第400話 イズミVSムリョウ
自分なりに話せることは話した、若しくはこれ以上話すことに苦痛を感じたか。
ムリョウは気勢を上げ戦闘態勢。
それを迎え撃つは……
「……結局、お前と戦うことは避けられないんだな、ムリョウ」
イズミ。
周囲には皆が集まっている。相手がムリョウであることから、力を付けた仲間たちと共に戦えば勝利の道筋は十分にあると思われるのだが……
「みんなは下がっててくれ。ボクが……戦る!!」
一人で戦おうとする。
もちろん皆は納得しているような面差しではない。
「な、何言ってんだよイズミちゃん! 相手はムリョウだぜ?」
「そうよ! 私だって……」
「そうです! 私も力及ばずながら……」
「もう……みんなが戦えないのは分かってるよ」
真っ先にルーク、ミナモ、アメリアが口を出すが、軽く振り向き皆が戦えないことを見抜く。だが、この中でゴウダイは三文字に目覚め、負傷なくフカシギを倒している筈だが?
「そうだな。最早この中ではイズミ、貴様だけしか私と戦えるものは居ない」
ムリョウも彼女の言葉を肯定する。トムとゴウダイに視線を置き、さらに言葉を続ける。
「……オフィサートマス、ゴウダイ。貴様たちが万全なら……私に勝てたかもしれないな」
「……」
「……」
この言葉に押し黙ってしまう二人。
たしかにトムは、ナユタとの戦いで大きな負傷を追っている。その後アメリアに治療をされたようで傷自体は見られないが、体力までは回復していないのだろう。
だがゴウダイはそもそも負傷をしていない。
「特にゴウダイ……鳳凰命、か。かくも恐ろしい忍術を習得したものだ。……貴様が私の域にまで達するとはもはや驚嘆のみだな。だが、そのナリではもう戦えまい」
「ゴウダイ……君?」
見た目には変わらない。何かを察したミナモが彼に視線を置く。
「……一応は……見抜かれんよう振る舞っていたつもりなのだがな。たしかにお前の言うとおり、今の俺には戦う力がない」
あれほどの力を見せ付けて今は戦う力がない……? もしや彼自身が言葉にした『それなりの制約』とはこのことか。
「ゴウダイ君……私の……所為で……」
「違う。お前のおかげなんだ。……だが、戦えるのに丸一日を要するには変わりない。今は……足を引っ張るだけか……」
青ざめるミナモの頭を撫でながら優しく言うゴウダイ。しかし、二十四時間の戦闘不能の制約があるのでは、この場では役に立たない。
なおミナモに関しても決して万全とは言えない。どうやらあの術は、蘇生をするだけで背一杯のようだ。もっとも、蘇生だけでも考えられない術だと言えるのだが。
なおサイゾウ、白丸、ルークは満身創痍。アメリアも、大技の連発による消耗が著しい。負傷を治癒したところで、戦えるかどうかは別問題なのである。
だがイズミに関しては、サイゾウの判断により万全である。彼女はおそらく、皆の状態を把握していたのだろう。
「ありがとう、サイゾウ。お前の判断でボクは万全でムリョウと戦えるよ」
「ううん……ごめんねイズミちゃん。一番の大役を押し付けちゃって……」
「これでいいんだ。ムリョウは……こいつだけはボクが殴って分からせてやらないと」
現状を踏まえると、サイゾウの判断は正しかったと言えるだろう。イズミを温存したことで、ムリョウに対して全力で振るえる拳がここに残されているからだ。
「お前の相手はボクだ」
「……」
手招きをし、自身だけを標的にしようとするイズミ。
「……そういや、最初にお前に会った時は震えて動けなかったな。懐かしいと思うところなんだけど、昨日のことのように思えるよ」
「そうだな……あれからまだ一年も経過していないのだ。仕方がない。貴様は……いや、貴様たちは想像を絶する速度で実力を身に付けた。本当に、才能溢れる者たち……ばかりなのだな……」
まだ迷うか。その言葉には憂いが感じられるムリョウ。
しかし迷ったところで結末は同じ、だからこそ自身が下した決断を遂行する……そんな気概があるように思える。
そして両者、気勢を大きく上げる。
「……見せてやる。父上や母上、みんなと一緒に身に付けたこの力……超越忍術、天手力を……!」
「ならば私も見せてやろう。……どう足掻こうが穿てぬ三千年の時の重さを!!」
双方同時に印を結び気勢をさらにさらに上げる。
「はぁぁぁぁ!!!!」
イズミは突進し、すぐさまムリョウの懐へ。
彼女の後方が大きく抉れてしまうほどの踏み込み、瞬く間に近付きその拳を振り上げる。
だが相手は、かつてその姿を見るだけで身動きを取ることが出来なくなったあの能面、般若である。そう容易く事は運ばない。
「貴様がこういう戦いをすることなど、とうに把握している。一体、どれほどの私が貴様を見てきたのか分からぬ訳でもあるまい。忍法……」
―源氷蒼天―
壮大な氷の壁がイズミの攻撃を阻む……筈が?
