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第281話 アメリアの過去②

「……これは……なんという……」



眼を大きくし驚愕……と言うより、絶望に近い面差しを浮かべるアメリア。


無理も無い。

外側から見れば一面錆色の風景。そして町の中に入れば太陽も見えず、ただ何となく明るさがあるというだけ。さらには、錆ばかりのトタン屋根が張られているあばら屋がひしめき合い、行き交う人は生気の欠片も感じられない。


自身の知る世界と掛け離れた光景に、思わず生唾を飲み込んでしまう。そんな彼女に、スーツ姿の男性が歩み寄る。



「アメリア様。ここにおられてはお身体に障ります。早くエドワード卿の屋敷へ……」


「わ、分かりました。……しかし、私はここから去るだけで問題ありませんが……この町の住人は……」



そう言いつつ、咳をしながら町の外へ向かって歩く少女を一瞥するアメリア。



「ゴホン! ゴホン!!」


「……」



黄ばみのある煤だらけのTシャツに、裾がボロボロのチェックのスカート。靴に至っては両足共靴底が剥がれ、足先が見えているといった様相……この少女は……?



「……お父様……この有様……は……」



その後少し俯き、スーツ姿の男に連れられその場を後にする。

ゆっくりと歩く少女を追い抜き、足早に町から逃げるような印象。


アメリアは時折振り返り、その少女の今にも倒れそうな足取りを見つめていた。




※※※




「これはこれは! ……プレジデントのご息女がこのような所へ……」


「初めましてエドワード卿。アメリアと申します。以後お見知りおきを……」



齢十未満とは思えない振る舞いに、エドワード卿と呼ばれた男性が嘆息する。西国では一般的な金髪碧眼という容姿だ。

彼はすぐにアメリアを屋敷内、その応接間まで案内をする。



「その齢にしてひとつの町を……いやはや、愚息も見習っていただきたいものです」


「いえいえ。お飾りでしかありませんので。それにしてもご令息がいらっしゃるのですね。……一度お会いしたいものです」



軽く雑談を交わし、そろそろ本題に入る空気となる。



「この地は、エドワード卿の一族が代々治められているとお聞きしました」


「そのとおりです。……ですが、現状はご覧の有様です。もうあの町を……救う手立てはないでしょう」



『工場の所為』とは直に言えない。少し含みを持たせるような言い方。

ここでアメリアは考える。



(この方は……町に住む人々の事を想っているように見えます。そうでなければ、下手をすれば反逆と捉えられかねない今のような発言はしません……しかも私に向かって。ですがどう見ても、被害を食い止めるのはもう手遅れ……)



もっとも、特にその発言を問い詰める気はない。彼女のまた、現状の町に思うところがあるのだ。

既にエドワードにも話が付いていたのだろう。その後は現状や今後のことを話す。



「それでは。三ヶ月という短い期間ではありますが、よろしくお願い致します。不明な点等あればこちらに伺わせていただきます」


「分かりました。なんなりとお申し付け下さい。それでは」



最後にそのようなやりとりをし、屋敷から離れるアメリア。

だが少し疑問があるようだ。



「エドワード卿の下でお世話になる訳にはいかないのですか?」


「……おそらくは問題ありませんが、比較的町に近いということで念のため……」


「随分と過保護なのですね。……まあお父様がそう決められたのであれば仕方ありません」



馬車の中で、スーツ姿の男に疑問を投げ掛けるが、概ね予想通りの答えが返って来たのだろう。少しだけため息を吐く。


そんなこんなで、場末の町のひとつを任せられることになったアメリアだが……?




