第40話 新たな刺客
~はこべら町 宿自室~
リュウシロウが外出して一時間程度。
宿に戻ったイズミは、彼の残した書置きを見てぷるぷると震えている。
「あんのバカ――――! よりにもよって、今一人で出掛けるなんてぇぇぇー!」
「ぽ、ぽん……!」
伝説の鬼もびっくり、彼女は恐ろしやな形相で怒り心頭だ。
ぽん吉も、その形相の所為かトムを挟んで彼女に対応する。
「トム!! 起きろ!! 寝ている場合じゃないぞ!!」
「ほげ?」
怒鳴り散らしトムを起こすも、彼の寝起きはなかなかのひどさのようだ。
「ドゥーしたんですかイズミサン……朝から穏やかジャないデスネー」
「当たり前だ! リュウシロウに危機が迫ってる!! なずな町で会った連中と似ている……気がする!!!」
「ナンですと……!? ちょっと待ってクダサイ」
焦るイズミを制止し、飛び起きたトムは部屋の窓を開けつつ印を結び始める。
イズミは何か勘付いたようで、少し表情が明るくなる。
「そ、そうか! 風忍術で……」
「任せてくだサーイ。我輩の風忍術であれば、リュウシロウサンの位置を把握するなどティー(お茶)の子さいさいデスヨ……ニンポー!」
ー翼賛・風便!!ー
すると風が部屋の中で巻き起こり、そのまま窓の外へ向かうような動きをする。
「……」
「まだか?」
「イズミサンは気が早すぎマス。全方位、円を描くヨウニ風を吹かせてイマスので、もう少し時間がカカリます」
分かっていても焦る。
その後数分経過するも、トムは全く動きもせず印を結んだ状態で目を瞑り続ける。
「う~……」
「気が散りマス」
「はい…………くすん」
半泣きのイズミ。
「……」
「……」
彼女は黙っているものの、顔が膨れたりしょぼくれたり、いきなりさめざめと泣き出したりと忙しい。
さすがにそろそろ痺れを切らすかと思われたその時、
「む!!」
「見つけたか!」
「コノ理屈っぽい臭い……リュウシロウサンで間違いアリマセンね。北に……山道がアルみたいデス。ココから一時間程度の場所。……ふむ、コチラに向いて歩いてイマス。危うく射程外デシタよ」
「理屈っぽい臭いって何だ……? まあ分かるんだけど……と、とりあえず向かおう!!」
気が気ではないイズミを見て、トムは少し微笑みながら鼻を鳴らす。
「フフン、大丈夫ですよイズミサン。ソノ周囲はリュウシロウサンしか反応がアリマセン。つまり追っ手は居ナイと言うコトです。しかし……」
「……そ、そうなのか!? まあトムが言うんなら……」
とりあえず彼女は安堵したようだが、トムはイズミを見ながら不可解な面差しで質問する。
「ナゼ相手の正体が分かるんデスか?」
「えっと……何だろうな。忍術使いって訳じゃないんだけど、妙な感じがあるって言うか変な力を感じるって言うか……よく分かんないや」
「……オー……インスピレーション……」
あくまで感覚。
(『魔術だから』なんでしょうね。私の風忍術で察知出来ない者たちを識別するとは……人外レベルの感覚の持ち主です……これまで人と接していなかったからか、それとも属性を持たないだけに属性に敏感なのか……)
他の者ならつい呆れてしまいそうではあるが、彼は真摯に受け止めているようだ。
イズミはこれまで外界との接触がなく、サイゾウは例外として父以外の人間とほとんど接したことがない。そのため人間に慣れておらず、人間に対する感受性が強いのかもしれないという可能性。
若しくは、イズミ自身が属性を持たないために、属性に対して過敏に反応するという可能性……トムはそのどちらもあり得ると考えているようだが、当の本人がよく分かっていないので今後も判明はしなさそうである。あくまで感覚なのだ。
「何でもいいよ。早くリュウシロウと合流しよう」
「わ、分かりマシタ。イズミサンはホントにミステリーガールですネー」
※※※
~北山道~
「……」
あの様子の母と会ったためか、いろいろと思い出してしまったのだろう。
怒りを滲ませるも悲痛な面差しを見せ、拳を握り締めている。
(あのクズ共の所為で……いや、俺が弱いからか。でもよ、どちらにせよ許せねえ。……クソが!! 俺に……あいつらをぶっ殺せる力があれば……)
少しずつ離れていく集落。穏やかではない心境のまま帰路に着く。
歩きながら少し呼吸を整える。気持ちを切り替えようとしているようだ。
(あー、ダメだダメだ。こんな顔でイズミたちに会ってみろ……何言われるか分かったもんじゃねえ。平常心、平常心……)
そう考えると、途端にアホ面になるリュウシロウ。力の無い彼が心の平静を保つ、苦肉の策なのかもしれない。
そのまま彼が歩いていると……
「リュウシロウサン!」
「ん? おー、トム……とイズミじゃねえか。よく俺の居場所が分かったな。風忍術か?」
イズミとトムが宿を出て数分。すぐにリュウシロウの下へ辿り着いたようだ。トムの風忍術によるものだろう。
「黙って出てイカナイで下さいヨ。心配したじゃナイですか」
「心配? 何でだよ」
「イズミサンがなずなタウンで会った連中が来てイルって……アレ? イズミサン?」
リュウシロウを視界に入れたその瞬間、胸倉を掴むくらいはするのでは? と思っていたトムであったが、特に反応なく沈黙しているイズミに疑問を抱く。
「……」
「ドウシタんですか……?」
周囲を見渡しつつ、鋭利な刃物のように感覚を研ぎ澄ますイズミ。
「風忍術も……万能じゃないんだな……」
「??」
トムは、彼女の言っていることが分からない様子。
「居るぞ」
「エ……」
「はっはー! よくぞ見破りましたな!」
ボゴッ! ボゴボゴ……ドンッ!
