第33話 はこべら町
~はこべら町~
次の日、一行はなずな町からはこべら町へ向かう、街道最後の茶屋を出て半日掛かりを歩く。
その町は、峠を進むとやがて少しずつその姿が現れ、峠を越えた辺りでようやくその町並みが一望出来る。
「おー、ここがはこべら町か。綺麗だな」
「オホー! 絶景デスネ! 湯煙サツジン事件ですねー!!」
「殺人事件の件は必要だったか!? 湯煙だけで良かったろ! なあ? なあ!?」
青筋満載のリュウシロウはさておき、トムの言うとおりはこべら町は至るところに湯煙が立ち、温泉街の様相を醸し出している。
町並みは、建物が幅員半町程度の大きな川沿いに建てられており、すずしろ町やなずな町のような如何にも人間が作り上げましたよ! といった感じではなく、比較的自然と共存しているような印象だ。
河川と建物の間は石畳。そこには浴衣姿の者たちが、頬を少し赤らめて気持ちよさそうに歩いている。西国人も少なくないようだ。
宿の他は食事処や売店、茶屋など、観光業に力を入れていることが伺える。
なお河川から離れればそこは林野、里山で、その内にある最も大きな里山は切り開かれており、案の定と言うべきか神社が建てられている。当然の如く参拝者は多数だ。
そんなはこべら町を皆が眺めていると、後ろからゴウダイがやって来て声を掛ける。
「さて、もう少し進んだところに番所がある。そこで聞き取りをさせてもらいたい」
「えー……食べに行きたい……」
「えー……風呂入りてえ……」
「エー……早く女ブロ覗きたいデース」
「ぽーん……ぽぽーん」
「え……っと……食べるのは後でな? 風呂は今晩でいいだろう。トム貴様!! 御用だぞ!! そこのたぬきは……すまない。何を言っているのか分からん」
ゴウダイでは、いささか突っ込みが弱いようだ。
※※※
「うむ、時間を取らせた。これで聞き取りは終わりだ。……そうか、能面は何体も居る訳か……こちらが把握していない情報だ。頭領に大目玉を喰らわずに済みそうだな」
「もしそっちでも何か分かったら……教えて欲しい」
「分かっている。サイゾウの件については、俺の権限で捜索に当たる。吉報を待っていろ」
「ありがとう!」
「助かるぜ。……でもよ、俺たちを罪人扱いしても誰も咎めなかったろうし、お前の手柄にも出来たのにな」
一時間程度の聞き取り。ある程度把握出来たようで、ゴウダイも納得している模様。
これにてリュウシロウ曰く『楽チン旅』は終わりを告げる。
お礼を言うイズミに対し少し鼻の下を伸ばすゴウダイだが、リュウシロウの発言は看過出来なかったようだ。
「罪人でない者を罪人としては扱わん。冤罪などもってのほかだ。それに、そんな無法で得た地位や名誉など屈辱以外何物でもない。望む場所があるなら、そんな下らない搦め手など使わずとも……」
そう言いつつ、右手に少し炎を灯らせ……
「……この実力だけで十分だ」
「はいはい。クソ真面目なこった」
「……」
真面目一徹な彼。搦め手など不要と言い張る。
軽口を吐くリュウシロウの後ろで、イズミは目をキラキラさせている。
「ゴウダイカッコいい!! 華武羅番衆はやっぱり凄いんだな! 心技体そろい踏みだ!」
「えへ、えへへへ……あ、う……うむ!! イズミも引き続き努力を続けるといい。ムリョウを倒そうとしているのだ。私くらいは超えてもらわんとな」
「うん! 頑張るよ!」
「えへ、えへ……あ、う、お、うむ!!」
良い事を言っているのだが、何となく締まらないゴウダイ。
その後イズミはジロリとリュウシロウを一瞥する。
「……それに引き換え、この口先だけ男は……口先から生まれた口先太郎か!」
「ぷっぷっぷ――――!!! 口先太郎? 口、先、太、郎!? 今時そんな言い回しするヤツなんて居ねえっつ――――の! うっしっしっし……しいたけっ!!」
またしても殴られ、その場に崩れ落ちたリュウシロウは放置。イズミはゴウダイに目線を合わせる。少し申し訳無さそうな赴きだ。
「ここまで本当にありがとう。助かったよ。……ただお前を、少し巻き込んでしまったみたいだ」
「もともとムリョウはこちらでも捕縛か討伐対象。お前が気にすることではない」
「そう言って貰えると気持ちが楽になるよ」
話がまとまった感があったのか、ゴウダイは番所の出口に向かって歩き出す。
