第29話 イズミの過去①
十年以上昔のこと。
~東の果ての里~
草木が生い茂る森の中、とある一画だけは広々とした空間となっており、そこには注連縄が巻かれた直立する大木の上、地面から十間以上と非常に高いところに住家が建てられている。
そんな誰も侵入出来そうもない住家の中で……
「う、うそ……」
「……」
絶望に打ちひしがれる五歳くらいの少女と、部屋の天井にまで届きそうな大きなたぬきが対峙している。たぬきは目を瞑り、流れに身を任せている様子だ。
「う、ぐ、ううううう……ひっく、ひっく……」
涙を必死に堪える彼女。悪い知らせだったのだろう。
やがて堪えていたものも、堰を切ったように溢れ出てしまう。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――――!!!!」
※※※
その晩、五畳半の畳の部屋の隅。
「父上……ぐす、ひっく……」
「ふぁふふぁふ……」
「きゅう……」
少女は泣く。ひたすら泣く。
傍らには慰めようとしているのか手のひらサイズのたぬきが肩に乗り、もう一匹彼女と同じくらいの大きさのたぬきが寄り添う。
「ぽん子、たぬ吾郎、ありがとう……う、ぐす……」
「ふぁふ」
「うん……たぬ右衛門がえんまさまから聞いたんだって……おともだちだから……」
たぬき達のおかげで少し落ち着いたのか、気を紛らわすように会話をする少女。
彼女の父の身に何が起きたのか、もう容易に想像することが出来る。
「あ、あたしはもうだいじょうぶだよ。父上のおはか……つくってあげないと……」
「きゅうきゅう……」
「ありがとう……」
そう言った後は押し黙り、目を瞑る。
しかし溢れる涙は抑えきれず、枕を濡らし続ける彼女であった。
※※※
数日後。
齢にしてまだおおよそ五。
早々立ち直れる訳はなく数日間は伏せてしまっていたようだが、青白い表情をしながらも外へ出向くことは出来たようだ。
「にんぽう……」
ー強空拳・崩潰ー
バコッ
十尺を超える大岩が、振動によりいくつかに分かたれる。
大岩を破壊するとんでもない膂力であるが、彼女にとっては当たり前と言える行動のようである。
なおその面差しは浮かない。理由は思ったような威力ではなかった……いや、状況からして精神的なものだろう。
そして彼女はいくつかに分かたれた岩の内、適当な大きさのものを見繕う。
「このくらいのでいいかな……」
その場に座り込み、握りこぶしを手刀に変えて気を纏わせ、見繕った岩をなんと素手で削り始めた。
その後暫く……
「……」
何かが完成した様子だが、深く沈んだ表情、瞳に光のない状態で特に何も言わずにその岩を持って歩き出す。
行った先には綺麗な長方形型の墓が設置されており、彼女はそれと自分の手に持つ岩を見比べる。
「ごめんなさい父上……今のあたしじゃこんなのしか……」
そう言うと彼女は、長方形型の墓の隣に自分が作った岩を置く。
「大人になって、もっとつよくなって、ちから忍術をきわめたら……もっとりっぱなおはかにしてあげるね。それまで、母上と待っててね」
そして目を瞑り、手を合わせ……
「ふしょうイズミ、父上……なきあとも……しょうじん…………します」
イズミはとめどなく溢れる雫を地面に落としつつ、父に別れを告げた。
※※※
それから五年が過ぎ……
~イズミの住家近辺~
「はぁ……はぁ……はぁ……」
迷い人だろうか、ふらふらと森の中を歩く一人の少年。十代半ばと言ったところか。
黒の短髪に精悍な顔付き、漆黒の上衣に袴と黒に染め上げられている。
「この……辺りの……筈だ。あそこまでやらないと逃げることすら出来ないなんてね……妖怪がほとんど居ないのが不幸中の幸いだな……」
全身黒のために分かり辛いが、そこらかしこに血の染みが伺える。かなり傷付いているようだ。
右足を引きずり、歩くのも辛そうな雰囲気。
しかし無理矢理にでも足を引きずり、逃げるかのように森の奥深くへ進もうとする。
(イテテ、手酷くやられたな。……しかし、この土地の結界は一体誰が……? 何にせよ良かった。そのおかげで見つからなかったみたいだし……)
やがて……
「?? ここ……は?」
森の中の少し開けた空間に出る。
目前には注連縄が巻かれた直立する大木と、その上に位置する住家……イズミの実家である。
(こんなところに……家? この辺りは大妖が住まうと、危険地域に指定されている筈だ。とても人が住める環境じゃ……いや、サスケさんの言い方だと間違いなく……)
「誰?」
「!!!!!」
思案に耽る彼に対する突然の声。
振り返ると暗めの二藍色をおさげにし、前に垂らしている女の子……イズミが立っている。
「……君は……?」
「私? 私はイズミ。あなたは?」
「え!? き、君が……?」
彼の口振りからすると、イズミを知っているような印象だ。
「私のこと知ってるの? お兄さんは誰?」
「あ……えっと、僕はサイゾウって言うんだ。サスケさん……君のお父さんにお世話になった事があってね」
「父上の友達!? ……名前も知ってるし、本当みたいね。とりあえずウチに……あれ? すごい怪我!!」
