第34話 トムの目的
湯船の中、両手でお湯をすくい顔に当てるリュウシロウ。
「ふぅ……その前によ……」
「なんデス?」
「本当にこのまま付いて来る気か? かなり助かるがよ。……もう知っているだろうが、俺たちの旅って結構危ねえぞ?」
「心配ありまセン。吾輩の力、特とゴRUNあったショ? それに吾輩自身西にヨージがありますカラ」
風忍術の手練れであるトムが同行してくれれば、リュウシロウへの追っ手はもちろん能面の者たちに対する戦力としても十分過ぎる程だ。
ここでリュウシロウが切り込む。
「で、なずな町でよ、どうして俺たちを……いや、イズミを助けてくれたんだ?」
「エ? そ、ソレハ先モ言いマシタけど彼女がウツクシーからですよ! それに彼女ダケじゃなくアナタも……ム?」
トムの説明の最中、ジロリとリュウシロウが彼を睨む。二人の間に流れる空気が変わる。
「お前さん、こっちで風忍術を習得したんだよな?」
「エエ……ソノ通りデス」
「こっちで忍術を習得したヤツなら、力忍術の立ち位置くらいは分かる筈だろ? でもお前はイズミが力忍術の使い手と聞いても、怪訝な顔ひとつしねえで受け入れた」
「……」
「普通なら、物珍しそうだったり驚いたりすると思うぜ? お前はまるで、イズミが力忍術の使い手ってことを最初から知っていたかのような反応だった」
「何ガ言いたいんデス?」
「意図的にイズミへ近付いたろ」
この話の核心。
これまでの陽気な姿はどこに、トムは少し熱を帯びた目線をリュウシロウに向ける。
「ハッハッハー! 何ヲ言うカト思えば。チョットしたリップサービスだけでソコマデ勘繰るなんて、リュウシロウサンはシンパイショーです」
「イズミが自己紹介した時にお前がトーンダウンしたのは……そうだな……例えば『攫うにしてもこんな年端も行かない女の子を』なーんて思ってたり、な」
「!!??」
一瞬だけ、ピタリと停止するトム。
「攫う!? 何て事を! 言って良い事と悪い事がアリマスよ!! ビューティホーな彼女に見惚れてイタだけデスヨ!」
「ん、そうか。悪い」
「……」
「……」
「終わりデスカ!? この流れデ!?」
リュウシロウはそれ以上何も言わず、またしても湯船で気持ち良さそうにしている。
「…………ア、ウ〜……」
目と手の動きが増えたトム。気持ちが悪いのだろう。
では何故気持ち悪いのか? それは、リュウシロウからの指摘に対する彼の反応が答えである。
(言い当てられた!? 何処で……? いや、ただカマを掛けているだけのはず……察してしまわれるような振る舞いはしていない! しかし……)
リュウシロウ、どうやらトムの目的をピタリと言い当ててしまった模様。
(それに……リュウシロウさんの言葉に動きを止めたどころか、今こうやって押し黙ってしまっている……おそらく今、疑惑はほとんど確信に近い状態になっているはずです……)
それが災いしたのか、トムはリュウシロウの発言に僅かであるものの「停止」という反応を示してしまったどころかその後沈黙。トムも結局は、嘘が付けない体質なのかもしれない。
リュウシロウは思案する。
(すまねえなトム。口を割らせるにはちと材料が足りなくてよ……お前の良心の呵責に期待してカマ掛けてみたんだが、まさかどんぴしゃとはな。
ま、イズミにあえて近付いたってんなら、おのずとこの答えになるだろ。話し合いをしたいとかイズミの任意の下で連れて行きたいって言うなら話さない、行き先を言わない理由がねえからな。かえって怪しまれる)
彼が横目でトムを見ると、かなり思い悩んでいるようだ。リュウシロウは心が痛む。
(お前はいいヤツだ。たった数日一緒に居ただけだが、もうお前っていう人物の良さは身に染みて分かってるつもりだ。だからこそ……試すような真似をして悪いと思ってるよ)
現在リュウシロウがトムに伝えたのは、『イズミが凡術である力忍術の使い手という事実に対して違和感を抱いていない』という情報だけである。
そのため、実のところいくらトムの反応が確定的であったとしても、そこに確たる証拠はない。よってあくまでトボけるのであれば、その情報だけでトムから全てを聞き出そうと仕向けるのは困難だろう。
(ま、ムリョウの野郎を知ってるとか、他にもイズミにこじつけられるところはあるが……それはすなわち、口を割らせるのに必死ってのが伝わっちまうからな。このくらいでいい)
しかしリュウシロウはトムをこれ以上問い詰めない。だから目論見を掴んでいる素振りを見せ、彼を強く揺さぶるだけに収めた。結果的に見抜いた形となったわけだが。
もしトムが自らイズミに近付いたことを前提とする、そして敵であり牙を向こうとするなら今ではないだろう。彼女を救い、仲間として行動をし始めて間もないのだから。
