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第3話 仕事探し

ちゅんちゅんと、雀の囀る心地よい朝を伝える声。一晩が過ぎたようだ。

町中はまだ朝焼けに照らされ始めた辺りで、通りにはほとんど人がいない。



「ん〜……いい朝だな。記念すべき旅の二日目だ!!」



昨日の風呂上がりに、浴衣に着替えて床についたイズミが目を覚ます。

まだ早朝から目覚めるあたり、これまでの生活はとても健康的なものだったのだろう。



「さ、ぽん吉。朝の修行に行くぞ!」


「ぽ……ん……」



ぽん吉はまだ眠いのか、あからさまに乗らない返事をする…ものの、イズミに抱っこされ無理矢理連れて行かれた。




※※※




~町を出たすぐの林道~



「……ん~……朝食までには戻らないと。昨日の晩みたいに、見た事のない美味しい食べ物があるかもしれないから絶対逃がせないぞ!」



少し焦りつつ、林道を歩きながら何かをキョロキョロと探すイズミ。

すると何かを発見したようで、急ぎ足でそこへ駆けて行く。



「これでいいや。ぽん吉ちょっと下がってろ」



イズミの目前にあるのはそびえたつ『崖』。

彼女は印を結び、身体から白い煙のようなものを立ち上げる。



「忍法……」



強空拳(きょうくうけん)鉄心(てっしん)!!ー



ボゴォ――――ッ!!!



忍法と言いつつも、気を纏った拳で壁をぶん殴るだけ。力忍術の性質が垣間見える瞬間だ。


攻撃箇所の壁には、彼女の身長の二倍以上のクレーター。

すると崖上から聞こえるミシミシという音。衝撃が崖の内部から、崖上にまで波及したのである。



「よーし、いいぞ。そのまま落ちてこーい」


「ぽん゛ん゛ん゛ーーーーー!!」



崖下で、崖上からの落下物を笑顔で待つイズミ。一方ぽん吉は、泣きながら一目散に近くの茂みに逃げ出す。



ミシ……ミシ……ミシミシミシ!!



質量にして軽く百貫以上ははありそうな巨岩が、今崖から分かたれた。



ズンーーーーッッ!!



