第336話 その手で
「っしゃー! 皆、食ってくれよ!!!」
黒鬼との一件からはや体感で数ヶ月。累計すれば、あくまでも体感であるもののかれこれ一年は地獄に滞在してしまっているリュウシロウ。
この日も彼は鬼たちの食事作りに精を出しているようだ。だが同時に思うところもあるようで……
(あれから全く親父と話せねぇなぁ……亡者を裁くって死ぬほど忙しいんだな。このままじゃ何時まで経っても元の場所に戻れねぇぜ。それに、黒兄の強さを盗むって豪語したのはいいんだけどよ……次元が違い過ぎてどうしようもねぇ……結局メシ作ってるだけなんだよな。楽しいけど)
彼なりに、いろいろと考えて動こうとしているようだが上手く行かない様子。そんなリュウシロウの思惑を後目に、食事の匂いに誘われて鬼たちが集まって来る。
「りゅ~~~君♪ 今日の献立はー?」
「ああ。今日はからあげ定食だ。もうアホみたいな量作ったから、いくらでもおかわりはあるぜ?」
「やったぁ~♪」
最初にやって来たのは赤鬼。どの皿が最も多いのかを探している様子。他の鬼たちもどんどん集まり、皆が皆一斉に皿を取ろうとするのだが……?
「どけ」
その背後からやって来るのはあの最強の鬼。他の鬼たちが直ちに道を譲り、まるで海が割れるような様となる。
だがそこを突っ込まない訳がないリュウシロウ。
「『どけ』じゃねえよ!? 順番だ順番! 黒兄は末尾!!」
「そうよぉ。黒君は最後に来たでしょぉ? 順番抜かしはダメー」
赤鬼も黒鬼を注意するのだが……
「へっへ、馬鹿言ってんじゃねー。俺様がわざわざ皿を取りに来たんだぜ? こりゃあもう……イチバンだろ? だから超大盛りな?」
「何処のガキ大将の理屈だよ!? その理論でどうしてイチバンになるんだよアホ!! あと超大盛りじゃねえよ!!! おかわりあるっつってんだからお前が来い!!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!? てめー俺のことアホって言いやがったな!!!! 折檻だ折檻!!!」
「ほんぎゃ――――――――!!!」
またしても理不尽に殴られるリュウシロウ。しかし彼も黒鬼も、なんとなく楽しそうに見える。それをすぐ傍で微笑みながら見ている青鬼。
「ぐばばばばば! ずっがり゛リ゛ュウジロウ゛ど黒゛兄゛も仲゛良ぐなっだな゛ー」
「違ぇよ!!」
「違ぇよ!!」
その言葉を、同時に否定するリュウシロウと黒鬼。顔の造りはまるで異なるのだが、妙に似たような感じなのが印象的である。
「ねぇ~……りゅーく~ん」
「……イテテ……今度は何だよ赤姉」
スススと彼に寄り、妙に色気を振りまく赤鬼。
「あのね、この緑の草……あたし、今日は止めとこうかなぁってぇ~」
「だーーーーめーーーーだ!! 出された物は全部食べるのが食材に対する礼儀だぜ?」
「しゅん」
「アレだ。緑黄色野菜を食べると肌にいいんだぜ? ……たぶん」
つまり、肉ばっかり食べたいという主張。もちろんリュウシロウは許可しない。だが彼の最後の言葉で覚悟したのか、意を決した面差しになる赤鬼。
「赤姉の野菜嫌いも何とかしなきゃいけねえなぁ……」
「う゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! リ゛ュウジロウ゛!! ごれ゛どうや゛っで作゛る゛んだ!?」
「ん? ああ! これはな、こうこうこうやって……」
食べた矢先に感動したのか、今度は青鬼が近寄りその作り方を聞いてくる。リュウシロウは快く教えている様子。
「……ったく……地獄の鬼が、人間にかき乱されてちゃあ威厳もクソもねぇなぁ」
その場に座り、あたかもまとめ役のような感じで述べる黒鬼なのだが……
「黒兄。カッコつけてるところ悪いけどよ、今下に落としたニンジン? 絶対に拾って食えよ?」
「……………………ク……クソが!!!」
こうして、今日も過ぎゆく楽しい地獄の日々――――――――
※※※
「そうか……」
一方で閻魔。
亡者への裁きと平行して、隣の足元に居る何かと会話をしているようだ。
「ふぁふ」
その相手は……なんとたぬき。それも手のひらサイズという、一般のそれとは姿も鳴き声も異なるたぬきだ。しかし何処かで見たことがあるような……?
