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第36話 フウマ

~はこべら町 宿自室~



「ふぉおおお~~……」


「ウ~~ン……」



宿の自室。風呂から戻ってきたリュウシロウとトムは、完全にのぼせてしまい食事どころではないようだ。



「まったく……もぐもぐ……何時まで風呂に入っているのかと思ったら……んぐ、ごく、コレだ。情けないぞ!!」


「ぽーん……」



一人机に並べられた食事を食べ続けるイズミとぽん吉。この状況に呆れ顔だ。(なまめ)かしい浴衣姿も、今の男性陣の目には映らない。



「お、男同士……裸の付き合い……って……ヤツが……あんだよ……」


「そう……デース。リ、リュウシロウ……サンは……すごい……人デース……」


「とにかくお前たちは食べないんだな? 勿体無いからボクがいただくとするよ。うふふ」



一方的に決定し、リュウシロウとトムの分まで食べ始める彼女。

その身体には見合わない量だが、箸を進める速度は一向に衰えない。


そのまま半刻が過ぎ、彼女が食事を終えた辺りでようやく二人は回復してきた様子。



「イヤハヤ、一時はどうナルことカト」


「貴重な情報と引き換えと思えば悪くねえ。……てかよイズミ、お前はいつ風呂から出たんだ?」



イズミのお茶を持つ手が止まる。



「お、女にそんな事を聞くな! えっと……せ、せくはらだ!!」


「初めての西国語がそれかよ!? お前の歴史の一頁に恥ずかしい文言が追加されたよ!!!」



リュウシロウ、通常運転に戻ったようだ。



「まあ、もういいや……今日は寝ようぜ……」


「ソウデスネ。我輩も少し疲れてシマイマシタ……」


「そうか……トムと食後に一戦交えたかったんだが……仕方ないな。修行してくる。行くぞぽん吉!」


「ぽーん!」



湯のみを机に置いたイズミは、ぽん吉と共に外へ繰り出す。



「元気だなアイツは……でも風呂上りで行くんじゃねえよ……」


「ハツラツとして……本当に良い子……」



ここでトム、一旦止まる。



「ソウ言えばイズミサン……浴衣姿……デシタよね……?」




※※※




時刻は既に夜。

しかし、川沿いを歩く人々の数はまだ衰えず、多くは浴衣姿でのほほんとしながら、ゆっくりと散策をしているようだ。

川沿いには一定の間隔で巨大な灯篭(とうろう)と、それらを結んでいる紐に提灯が掛けられているためとても明るい。



「お、おお……」

「ふええ……」

「ゴクリ……」

「オー……」

「……」


「?」



道行く人々が、イズミの前で一瞬だけ足を止める。

まだ少しだけ濡れた二藍色の髪が、まだほんのり桜色の頬が、少しはだけた浴衣が、灯篭の幻想的な明かりで映し出された結果である。



「何だ? 皆こっちを見てくるぞ? ……あ!!」



気付いた様子のイズミだが、本当にそうなのか……



「ボク浴衣姿じゃん……でも、皆浴衣だよな? ボクのと同じだし……」



やはり気付いていなかったようだ。彼女は、自分の容姿に対する自覚がない。

もっとも、ズバ抜けた見た目であることに変わりはない訳で……



「やあ君」


「ん?」


「う、うお……!?  あ、いや、暇だったら俺と一緒にそこの茶屋で……」



見知らぬ浴衣姿の男性に声を掛けられる。つまりはナンパだ。手馴れてそうな雰囲気がある。

もっとも、ベテラン(?)でも間近のイズミは遠巻きから見た時よりも強烈だったのか、一瞬言葉に詰まってしまったようだ。



「断る」


「早いよ!?」



しかしぶった切る。



「今から修行があるんだ。お前に付き合っている暇はない」


「そ、そんなこと言わずにさあ! ね?」



そう言うと男性はイズミの手を握る。

手馴れた感があるのに少々勇み足気味な男性。おそらく、彼女レベルの女性を相手にしたことはないのだろう。


そして、



ミシ……ミシミシ……



「ふんぎゃああああ――――!!」



男性、絶叫。持ち前の握力で強く握っているようだ。



「消えろ」


「は、はい!! すみませんでしたぁ!!」



尻餅を付き、這いながらその場を後にする男性。



「……情けない……あれでも男か」



目を細め、侮蔑した視線で男を見るイズミ。この手の輩には嫌悪感があるようだ。



「力忍術かの? しかもかなり鍛えておるのう」


「!!」



そこへ突然の声。

声のする側へイズミが振り向くと、そこには川沿いの建物の敷地にある石垣の上に、一人の老人が座っている。