ビキィ――――!!
「!?」
なんと、それをもろともせず貫通し、そのままムリョウ目掛けて拳が突き進む。
―流天・牆風車―
すかさず、今度は渦を巻く風の壁を作り出す。イズミの拳の進行方向に設置し、その中心で捉えようとする。
ドッ――――!!
「……何……だと?」
しかし、その極厚の風の壁は霧散。その所為か、一時的に周囲に強い風が吹き荒れる。
―黒木―
さらに術。漆黒の木が真下から生え、イズミの拳とムリョウの身体の隙間を通り隔たる。
しかし……
ベキベキッ……ベキィ――――――――!!!
たちまちその幹は折れる。何をしても彼女の拳を止めることが出来ない!
そしてついに。
ズドォォォォ――――――――!!!
「ぐ……あああああああ!?」
なんと、ファーストヒットはイズミ。
みぞおちに抉りこむような直突き。それは直ちに対処されるかと思いきや、ムリョウのあらゆる防御術をその膂力で粉砕し、力づくでその身体に届かせるという文字通りの力技。
(馬鹿な……何故届く!? ゴウダイやオフィサートマスならともかく……今さら、気勢だけの力忍術など取るに足らん筈だ!!)
たしかに違和感が残る。
イズミが三文字となった以降、他の者も続々とその境地に至ったのはこれまでの流れのとおり。彼女には実力があると言えるものの、どちらが上か下かは置いておいてどのみちそれほど大きな差があるとは言えない。
だがあっさりとムリョウに一撃を喰らわせる。この状況に、この能面自身が面食らう。
「くっ!」
だが、攻められているのが事実。苦しむ間もなく距離を取り再び印。
「……あの印は……? ……まずい、皆離れろ!!」
ゴウダイの一言で、その場に居る者たちが全員距離を取る。
彼が気付くということはつまり……
―赤円乱百花!!―
無数の爆発がイズミを襲う。超越忍術、儚紅蓮の一撃。だがその威力は、他の能面よりもさらに上だ。視界に入る景色がすべて爆発に包まれる。
その後、多量の煙が周囲を覆う。だがムリョウは観察を怠らない。イズミに対して、何か疑念を抱き始めているようだ。
そしてその懸念は、煙が晴れたと同時に確信に変わる。
「ひゅっ……」
「!?」
ズッドォォォォ――――――――!!!!
「―――――――ッ!!!」
今度は左脇腹にイズミの拳が突き刺さる。
その面差しは能面により遮られているが、苦悶の顔であることは明白。
ゴキッ――――!!
腰を落としたムリョウに対して、さらに返す刀で斜め上から顔面に打ち下ろし。
たたらを踏むムリョウ。この世における最強とまで呼ばれた相手に対し、どういう訳か圧倒するイズミ。
「……ぐ……」
まだ膝は付かない。かろうじて踏ん張り直立し、彼女を見据える。
「ムリョウ。ボクが勝てば……もちろん考え直してくれるんだよな?」
「もう勝ったつもりか? 図に乗るな。……だが、どうやら私が思う以上に一筋縄ではいかぬようだな……」
その能面の下から血液が滴る。吐血か、あるいは顔面を負傷したか。
当然ムリョウがこのままで終わる訳がない。そして、何故イズミがこれほど圧倒出来るのか……




