぬぬぬぬ……!!」
もう攻撃手段がないのか、肉から覗かせるプレジデントの面差しは悔しげである。
つい先ほどまで自身に手も足も出なかった男が、どういう訳か悪魔の力を圧倒的に上回る力を身に付けて再び戻って来たという状況を未だ整理出来ていない。
いや、正しく言うのであれば『認めたくない』。これに尽きる。
「……もう出し切ったみてーだな。見せてやるぜ……俺の超絶パワーをよ!!」
その言葉を放った即座に、虹色の気勢を放ち自身を輝かせるルーク。
「おおおお……うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「う……う……」
さらにさらに……その輝きは増していく。
あまりの眩さに、思わずプレジデントはその顔を巨大な手で覆う。その輝きを目の当たりにするだけで、自身に備わる悪魔の何かが削がれてしまうような雰囲気。
だが一方で、仲間たちには異なる作用が働くようだ。
「……? あれ……? なんか……力が……」
「あの気勢に触れると……なんだか元気になってくるような……」
自身の身体を見回しながら、イズミとミナモが所感を述べる。
何せ生命の危機にあった白丸をみるみる回復させる力があるのだ。まだ生存している皆には、最高の気付薬となるだろう。
「ルーク……」
アメリアが感慨深くなっているようだ。
西国での彼を思い出す。
(アンナ=メリアに居た頃は、いつも調子のいいことばかりを言って……ほとんど結果を出していなかった……)
(任務はいつも失敗……それでもへらへらと笑って『気が乗らなかった』なんて言い訳ばかり……)
(その割に、誰かの命が掛かった任務だけは必ず成功していた……だから貴方の扱いは本当に困っていたのです)
(ですが、それは本当に逼迫した時であり、貴方はそういう場面で無ければ力を発揮出来なかったのですね……今では分かります)
では今回の力の源は?
彼女はチラリと白丸を見る。
(今の貴方の力は……白丸様が根底にあるのですね。今なら、それも分かります……愛する者が傍に居れば……いくらでも力が沸いて来るのですから……)
ここで俯くアメリア。少し浮かない面差しをしているように見える。
なお白丸への目線は……羨望。
「……いい……なぁ……」
最後にボソリと一言。心の底から出た本音のような印象。
その後彼女は、とある方向に視線を置く。その方角は……空弧がムリョウを連れて逃げた向き。だがアメリアの場合、この状況で空弧やムリョウを意識しているとは考えにくい。その方角にはもう一人……
「!!」
ふと空気が変わる。
最初に気付いたのは、空気を変えた何かに最も近い場所に居るルーク。
「ん? ……テメー……」
「……あ、あわわわ!! まだ大丈夫だ!! 儂一人で……」
何故か慌てるプレジデント。訝しむルーク。
―なんというザマだ、プレジデント―
「だ、大丈夫だと言っているだろう!! この連中は儂が……」
―ふん……貴様に任せていては、同胞たちが海を越えるまでに間に合わん。引っ込んでいろ―
プレジデントの中から響いてくるような声。
まるで自身と会話をしているように見えるのだが、皆はこの声に聞き覚えがある。
「ア、アスモデウス!!」
―久しいな……あの時の屈辱、忘れてはおらんぞ―
なんと、声の正体はアスモデウス。剣呑な面差しでイズミがその名を呼ぶ。
やがてプレジデント……否、アスモデウスの身体がさらに隆起し、最も上部に顔が現れる。巨大化しているものの、あの時の面影を残していることから本人であることが分かる。
さらに上部をもうひとつの上半身とし、身体に身体が乗っているような異様な姿と変貌する。
「まさかプレジデントをここまで追い詰めるとはな……ん?」
「……」
頭が生え、話せるようになったのだろう。響く声は消え、自身の口で話すアスモデウス。ルークを一瞥し、何かを思い出したようだ。
「たしか貴様は……フフ……私に手も足も出なかった未熟者か」
口角が釣り上がる。
対峙する相手が、かつて一方的に叩きのめした相手だと分かるや否や、心底見下したような面差しをする。
「ふー……」
ここで呆れ果てるルーク。
「どいつもコイツも……心底俺のこと舐め腐ってんだな」
腰に手を当て、気だるそうな彼。
しかし、ルークの内面を探ればその力は把握出来そうだが?
