第28話 取引
「ムリョウ……? 時を……さまよう……?」
「クク、名乗っただけだ。何をそんなに震える?」
気が付けばゴウダイの部隊は攻撃を止め、イズミたちとムリョウのやりとりに釘付けとなっている。
だが、この空気を打ち破ろうとする者が一人……
「能面!!!! 覚悟!!!」
ゴウダイ本人である。目標を目の前にして、手も足も出ないのでは華武羅番衆の名折れ、また自分を前にして無視を決め込むムリョウに憤りを感じたのかもしれない。
両手を炎で真っ赤に染め上げ、これまでになかった形相で襲い掛かる。
「……」
彼は攻撃のモーションに入るが、ムリョウは反応しない。
イズミより実力で上回るゴウダイ。その攻撃は彼女を凌駕する筈なのだが……
「忍法…!!」
ー双蓮火!!ー
身体の前で、炎を纏う両手で素早く円を描くと、寄り添うように螺旋を描く二つの炎が放たれる。
「ゴ、ゴウダイ!?」
「何と言う……火力ですか……」
彼から最も付近にある木々や、茶屋の屋根の庇が自然発火する。それほどの火力だ。
イズミたち、他の忍たちはすぐに気を纏い、受ける火力を軽減する。
それでも動かないムリョウ。もちろん直撃は免れない。
ドォォォ――――ン!!
「うわあ!!」
「な、何と!」
「ぽ――――ん!」
攻撃の命中が分かっていたのにも関わらず、その爆発音に驚愕するイズミたち。
要するに、ここまでの火力をかつて経験したことが無いのだろう。
「……直撃だ。忍相手でも、骨すら残さない自信があるんだがな……」
大技を放ったゴウダイ。しかしその表情は優れず、言葉の節々にも自信の無さが垣間見える。
もうある程度勘付くところがあるのだろう。
やがて爆発で生じた煙も晴れる。するとそこには……
「さてイズミ、本題だ。貴様は西へ行くのだろう?」
やはり、何事も無かったように振る舞うムリョウ。
「……」
「……」
「……」
「……」
一同言葉が出ない。
「ごぎょうで不審な動きがある。私が対処してもいいのだが、暫くは忙しくてな……貴様が片を付けろ。放っておけば肥大化し、面倒なことになる」
「……」
あらゆるものに目を暮れず、言ってのけたのはイズミへ指示。
まだ呆然とする彼女だが、ムリョウの言葉を反芻することが出来たのか、やがて怒りの様相を示す。
「ど、どうしてボクがそんな事をしなくちゃいけないんだ! ふざけるな!!」
「そう言うな。強くなるという観点では、お前にとって非常に有意義だぞ? それに、西へ向かえば自然と巻き込まれることになる」
「誰がお前の言う通りなんかに……!! ……あ……」
怒り爆発寸前のイズミだが、何かを閃いた様子。
「……いや、行ってやっても構わない。だが質問に答えろ。お前の目的は何だ!」
「クク、取引のつもりか。まあいいだろう」
つまりは『引き換え』。少しでも情報が欲しい、戦う理由を知りたいイズミからすれば、これでも等価交換なのだろう。
ムリョウは少しだけ間を置いて、これまでより強い口調で言う。
「貴様は空に浮かぶ亀裂を見たことがあるか?」
「亀裂……? き、亀裂……」
その一言で、理由は分からないが彼女の動きが完全に停止する。
「きれ……つ? 亀裂……ヒビ? ヒ……ビ……」
イズミの様子がおかしい。
ムリョウの一言をきっかけとして、かつての夢の状況が浮かび上がる。
ーそして空にはヒビが入り、辺りは終末感漂う荒廃した大地へと様変わりしたー
「あ、あ……サイ……ゾウ……」
「! ……む?」
「ヒビ……西……」
イズミの目は虚ろとなり、額に手を当てふらふらとし始める。
口からまろび出る言葉は単語のみで、意味も分からない。ムリョウはそんなイズミの変化を注意深く観察しているようだ。
「イズミさん! 大丈夫ですか!?」
「ヒビ……サイゾウ……」
「サイ……ゾウ?」
すぐさまイズミに寄り添うトム。肩を持ち、身体を支える。
そんな有様でも、ボソボソと単語を発する彼女を心配している様子だ。
「そうか。生きていたか……サイゾウ。イズミの居場所を突き止めるのに苦労する訳だ」
何か納得した感じがあるムリョウ。これまで彼女を見つけられなかった理由に関わるようだ。
続けて彼は話す。
「今日のところはもういいだろう。貴様もその体たらくではな。話はまた今度だ」
そう言うと、以前のように去るような素振りを見せる。
「ま、待て……」
気が付いた……いや、正確に言うなら我に返ったイズミ。
ムリョウは最後に、その能面を彼女に真っ直ぐ向け言い放つ。
「もうここには用はない。貴様は……そうだな、おのずと通ることになるであろう道を二つ通ることだ。まもなくひとつ目の道が見えてくる。従って進め……力の道筋にな……」
その後彼は振り向くことなく、以前の如く消え去った。
「力の……道筋……?」
景色がぼんやりしているであろう最中、イズミはムリョウの残した言葉を噛み締める。しかし、何が原因か思考がまともに働かない。