サイゾウが、父の名を知っていたことである程度彼を信頼したイズミ。近付き、自宅へ案内しようとした際にサイゾウの負傷に気付いたようだ。
「あ、あはは……えっと、ちょっと妖怪たちと、ね……」
「何処で!? 何の妖怪!? 私に任せて!!」
威勢の良いイズミ。嘘か真かは分からないが、サイゾウを傷付けたらしい妖怪に制裁を加えようと考えているようで彼に詳細を聞き出そうとするが、
(まずいな。ここまで逃げて来たって言っても、じゃあ誰からって話になるし……全部説明したところで今はまだ信じてもらえないだろうしな……)
どういう経緯なのか、サイゾウは言い訳に苦しんでいる様子だ。
「もう大丈夫だよ。そ、それよりも……イテテ。包帯か何かあると嬉しいなー」
結果、その場を凌ぐためか痛い素振りを見せ、誤魔化すようにアピールをする。
「あ! そうだよね! 先に手当てしなきゃ!」
「……え? わ!? ちょ、ちょっと! イズミちゃん!?」
怪我のアピールに成功したようで、イズミはサイゾウをひょいと持ち上げ自宅まで運ぼうとする。
(そうか、力忍術か。でも力忍術じゃ、森の奥深くで一人生きていくには少々……)
突拍子のない行動に彼は少々驚いたものの、やはりある程度彼女のことを知っているようで、すぐに落ち着きを取り戻す。
イズミはひょいひょいと木を登る。すると時間を置かず、地面と平行に伸び行く極めて太い枝の上に住家があり、彼女は玄関と思われる引き戸を開けた。
「ただいま!」
「お邪魔しま……え!?」
建物に入ったその瞬間、サイゾウはひどく驚く。無理もない、中には大小さまざまなたぬきが居るのに加え、部屋の隅には頭が天井に届きそうな大狸という強烈なインパクトがあったのだから。
「あ……」
「どうしたの? ……もしかして、たぬ右衛門にびっくりした? 大丈夫、すっごく大きいけど優しいんだよ」
「た、たぬ……右衛門……殿?」
思わず殿付けをしてしまう。
それだけたぬ右衛門から威圧感、貫禄を感じているのだろう。
(なるほど……この辺りが平和な訳だよ……)
サイゾウは、たぬ右衛門から何か感じ取ったようだ。
その結果、イズミがどうしてこのような森の中で安全に暮らしているのかを理解したようである。
※※※
次の日の朝。
「サイゾウくーん。ご飯だよー」
朝食の準備をしたイズミ。襖の向こうで未だ眠るサイゾウに声を掛ける。
すると、彼女の声掛けの数秒後には物音がし始め、すぐに襖は開けられ彼が現れる。
「お、おはよう! ……食事……あり……がとう……っぷ」
「どういたしまして! たくさん食べてね!」
目前のちゃぶ台に並べられた食事を見た瞬間、サイゾウの顔面は色濃い青に変わる。
それもその筈、雑草を煮込んだような緑色の液体に、動物の足を焼いたと思わしき大きな物体。
さらに、鮮やかな色をしたキノコがそのまま置かれ、その他とても食べ物とは言えない何かが所狭しと置かれているのである。
「はい、どうぞ!」
「……ありがと……ね」
それらに加え、明らかに芯が残っていそうなひえを盛られる始末。
しかしイズミは満面の笑顔。サイゾウは観念して無理矢理箸を進める。
ちょくちょくとたぬきたちが彼の膝に座ったり、擦り寄ったりで気を紛らわしてくれているので、何とか頑張れている様子だ。
(……もし許されるなら、今後は僕が担当した方が良さそうだな……って言うか、穀物は何処から取って来たんだろ……?)
嘔気を必死に抑え、鼻で呼吸をせずに飲み込む。特にひえは喉につっかえやすく、苦戦しているようだ。かなり苦しそうな彼だが、イズミに配慮したのかそれをおくびにも出さない。
「そう言えばサイゾウ君」
「な、な、なんだい?」
「昨日の晩、何か話し声がしてたけど、サイゾウ君が話してたの?」
「い、いや……知らないなぁ、夢でも見てたんじゃないかな? あはは」
少々わざとらしいサイゾウ。昨晩何かがあったようだ。
「そっかぁ。ま、いっか」
「……」
深くは考えていないのだろう、イズミはそれ以上彼に追及することは無かった。
今度はサイゾウが、少し間を置いてから口を開く。
「イズミちゃんにお願いがあるんだ」
「……どうしたの?」
一度咳払いを挟み……
「僕を暫く、ここに置いて欲しいんだ」
「いいよ」
「いきなりこんな事言われても困るよね。君は女の子……はい?」
即答。しかも返事はOK。サイゾウが勝手に突っ走るのも仕方が無い。
「え? い、いや、そんな簡単に返事していいの!?」
「? 別にいいよ? サイゾウ君は父上とお友達だし、みんなもサイゾウ君のこと好きみたいだしね!」
「みんな……? あ、そうか……」
サイゾウが辺りを見渡すと、彼の前で並んで座るたぬ江にぽん子、さらに膝にはたぬ吉が座っている。
つまり、イズミが昨日初めて会ったサイゾウを信じ切っているのは、早くもたぬきたちの信頼を勝ち取っている他ないからだろう。
(昨日の話で知ったけど、みんな本当にイズミちゃんのこと大切に思ってるんだな……)
彼が、膝に座るたぬ吉の頭を撫でていると、他のたぬきたちも並び始めてサイゾウをジッと見つめる。
たぬき一同は、まだイズミも分かっていない彼の本質を見抜いているのかもしれない。