※※※




「……」



後日、今回特別に用意されたそれほど大きくない屋敷の中で、暗い面差しの彼女。



(毎日毎日……死者の報告ばかり。気が滅入ってしまいます……)



町を任されると言っても、特段あの場所で何かがある訳ではない。町としての機能は既に持ち合わせておらず、ただ日々を工場の公害に悩まされつつ過ごしているだけの者ばかり。

よって報告するものもされるものも基本的に存在しない。

あるのは工場の稼動状況や生産数などの、町とはそれほど関係のない内容が大多数なのである。



(それにしても……お父様は機密と言っておられましたが……あの工場は一体何を作っているのでしょう? ……まあお飾り管理者が知る必要はないのですが……気になります)



そう思うと、アメリアは傍に居たスーツ男に声を掛ける。



「ご質問なのですが……」


「はい。如何なさいました?」


「町の中にある工場……あれは何を生産しているのでしょう?」


「アレは兵器工場です。アンナ=メリアはここ十数年でその領土を拡大して参りました。まだ国境では小規模な戦闘が頻発しております故……」



アメリア、この内容に疑念。



(あの町を見て少し調べましたが……アンナ=メリアのあらゆる町にこのような工場があると知りました。そんな小規模な争いに、そこまでの施設が必要なのでしょうか……? それに……この回答……)



すんなりと答えるスーツ男にも疑いの眼差し。つまり、今の答えは予め用意されていたものだと勘ぐる彼女。



(ですが……これ以上何かを聞こうとしても無駄でしょう。それに……私の動きは逐一お父様に知らされている筈……あまり心配は掛けたくありません……)



工場の存在が、町の住人の命に直結しているのはこれまでの通りである。よって、もしアメリアがそれを最優先に考えるのであれば、そんなことを考えている暇はない。

だが彼女は父親であるプレジデントを優先する。唯一の肉親であることからこの判断は責められないのだが、『あまり心配を掛けたくない』と言う辺り、町に対してそれほど逼迫した気持ちはないようだ。




※※※




―二ヵ月後―



町の管理を任されて二ヶ月。これといって何か問題が起こるようなこともなく、淡々と毎日が過ぎていく。

時折町の様子を見ては愕然とするも、特に町の住人に対して何かをするようなことはないアメリア。下手に接触をして、情が沸くのを避けているような印象。



(……任期が終われば、直ちに町の者を工場の影響のない場所へ移すようお父様に掛け合いましょう。小競り合いをするにも人材は必要です。むざむざと見殺しにする理由などない筈……お父様ならこの程度気付きそうなものなのに……)



やはりプレジデントには異変がある。そう思わずにはいられない彼女。



(貴族たちが住まう場所は公害の恐れがほぼありません。まだ影響のない、そして開発されていない土地はたくさんあります。そこを特区として国民を避難させるのがいいでしょう)



そして、自分なりに案を捻り出す。もはや齢十未満の少女の発想ではない。

ある程度方針が定まったのか、今度は書斎机に置かれた束ねられている資料に目をやる。



「……」



それは本日の死者の資料。

ため息をつきながら一枚二枚とめくり、とあるページで手が止まる。



(……私とそう年齢の変わらない女の子まで…………え?)



何かが目に止まったようだ。軽く触れている程度だったが、両手で取り凝視する。



「エドワード卿の屋敷で……? どうしてこの子だけ……? 誰かが運び込んだ……?」



通常、町人の多くは野たれ死ぬ。

他の町へ逃げても環境は変わらない。そもそも西国は広大。隣町までがあまりに遠すぎる為、大多数の者は今の環境で何とかしようと考える。もっとも、考えている間に身体が動かなくなるのだが。


隣町まで行こうとせず、自然の中で生きようとする者も少なくないのだが、工場の影響で広範囲に渡って草木が生えていない、または枯れている為どうにもならない。

かと言って環境の良い貴族の住まう地区に赴けば、中枢の関係者に放り出されてしまう。


つまり選択肢がない。

その事から、町人は上流階級に強く恨みを持つ者が大半であり、貴族の家に病人が運び込まれることなどありえない。だからアメリアは疑問に思う。


もっとも、ただ疑問に思っただけ。


少し考えたものの、これといった答えが出ない。そして、そこまで強く興味を惹かれた訳でもない。


それ以上は特に何も考えず、資料をそっと置くアメリア。

これから他の資料にも目を通すのだろう。まだ椅子に座ると、書斎机から顔しか見えない程度の幼子の形であるにも関わらず、その面差しは既に中枢の要人である。


いや、心も既に要人となっているのだろう。とても悪い意味で。


何故なら、人の死が強い恨みを生むかもしれない……いや、今確認した()()()()()()()()()()()()()()により、()()()から凄まじい恨みを買う結果となったことにまるで気が付かないのだから。

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