まもなく彼女は、その言葉を最後に意識を手放した。
※※※
「ぽん……」
現在、一行は茶屋の一室。
布団に寝かされ、未だ目を覚まさないイズミを案じてぽん吉が隣で寄り添う。
「まるで通じなかった……俺を歯牙にも掛けんとは……クソ!」
その場の責任者としての矜持があるのか、ゴウダイも付き添っている。彼女を視界に入れつつ口惜しさを述べる。
そんな彼を見て、トムは特に表情を変えずに口を開く。
「仕方アリマセンよ。相手が悪過ぎマス」
「……? その口振りだと、ヤツを知っていたのか?」
「ハイ。まあ、西国でチョットした事がアリましてね……」
重要参考人としての立場でこの発言は、自ら関わりがある事実を明かしており本来致命的である。
しかし、イズミたちとムリョウとのやりとりを一部始終見ていた者であれば、その関係が『お互い存在を認識しているものの味方同士ではない』と結論付けるのは容易だろう。
「トコロで、あなた方ノ目的は能面ダッタのですネ」
「ああ。頭領より、討伐若しくは捕縛の任務を賜った。しかし、今の今までまるで情報が無くてな。藁にも縋る思いで調査に来ていた訳だが……まさかこのような形で……」
「ナルホド。組織としても彼ノ存在は把握シテいた、と」
「正確には頭領のみ存じ上げているようで、俺も詳しいことは分からん。まさかあれほどの手練だとは……これは持ち帰って洗いざらい報告だな」
ガイト、ケイユン戦後という藁に縋った結果、ムリョウと邂逅した訳である。
「我々の扱いはドウナルのデショウ?」
「ああ、まさか本当の意味で重要参考人とは思わなかったが、少なくともお前たちの立場から見て、敵味方で言えば敵であることだけは把握した。ただ、関わりがあることは間違いなさそうだからな。はこべらに付いたら、もう少し掘り下げた話を伺いたい」
「モチロンです。ただ……」
神妙な顔つきをするトム。
「可能な限り具体的な情報提供をサセテいただきますガ、話せないコトもアリマスのでそこだけはご了承クダサイ」
「……分かった」
トムも謎の多い人物である。情報提供をする最中、相手に知られることで何らかの問題が起こる可能性を懸念しているのだろう。つまりは念押しである。
トムとゴウダイの会話が終わり、また静けさが訪れる。
外はすでにとっぷりと日が暮れており、家族が食事を終え談笑をし始める頃合だ。
一向に目を覚まさないイズミ。もう潮時と思ったのか、ゴウダイが立ち上がろうとしたその時、
「あのよ」
リュウシロウが口火を切る。
「どうした?」
「一揆でムリョウ……だっけ? アイツの存在を知ってんのは頭領だけなのか?」
「そうだ」
リュウシロウの目が一際鋭いものになる。
「普通さ、末端とか諜報員が情報を仕入れてお上に提供して、組織として把握していくのが流れじゃね?」
「そ、それはそうだが……」
「何でいきなりてっぺんから情報提供がなされるんだよ」
「俺も疑問には思った。まあ、お上はお上同士の繋がりがあり、そこから通じたのではと考えたんだが……」
「それは無えな。一揆以外に東国でお上って言えるところは、ごぎょうの腐れ神社しか思い付かねえ。だが、一揆と腐れ神社は死ぬほど仲が悪い。となると、頭領とやらは裸の殿様って訳だ」
「……リュウシロウと言ったか……ここには俺だけしか居ないが、立場上その発言は許さ……」
「黙って聞いてろ。じゃあ何で、あの神出鬼没のムリョウの存在が把握出来たか……考えられるのは二つ」
ゴウダイの制止を振りほどき、リュウシロウは自分の考えを述べ続ける。
「ひとつ目は、一揆が西国と繋がってるって可能性だ。あの野郎の言い回しとトムが知ってたって辺り、西国もあの野郎を把握してんだろ」
「それはありえん。西国が我々に接触を図ってきた際、魔術の普及を持ちかけられたが即座に突っぱねている。それ以来接触はないし、むしろ一触即発の状態だ。一揆単体で考えれば、西国との関係は最悪と言ってもいい」
「だろうな。その辺りは俺ですら知ってることだ。まあ、それでもお上だけは繋がってるなんて話も少なくねえし、可能性としてありえるが……トップ直下の華武羅番衆がそう言うんなら、まあそうなんだろうな。説得力としては十分だ」
西国の話題となった時点で、トムから何らかの発言があってもいい筈なのだが、彼は正座で目を瞑り閉口している。
「で、ふたつ目……これが本命だ。あの能面野郎が神出鬼没なのはご存知のとおりだ。何処にでも突然現れて、突然消えやがる。何の忍術を使ってるのかすら分からねえ」
「そうだな。消えた後、ヤツの居た場所から何の残滓も無かった……まるで最初からそこに居なかったと言っても、納得してしまいそうだ」
「だろ? そんな野郎だ……直接頭領に押しかけて、何か取引を持ちかけた……ありえるぜ?」
「!!」
思わず顔が引きつるゴウダイ。一方で、ここまで目を瞑って沈黙していたトムは、既に目を開いておりいつまでもリュウシロウを見続けていた。