「うむ。では、我々はこれで失礼する。武運を祈る」
「え? もう行ってしまうのか?」
「組織にも報告しなければならないのでな。今からすずな町へ直行だ」
「そうか……道中気を付けてな」
「ああ、次に会うのを楽しみにしている」
そう言うとゴウダイ、踵を返し末端忍たちと共に西へ向かって歩き出す。
そこへ最後にリュウシロウが彼に駆け寄り、耳打ちをする。
「おいゴウダイ」
「ん?」
「頭領の件も頼むぜ? こっちでも調べるけどよ、やっぱ本人に直接聞いた方が手っ取り早いからよ」
「分かっている。……俺自身も他人事ではないし、気になるしな……」
「そっか。まあせいぜい気を付けろよ。またな」
「ああ。弱いお前の方が心配だがな……ふふ。じゃあな」
そのまま振り向かず手を上げ、ゴウダイははこべら町を後にした。
※※※
時刻はもう夕方。
一行は宿を取り、今そこにある平和を楽しむ。
「かー! やっぱ風呂はいいぜ! しかも露天となりゃ格別の極み! 何処かの誰かさんの風呂嫌いとか考えられねえな!」
「サリゲにイズミサンをディスってますネ……」
食事の前だろうか、夕焼けで赤く染まる空を眺めながらの露天風呂。最高としか言いようがないだろう。
リュウシロウはぶくぶくと頭まで湯に入り、思い切り風呂を楽しむ。
「と言いマスカ……リュウシロウサン、いいんですカ?」
「ぷっはー! ……あ? 何がだよ?」
「イズミサンの事……話の内容からシテ、どう考えてもサイゾウサンにお熱じゃナイですか……」
「だから何だよ?」
ピキッという表現が適切か、トムにこめかみに見事な青筋が走る。
「素直じゃナイ人ですねホントに! 起きた時に、イズミサンをギュっと抱きシメテあげるクライ出来なかったんデスカ!」
「何でだよ!? 別にイズミなんてどうでもいいっつーの!」
「マータ……マタマタマタマタマ! そんな事をイウ!」
「タマタマになってんじゃねえか……イズミのヤツ、まあまあ下ネタ嫌がるぞ?」
攻めるトム。何がなんでも、イズミとリュウシロウをそういう仲にしたいようだ。
「ダメダメ、イズミなんて。俺は背面斜めの位置から見て、先っちょが見えるくらいバインバインが好きなんだよ。誰が好き好んであんな貧乳……何処の湖の水面だよ」
「な、ナ……ナント情けない! ソンナに盛り上がりが好きナラ、活火山でも抱きしめてナサイ!!」
「ただの自殺じゃねえか! しかも火葬の手間も省ける……ってやかましいわ!! ……くどいぜトム。ほんとに……どうでもいいんだよ」
少し暗がりの見えるリュウシロウの面差し。
「? リュウシロウさん?」
「いつかは力忍術最強、目指すは英雄だった親父、打倒ムリョウ、惚れた相手は呪忍術の手練……何処に俺の入る余地があるんだよ」
「べ、別ニ人間は強さダケではアリマセンよ!」
「そのとおり。人間強さだけじゃねえよ。でもイズミがそれを求めている以上、アイツと居たら強さって要素は必ず関わってくるよな」
「ソレハ……そうですケド……」
「これからは苦難の道だぜ? アイツを支えてやれるのは、アイツと同等かそれ以上の強さを持つヤツじゃねえと勤まらねえ。弱えと説得力もねえし、いざと言う時に守ってやれねえばかりか足を引っ張るしな」
「な、ナニカ別の形で支えてあげれば……!」
「トム」
これまで空を仰ぎながらトムと話していたリュウシロウ。急に諦めたような表情になり、静かな口調に変わる。
「もう……ヤメにしねえか? せっかくの露天風呂だ。興が削がれちまう」
「ア……」
リュウシロウは何もしないから弱いのではない、苛烈な努力をしたにも関わらず実力が伴わなかったのである。
そこに気付いたトム。
「オー! ノー! すみまセーン! リュウシロウサンの気持ちも分からズ……」
「ああいいよ」
「アッサリーノ!?」
すぐまた表情を戻したリュウシロウ。今は糸目で、のほほんと湯を楽しんでいる。
(うーん……よく分からない人だな……しかし、私も迂闊だった。傷口を抉るような真似を………うお!?)
猛省するトム。俯き、頭で反省事項を並べつつリュウシロウに視線を送ると、彼の首だけがこちらを見ている。
「あ、アノ……何か……?」
「今度はこっちの番だぜ、トム」
糸目のまま、口角だけが上がる彼。風呂に入っているにも関わらず、トムは少し身震いするのであった。




