第382話 ゴウダイVSフカシギ
改めて対峙するゴウダイとフカシギ。
未だ抱えられるミナモは、彼の手から離れ見守ることにしようとするのだが……
「このままでいい」
「へ?」
なんと、彼女を抱き抱えたまま戦うという。
「今はお前をこのまま抱えていたい。それに、ここから動くまでもない……安心しろ」
「!!」
相手が能面、しかも最もムリョウに近い者であるにも関わらずこの物言い。ミナモは絶句してしまう。
「ふん……かつてそのような者はいくらでも見て来た。新たな力を得て、図に乗る者はな……」
ゴウダイの言葉は、明らかに自身を見下したものだと判断するフカシギ。それも致し方ないだろう。
だが思惑は異なっているようだ。
「そ、そうだよゴウダイ君……相手はあの……」
「今はこのままで居たいんだ……本当に良かった……お前が生きていてくれて……」
「!!」
ただただ彼は、そして少なくとも今は、ミナモから手を離したくないのだ。その命の重さを感じていたいのである。彼女からほろりと一筋の涙。
「フカシギ……ただ俺が図に乗っているだけかどうか……見せてやろう」
空いている手……右手で印を結ぶゴウダイ。
同じくフカシギも印を結び、そのとてつもない気勢を向上させる。
「まあいい。そちらの方が手間が省ける。もう一度……死ね!! 忍法!!」
―真破羅水鱗―
フカシギの周囲に、人間の頭部大程度の大きさの円盤……水で生成されているようだ。だが驚くべきはその数。いや、最早数えられる規模の個数ではない。
周囲を埋め尽くすように、回転しつつその鋭利さを示す水の円盤が、一気にゴウダイへ押し寄せる。
「超越忍術、青水泡……その異様な鳥ごと切り裂かれてしまえ!!」
水の三文字、その強力さはもはや言うまでもない。数えるのも億劫な円盤がまもなく着弾する。
だが……?
バサ……
巨大な鳥が、その片翼を攻撃に向けて広げ消し去ってしまう。いや……正確に言うなら蒸発させてしまう。
「!? ……な!? 馬鹿な……意図も容易く……!!」
驚いたのはフカシギ。決してこの者の攻撃は弱くない。弱くないどころか、この世における最強の一撃のひとつである。だが、どういう訳かこの鳥の仕草を見る限りとても弱い攻撃に見えてしまう。
フカシギはこれまでこの鳥をそれほど注視していなかった。ただゴウダイが新しい力で作り上げたものという認識しか無かったのだろう。
だがその容姿、譲渡されたという事実、そして今の攻撃のいなし方を見て総合的に判断する。
「……青い……鳳凰……しかし……」
その言葉がしっくりと来る。だが、まるで自分の意思を持っているかのようにも見えるその動き……そこが分からない。
「そう……鳳凰だ。道では小さな形だったのだがな……どういう理屈か分からんが、今ではこれだ。自分の意思も持っている」
どうやらこの鳥……いや、鳳凰はゴウダイの力に呼応しているのだろう。
その後まもなく、攻撃を受けた為か鳳凰がフカシギを睨む。
「……くっ! だが、それだけで私を倒すことは出来ん!!」
「ああ……そうだな。俺の印もまもなく終わる……術を創造するのには時間が掛かるんだ」
彼は、まだ術と呼べる術がない鳳凰命を、今まさに創り上げている最中。よって、放つまでに極めて時間が掛かってしまうのだろう。
だがそれも終わる……つまりここからはゴウダイの攻撃。
「……な、な……に……?」
彼から立ち上がる、まさに青い炎そのものと言っても差し支えがない気勢。それに対して、さらに呼応した鳳凰がついにその翼を広げ飛び立つ!