「……」



茂みに隠れているぽん吉が、恐る恐るイズミの様子を伺う。

巨大な岩とも言える崖先が落ちてきたにも関わらず、特に轟音が鳴り響く訳でもない。

それもその筈、落ちてきた崖先をイズミがしっかりとキャッチ。まだ余裕がありそうだ。だが足は膝上までめり込んでいる。



「ん? ちょっと大きかったかな。まあいいか。ぽん吉、一緒に数えるぞ!!」


「……ぽん~……」



おっかなびっくりのぽん吉。イズミに言われた通り、彼女のスクワットに合わせて数を数える。

長い付き合いの筈だが、彼が未だにこのような行動に恐怖心を抱くのは、彼女のこういう後先考えない雑な性格によるところが大きいのかもしれない。



「い~~~ち!!」

「ぽ~ん……」


「に~~~い!!」

「ぽ~ん……」


「さぁ~~ん!!」

「ぽ~ん……」


「し~~~い!!」

「ぽ~ん……」


「ごぉ~~お!!」

「ぽ~ん……」



林道から少し外れた崖下。

朝っぱらから軽快な女子の掛け声と、気だるそうなたぬきの掛け声がこだまするのであった。




※※※




~すずしろ町の中~



「あ~腹いっぱいだ! やっぱ町の食事は凄いな!」



朝の修行を終え、宿で美味しい朝食をいただいた後に出発するイズミとぽん吉。

たぬきでもないイズミの皮算用に、本当のたぬきであるぽん吉はいつものように呆れた様子だ。


今は朝十時を過ぎたあたり。町の中央へ向かう道中は、多くの人が行き交いしている。

歩き続けるとやがて中央に大きな池があり、その周辺に様々な出店が立ち並ぶ公園のような広場が現れる。



「ぽん吉。町の中央ってここでいいのか?」


「ぽん……」



ぽん吉の、『たぶん』の域を出ない印象の肯定。

別に彼自身いろいろと良くは知っているものの、実際町へ出た経験はないのだから仕方がない反応だろう。

とりあえずではあるものの、特に人が集中している場所へ向かって一人と一匹は歩き出す。



「おー、ここだここだ! 間違いない!」



広場内を少し歩くと、巨大な掲示板の周囲にたくさんの人が集り、一部は看板を手持ちして周囲に何かを呼びかけている。



「なんだあの看板……? 『火』? 『木』? どういう意味なんだろ」



看板に、墨で一文字だけ記載された看板。

不思議そうに眺めるイズミ。興味を引いたのか、彼女はさらに掲示板付近へ近付く。



「水忍法、基本全般行けます!」

「掘削、盛土、残土処理特化の土忍法でーす」

「切断系得意の風忍法はいかがー?」

「あなたのお家の火の元、火忍法ですよー」


「なんだコレ……」



看板を持つ者たちがこぞって周囲に売り込みを行なっているのだが、イズミからすればかなり異様な光景に見えるようだ。



「仕事を始めるのに、こんなことしなくちゃいけないのか? なんかヤだな。てか、アイツらホントに忍なのかな……」



見せ物小屋のように感じるのか、彼女にはどうにも受け入れ難い様子。その所為か、売り込みをしている者たちに疑念を抱き始める始末だ。

しかし、お客らしき者たちが入れ替わり立ち替わりで話し掛けていることから、見せ物どころか供給側、しかも引くて数多であることが伺える。


現に何人かのお客と話したであろう一人の忍者は、ニコニコとその者に着いて行く。商談がまとまったのだろう。



「ぽ、ぽん吉。ボクには無理かも……」


「ぽん!!!」


「ええええ!? 選り好みするなって……う〜ん……あ! 先に掲示板見てみようか!」



悪あがきをするイズミ。よほど売り込みはやりたくない模様。

そそくさと踵を返し、掲示板へ間近に近付いてみると、文字が記載されている手のひら大の紙が多量に張り付けてある。



『ミウラ崖から北へ一里、樹木変化討伐 二十(もんめ)

『護衛業務 マンスリー 三十匁』

『山道ハツカ橋 水女討伐 二両』

『ネリマ鉱山 討伐隊求む 残七人 五十匁』etc……



「ん? 何かよく分からん言葉があるな。けどボク向きのヤツがあるじゃん! 妖怪討伐ならいつもやってたしな! まーでも、その所為でウチの近所回し何も出なくなったんだけど……」



彼女にとっての光明なのか、ぽん吉に対して嬉しそうな素振りを見せるイズミ。

そしてそのまま、めぼしい紙を取ろうと手を伸ばすのだが……



「おいおいねーちゃん、ちょっと待てよ」


「ん? 何だお前は」



手を伸ばしきる前に、六尺以上は軽くあろう大柄な男性に手首を掴まれる。



「こりゃ俺様が取……うお!?」


「?」



切れ長の眼、漆黒の瞳、精悍且つ整った顔つきの彼女は客観的に見て極めて美形であり、単純にその容姿に驚いたようだ。

思わず男性はイズミを見入る。彼女はその視線の意味が分かっていない。



「ボクの顔に何か付いてるのか?」


「へへへ……いけねぇな、この依頼書は俺が取ろうとしてたんだ」


「ん? ああ、すまない。じゃあ持っていけ。他の依頼を受けるとしよう」



イズミが他の依頼書を探そうと、自分の手首を掴んだ男性の手を離そうとするも、彼は手を離さずニヤニヤと彼女を舐めまわすように観察している。



「おい、離してくれないか?」


「そういう訳にはいかねぇ。まずは俺様に『ごめんなさい』だろ? ちょっと来い。ちょっくら常識を叩き込んでやるよ」



イズミの態度に少々難はあるものの、自分の狙っていた依頼書を取ろうとしただけで暴力を振るおうとする輩の常識など知れたものである。


不穏な空気が流れる。

それを周囲は察したのか、皆がすかさず距離を空けざわつき始める。



(うわ……あいつアカマツじゃん)

(運悪いなあの子。誰か止められるヤツいる?)

(居なさそうだ。俺、番所行ってくるよ)

(まったくあのキチ○イは……)



どうやらイズミは、悪い意味での有名人に絡まれた様子。

しかし彼女自身、特に動揺することもなく……



「断る。それに謝罪はもう済ませただろ。仕事探しで忙しいんだ。お前に構っている暇はない」



男性の額に青筋。怒り心頭のようだ。周囲は凍りつく。



「……いい度胸だぜ」



そう言うと、アカマツはその巨躯で力任せにイズミを宙吊りに……



ビタッ



出来ない。



「あ、ああん?」



ビクともしない。徐々に力を強めて、今や全力なのかプルプルと震えだすアカマツ。

身長差、体格差は歴然であるものの、どうしてもイズミがそこから動かない。



「どうした? 何をそんなに震えている。ボクが怖いのか?」



したり顔のイズミ。

どうやら彼女、この展開をある程度予想していたようだ。



「こ、この……!!」



手を離し、拳を振りかぶるアカマツ。

その巨躯から繰り出されるだけに、相応の威力があると考えていいだろう。


しかし……



ドッッ!! ……ベキッ



イズミの胸部に、拳の着弾音と別の何かの音がこだまする。



「ぐ……」



唸り声を上げたのは……



「ぐあああああああ!! こ、拳がああああ!!」



アカマツの方である。着弾音じゃない方の音は、彼の拳が砕けた音のようだ。

一方でイズミは、ピクリともその表情を崩さない。


するとイズミ、痛みで暴れるアカマツの至近距離まで近付く。

自分の右手を彼の腹部の寸前に置き、身体から白煙が少しだけ上がる。



「うるさいな。大人しくしてろ」



ズド――――ッ!!!!!



轟音。

イズミの、アカマツの腹部へのワンインチパンチ。

彼は何も言わず、そのまま前のめりに倒れる。意識を失ったようだ。



「……え?」

「アカマツが倒れた!?」

「なんだ今の音!?」

「今あの子から気が出てたぞ?」

「じゃあ忍術か!? 何の属性だ?」

「アカマツがワンパン!?」



しかし周囲は何が起こったのか分からないようだ。

そしてイズミは相も変わらず涼しい顔。最後にアカマツを一瞥(いちべつ)して呟く。



「うん。父上以外と戦るのは初めてだが、対人戦もやはり最強だな」


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