「貴様など取るに足りん……それに、そもそも今の私に勝てる者など存在しない。プレジデントと同じにしてもらっては困るのだ。能面に近い、のではない……私が出れば、それはもう能面を超えているのだ」
悪魔が今日? 明日? 近い将来に夥しい数がやって来る。その前に全てを片して、その力を啜りたいという気持ちが強いか。会話はほどほどに全身から瘴気を上げるこの悪魔。
「さあ、終わらせてもらうぞ!!」
そう言うと、今や四本となって大腕それぞれに漆黒の気を纏わせる。
その威力は、たしかにアスモデウスの言うとおりプレジデントの比ではない。先ほどまでムリョウに近い威力であったことを考えると、それ以上であるという言葉は嘘ではないようだ。
しかし……
「だってよ、白丸ちゃん。どうする?」
「ふふ。わた……じゃなかった、妾は……そうだな……」
皆が居る手前、毅然とした態度を取りたいと考えている様子の白丸。
「見たい」
にこやかに、晴れやかに、ルークへ希望を口にする。
「ルークが……一番強いところを見たいぞ!」
同じく彼もニヤリ。
「何処を見ている!! 貴様など前座に過ぎん!! 消え失せろ!!」
ボゴッ
「ん?」
四本腕を振り上げたアスモデウスの、そのどてっ腹に風穴が空く。
「……………………は?」
ゆっくりと、自身の空いた腹を見て……何をされたのかが分からない様子。
「言っちゃ悪ぃけど、今の俺からすりゃプレジデントもテメーも大差ねーよ」
さらに……さらにさらに輝くルーク。
「……??? ま、待て!! 何だ貴様は!!」
「もう十分待ったっつーの。いつまで同じやりとり繰り返すんだよボケ」
反応がプレジデントと大差がないアスモデウス。
融合し、人間の影響も出てしまっているのか。もしそうだとするならあまりに杜撰である。
「へへ、白丸ちゃん、しっかり見ててくれよ……」
そんな悪魔など目も暮れず、白丸にウインクをするルーク。
そして……
「おっらぁぁぁ――――――――――――――――!!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!
「ほべっ!? ぶべ!? ほば!? がべ!? ぶびゃ!?」
虹色の気勢を纏った連打。
あっという間に……無数の拳の痕が付き、その場にうなだれるアスモデウス。
「う、ぐぐ……な、なんと……いう……だが!!」
だが、ここでプレジデントと反応が異なる。
ダメージは大きいようだが、真っ直ぐに立ち上がり不思議な気勢を発する。
「多少は出来るようになったようだが……フフ、忘れたか? 我々には再生能力があるということを……!!」
そうである。
それをスザクは十全に使い、かつてイズミたちを苦しめたという過去がある。
ただ、以前配下を引き連れて来たアスモデウスたちと戦った際は、そのような現象は見られなかった。つまり、本体があってこそなのだろう。
スザクの場合、本体でなくてもその資質を上手く引き出したか。だとすると、彼の研究はとてつもない水準であることが伺える。
やがてこの悪魔の身体が、黒く輝き出す。
すると風穴の空いた腹、さらには拳の痕まで、その全ての負傷が……
「……??」
消えない。
気勢を発しているようだが、負傷は消えることなく……と言うより、少しずつ崩壊していることが分かる。
「……な、何故……だ? 何故再生せん!!!」
少し考える素振りを見せた後、自身の身体を再確認する。
そこで初めて分かる。虹色の輝きが纏わりつき、黒い気勢を散らしているのである。
ゆっくりと、恐る恐るルークに視線を置くアスモデウス。その視線に気付いた彼が拳を突き出す。
「面白ぇ効果があるんだな。再生しようが、タコ殴りでぶっ殺すつもりだったけどよ……その必要もねぇな」
「……何……なのだ? ……その……力は……」
満を持してプレジデントと交替したアスモデウス。
だが既に、その悪魔らしい悪魔の面差しは歪み、その瞳は目の前の男の得体の知れなさを表す。
今や双方……ルークの足元にも及ばない。