状況により即座に敵となる可能性も否定出来ないが、先の戦いから舌の根も乾かない内に行動するのではイズミに味方であることを印象付けた意味がない。
よってトムは現在、『自分が敵である可能性』を払拭したい……これが本音だろう。
しかしそのためには、トムはある程度口を割らなければならない。トボけ続けるには限界があるのだ。
やがて……
「リュウシロウサン……」
観念したかのように、おもむろに口を開くトム。
「長湯……OKデスカ?」
「ああ、いくらでも付き合うぜ」
トムは、西国での出来事を話し出す。
※※※
再び二年前。
~西国のある地域~
白に染め上げられた建物の敷地内。
正門から建物の至る途上には、陶器製の女神が手に持つ花瓶より水が流れ、清涼感を振りまいている。歩道は毎日清掃がなされているのかゴミひとつ落ちておらず、さらにその周囲の芝生は刈り込まれており、建物から敷地までの徹底管理が印象付く。
そんな優雅さすら感じられる建物の一室において、明らかに周囲に溶け込めていないトムが鬱蒼とした面差しでプレジデントと対峙している。
「……」
プレジデントより、直々に任務を与えられた彼は黙る……いや、言葉が出ないのか。
「どうした? 何を黙っている」
「脅威に対して、討伐という判断は適切です。しかし……私の実力では……」
「風……忍術と言ったか。その魔術もどきに自信があるのだろう? 同じシノビとやらであれば幾分やりやすいだろう。勝てぬと判断したのであれば、毒を盛るなり懐柔するなり方法はある筈だ」
どうやらプレジデントは、トムに何者かを始末する指示を与えた様子。
「西国の総戦力をもってしても手に余る相手を、私一人でどうにか出来るとは思えません」
「手に余る? 馬鹿を言うな。奴の魔術もどきと不気味なマスクに化かされただけだ。ジェネラル数人で臨めばすぐに片が付く。それに、無理なら無理で構わん。奴の始末はあわよくば、の話だ」
葉巻を灰皿に置き、椅子を前に進ませ少し前のめりになるプレジデント。
「本命は例の娘だ。奴が血眼になって探しているんだろう? 我々が先に捕獲してしまえば、奴との交渉……いや、脅しの材料になる」
「それなら、ジェネラルをぶつけて倒してしまえば良いでしょう。わざわざ攫うなどという卑劣な手段を使わずに済みます」
「馬鹿を言うな。奴と衝突し、万が一ジェネラルが欠けてみろ。今後東国の支配に影響が出るだろう」
『すぐに片が付く』と言う割には、衝突を避けたいような言い回し。強い言葉を並べているものの、内心は思うところがあるのか。
「小娘一人攫う程度で全てが上手く行くなら、これほど簡単なことはない。いいか、これは命令だ。本日付けで乗船し東国へ向かえ」
「……分かりました……」
トムはそのまま踵を返し、プレジデントの自室を後にした。
「……」
彼はところどころに煌びやかな陶器、燭台などがある豪華な建物内の、赤い絨毯が敷き詰められた豪華な廊下を歩く。
時折辺りを見渡し、その様相を悲痛な面差しで眺める。
やがて建物の玄関から外へ出る。
高い丘だからか、一見美しい庭を少し歩けば町を一望出来るのだが……
(東国は美しい国でした……大自然がそのまま残され、貧困差はほとんどなく、道行く人々は私が西国人であっても怪訝な顔ひとつせず快く接してくれる……いろんな意味で豊かなところです。ここにはないものばかりでしょう)
目下にある町並みは、東国のそれとは違う。
自然を無理矢理切り開いて建てたのだろう、立ち並ぶ巨大な工場たちがけたたましく黒煙を上げている。空は黒煙の所為か暗がりとなり、太陽は常に朧気だ。
道行く人は顔色が悪く、活気もなく、亡者のように働き場所を往復する。
裏路地では、ゴミ箱を漁り腐った何かを頬張る浮浪者と、その浮浪者を狙うカラスが……。
一方で、郊外に出ると比較的環境が良く、正装をした貴族らしき者たちがホームパーティをしている様子が伺える。
一見輝かしく見えなくもないが、その立場であるために多くの弱者を踏み台にした事実が容易に伺える。
(西国は……発展と共に人として大切なもの、あるべきものをたくさん失いました)
そんな町を眺めながらトムは思う。
(西国が支配? 馬鹿な……むしろ東国から学ぶものの方が多いでしょうし、むしろ積極的に学ばなければなりません。弱者を虐げ、一部の特権階級だけが甘い汁を吸う……そんな国などあってはなりませんし、そんなだから年端も行かない女性を攫うなどという発想が出来るのですよ)
彼は再び歩き出す。
(私は東国で学びました。必ずこの国を……作り変えてみせます)
行き先は……東国。
(……お師さん……また私を導いて下さい……)