「ある時期より、一度に夥しい数の亡者がやって来たが……そちの話が正しいのであれば納得もゆく。なるほど……繋がりが断てんのはそれの影響か」
少し面差しの暗い閻魔。何かをひどく懸念しているような素振り。
「……そちの世は縁がある。つい先日にも、リュウシロウが落ちてきおったからのう」
このたぬきは、リュウシロウが居る世界の者?
鼻をすんすんと鳴らし、閻魔に向かって何かを主張しているような動きをする。
「ぬ? ああ、分かっておる。元は儂らの責任だ。……すべてが終われば……主が消え、狭間の世界も消え、歪であった次元は自然に修復されるだろう。よって最後には消えてしまうが、そもそも本来あってはならぬものなのだ。任せる。……しかし、何故だ?」
意味ありげな会話……否、客観的に見れば独り言だろう。だがこの閻魔の発言は、極めて重要な意味が隠されているように思える。それこそ、リュウシロウの居た世界の運命を左右する程の意味が。
たぬきは閻魔に向かってさらに鼻を動かす。
「……無茶なことを……まだまだ青いのう。理の外の者は地獄以外では生きられん。下手をすれば、儂らの所為で世が滅ぶことになるだろう。それよりも……」
たぬきの主張は終わったのだろうか? 今度は閻魔がたぬきに話し掛ける。
「……新たな地獄も気になるのう。いつぞやに黒が締め上げたと言っておったが……まさか人間の世に出ているとはな。もっともあの者たち程度の力であれば、そちらの世を壊すような結果にはなるまい」
新たな地獄? もしかすると悪魔のことを差しているのか。
「だが……数は凄まじい。一度に多くが世に現れてしまえば……危ういかもしれんの。もし、そちの案を実用するのであれば……その折なのかもしれん」
少しの間。たぬきはまだ言いたいことがあるのか、さらに閻魔にアクションをする。
「懸念が尽きぬようだな。まあアレに関してはそちのやりたいようにやれ。出番があるかは分からんが、もしもの折にリュウシロウの手助けになるやもしれん」
最後の一言で、たぬきが疑問を抱いているようだ。何故、ただの人間が関係するのか不思議といった印象。
閻魔、その反応を見るや否や笑みを見せて歯を見せる。
「貴様の最も懸念している部分は……心配無用だ」
小さなたぬきは小首を傾げる。発言の意図が分からないようだ。
閻魔はさらに言葉を続ける。
「先刻述べただろう? そちの世とは縁があり……そして……」
ここで閻魔は少し遠巻きに居る、鬼たちと大笑いしているリュウシロウに視線を置く。
「人間の身でありながら鬼を救い、隔たりがある筈の鬼たちと同じ目線で向き合い、情けない姿を晒しながらも強い心を持つ……出来の悪い儂の息子がおる」
その眼差しはとても優しい。
そこまで彼との会話はないのだが、あの時自身の想像を超えた姿を目の当たりにし、力だけではない強さを知ったのだろう。
「もしかするとこの出会いは必然だったのかもしれん。リュウシロウ、お前が地獄へ落ちて来たのも……お前の世をお前自身で救う力を得る為に、運命が計らったのかもしれんな……」
これはリュウシロウに向けて言っているのだろう。
たぬきは何故かハッとした様子。何かを思い出しているのか?
閻魔はその後たぬきに再び視線を置く。その眼差しは決して希望というボヤけたものではない。
確信である。
「あの馬鹿息子はこれから強くなる。鬼に、地獄に揉まれてな。……そちの懸念など吹き飛ばしてしまう程に。儂には分かる……次元を飛び越えた先にあるそちらの絶望を……
リュウシロウがその手で打ち破るのだ」