その瞬間、周囲のあらゆる箇所の地面が割れ始め、どこからともなく現れた声が響き渡る。
「じ、地面の下!?」
「リュウシロウサン危ない!」
「うお!? ちょ……なんじゃこりゃあああ!!!」
突然の出来事に、三人は戸惑いを隠せない。よもやこれまでずっと地面に隠れていたのか。
気が付けば、周囲には多数の僧のような姿をした者が現れていた。
もっとも、その内の一人は……
「ん~ボンジュール♪ お初にお目に掛かります」
燕尾服に片眼鏡、白手袋をした口ひげをたくわえる初老の東国人男性……明らかに場にそぐわない。
「エット……ドウシテあなたダケ……テールコート(燕尾服)なのデショウカ……?」
「シット!! 執事だからに決まっているでしょう。これだから白豚は困ります」
そして言葉もいろいろとおかしい。
早速ふざけた雰囲気を醸し出し始めているが、リュウシロウはその執事っぽい男に驚愕の視線を送る。
「お……おま、おま、お前は!!」
「これはこれは……ごぎょう神社きっての落ちこぼれ、リュウシロウ君では……あ~りませんか♪」
リュウシロウはこの者を知っているようだ。
「俺が、腐れ神社に見切りを付け始めた頃から出入りしていたヤツだったよな……」
「見切る? 見限られたのでしょう? 自分の無能を棚に上げて、無礼なことをおっしゃられる……」
ごぎょう神社の関係者……となれば、おおよそその関わりは予想が付くだろう。
「あの頃より私はスザク様に見初められ、執事として雇われたのですよ。貴方のようなクズとは違うのです」
「ふ~ん……俺の捕獲をクソカス様から仰せ賜った訳か。もうどっぷり西国に浸かってんじゃねえかよ。……まあ西国かぶれの方が魔術に抵抗が無えし……ん?」
これまでさんざんリュウシロウを煽ってきた執事のような男が、たちまち執事らしからぬ形相と顔色に変わる。
「貴様! ス、ス、スザク様を……クソカスだとぉ!? ゆ、ゆ、ゆ、ゆ……許すまじ!!」
「煽り耐性無えなコイツ……。あ、そういや名前なんだっけ……?」
自分の下には、基本的にアホしか送られて来ない事実に複雑な気持ちを抱くリュウシロウ。
「えーっと……」
「ふはははは! 私の名前か!! では死ぬ前に教えてやろう! 私の名は……」
すでに目的を忘れている。
「思い出した! たしかタメノスケ……だったな。そうだ、間違いねえ」
「ち、ちが――――――――う!!」
名前はタメノスケのようだが、本人は否定している。しかもかなり強く。
「ためのすけ……」
「た、タメノスケ……い、いい名前ジャないデスカ……ね、ねエ?」
イズミは目が点になっているが、トムは必死に気遣う。人となりがよく現れていると言える。
しかしタメノスケ、まるで納得していないようで声高に叫ぶ。
「違う違う違う! 断じてタメノスケなどという名前ではない!! 私にはセガール・フォン・シャトーブリアン・リオンヌという名前があるのだ!!」
「クソ長えよ。んでバリバリ東国人じゃねえかよ。ウチの東国かぶれといい、この西国かぶれといい、どうにかなんねえのかな……」
「我輩……かぶれている訳ジャありまセンけど……」