「どうして分かった?」


「そりゃあ、見たことがあるからに決まっておろう。知らぬことは言えぬよ」



飄々(ひょうひょう)とした印象のある老人らしい老人。続けて話す。



「今の力忍術と言えば労働で使う程度……そこに際立ったものがあれば、一度見たら忘れんよ。すぐに思い出せたわい」


「際立った……? ――――!!」



ある人物が脳裏に浮かぶ。恐る恐るイズミは老人に問い掛ける。



「ボク以外の力忍術を……見たことがあるんだな? 戦いのための……力忍術を……」


「ああ、そうだとも。面白い男だったのう……」


「男……! な、名前を……聞かせて……くれないか?」



鼓動が高鳴る。



「あー……たしか……んー……サ……何とか……」


「サスケ……じゃなかったか?」


「ああ、ああ、サスケと言ったの」


「あ……」


「知っておるのか? これがまた愉快な男でのう。湯治(とうじ)に来たと言うのに、毎日のように輩と喧嘩はするわ、頼まれ事を引き受けるわ……」



老人は続けて話すが、すでに聞こえないほど昂ぶりを見せるイズミ。

父も自分と同じく、この町を通りほとけのざ町へ向かったのである。

尊敬する父と同じ軌跡を辿っていることに、感極まる。


彼女の、父親に対する記憶は実のところはっきりしない。尊敬しているのも、関連する記憶がたまたまポジティブなものという背景があるから、と言わざるを得ない。

しかしそれも、イズミが齢五の時にはすでに住家には居なかったのだから無理もないのだ。


よって、サスケが死んだと聞かされた時も、サイゾウのことを思い出しより明確に父のことが分かったとしても、やはりまだ何処か現実味が薄かったのかもしれない。

しかし、このようなちょっとしたところで、また些細なきっかけでサスケの軌跡を知れたという事実は、その薄い現実味を濃くする貴重な出来事となるのだ。



「父上も……ここで……」



イズミのこの一言で、老人は開いているのか開いていないのか分からない眼を大きくする。



「何と? ……お主、あの男の娘かの?」


「ああ。父上を見たことがあるなら、ボクの力忍術に気付いても当然か。……まあボクはまだまだ父上の域には達していないけど……」


「ほえほえ……あの男に、こんな美しい娘が居たとはのう……力忍術よりも驚いたわい」


「あのさ……」


「ぬ?」



少しもじもじするイズミ。頼みごとのようだ。



「父上の話……少し聞かせてもらいたいんだけど……いいかな?」


「ふぇっふぇっふぇ、いくらでも話してやろう」



思わず顔が(ほころ)んだ彼女は石垣の上、老人の隣に座り老人の話を興味深そうに聞く。

父がこの町で一体何をしでかした……もとい、どんな振る舞いをしていたのか、一言一句を聞き逃さない。


時に笑顔、時に暗がりを見せ、父の軌跡を知って行く。

その後一時間ほど話し込み……



「ありがとう! いい話を聞かせてもらったよ。今度立ち寄った時に……そうだな、ほとけのざ町のお土産買ってくる。次は話だけじゃなくて、()()()()も頼むよ!」



最後に一礼をし、イズミはその場を後にする。

老人は石垣に座ったまま彼女を見送り、ボソリとつぶやく。



「おほほ、気付いておったか。やるのう。……にしてもあの男の域か……たしかにまだまだ力不足が否めんが、潜在能力は比較にならんと思うがの……」



するとそこへ、漆黒の忍者服を纏った忍らしき人物が老人の傍らに寄る。



「フウマ様」


「なんじゃい?」


「あの娘の確保は……」


「ゴウダイが見逃しておるのに、ワシが確保する訳には行かんじゃろて」



老人の名はフウマ。だが話し掛けた者の雰囲気を察するに、少なくとも一般人ではない。

さらに唐突に現れたゴウダイの名……天津国忍一揆の関係者か。



「し、しかし……頭領のご命令に……」


「構わん。……ったく情けないのう、あのボンは。能面に振り回されてばかりとは……」


「……」


「まあそう悲観するでない。ワシが庇ってやるからの。……番衆の中でも、ゴウダイとあのおてんば娘だけは無碍に出来ん。特にゴウダイは……ふぇっふぇっふぇ、今時珍しい一本気な男じゃて」



フウマは再度イズミに視線を送る。

肩に乗せたぽん吉と、楽しそうに話している彼女の姿が確認出来る。



「なるほど……真っ直ぐな娘だわい。ほんとにサスケそっくりじゃの。特にあの不思議な魅力は親譲りか。……本当に……惜しい男を亡くした……」

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