「刮目しろ……!」
「その身に受けろ……!!」
「天駆ける鳳凰の翼を!!!」
「忍法!!!!」
―鳳焔天舞!!―
真上に飛び立ち、炎で生成されたその身をさらに燃やす鳳凰。
先ほどのよりもさらに身体は大きく、力強く……加えて主人であるゴウダイ、その仲間……否、恋人であるミナモの二人を青白い炎で守り、自身はフカシギ目掛けて翼を広げ突撃をする。
「なんだ……これは……? 何なのだ……この……火力は……」
息を呑むフカシギ。
かつて経験したことがない火力が、かつてない力が自身に迫る。
「うおおおおおおおお!!」
そして咆哮。これほど感情を強く露わにする能面は居なかった。
直ちに印を結び……
―包々牢氷!!―
―源氷蒼天!!―
三文字の水忍術、その内の身を守る術か。即座に氷を纏った上にその外側にも氷で生成した柵のようなものを夥しい数張る。
―百獣疾駆!!―
さらに足を獣状に変化。早急な回避に移る。
そして鳳凰から逃れようと回避行動を取る。その判断が功を奏したか、翼に触れることなく鳳凰は通り過ぎたのだが……
「……回避すら……出来ぬ……だと!?」
その言葉の通り、フカシギはたしかに回避をした。自身を守るべく氷を何十にも張って。
だがそれらの氷は水という変化を介さず、氷の形状から直ちに蒸発……というより消え去ってしまう。
それは文字通りあっという間の出来事。防御として張った氷たちは直ちに消滅し、フカシギの身体を焦がしてしまう。
「ぐあああああああああああああああああ!!!!」
さらには体面に気勢も張っていたか。しかしこれほど厳重な防御、そして回避行動に移り実際に回避したにも関わらず、まるで意に介さないとばかりに能面へとてつもないダメージを与える。
「が……ぐ……はぁ!!」
上手く呼吸が出来ないか。その場に倒れてしまう。
(どういうことだ!? 三文字の……しかも反属性である水の防御がまるで通じん!! この……火力は……いや……そんな……ありえん……)
まるで効果がなかった防御。いや、それでも多くを軽減していたのだろう。
(たしかに……三文字となれば飛躍的に力が向上する……だがそれは、あくまでも現実的な規模での向上だ。ゴウダイのそれは……あまりに大き過ぎる……)
この状況が分からない。三文字に至る前とはあまりにも力が異なり過ぎる。トムもそうであったが、三文字に至れば凄まじい力を発揮出来る。しかしゴウダイの場合は、その凄まじい力が凄まじ過ぎるのである。
「……な、な、な……何……アレ……?」
目をぱちくりさせて現状を視認するミナモ。
一撃でありとあらゆるものをひっくり返したゴウダイ。だが彼の面差しに変化がないところを見ると、この状況ですら想定内。
「フフ……きちんと言う事を聞いてくれるじゃないか。さあ、戻れ」
彼の言葉を聞いたか、鳳凰は直ちにゴウダイの肩へ戻る。その身を小さな形に変えて。
そしてその顔を彼にすりつける。とても懐いているようだ。
空気を変えてしまった。
先ほどまで二人共々始末される寸前だったにも関わらず、今のたった一撃で戦況を逆転させてしまった。
しかし疑問が残る。相手はあのフカシギ……何故ここまで、一気に優勢になれるのかが分からない。
だがそれはとても単純なこと。
「はぁ……はぁ……」
がくがくと膝を震わせ、かろうじて立ち上がるフカシギ。
一方で、ミナモに優しく微笑み鳳凰が懐いているという、柔らかな空気を醸しているゴウダイ。
それを見比べて彼女は思う。
(……そっか……単純なこと……なんだ……)
それは、今の光景が物語っている。
(フカシギよりも……)
(三文字のゴウダイ君の方が……)
(圧倒的に強いんだ……)
とどのつまり、その通りなのである。
術の応戦を制したというのはそういうことなのだ。
ここでフカシギは思う。
(……弛まぬ研鑽が……三文字に至った際の伸びを飛躍的にしたか。なんということだ……だが、まさか……)
その思考は、衝撃的な結論に行き着く。そしてその結論は、能面だからこそ分かるのだ。
(主……ムリョウと……肩を並べる程とは……!!)




