第27話 その名はムリョウ
なずな町を出て四日目。
すでに一行は、後一日ではこべら町という所までやって来た。
「お前は筋がいい……いや、良すぎる。よほどお前の父は優秀な忍だったのだろうな。先日は勝ちを貰ったが、今では華武羅番衆の一人として危機感を持ち始めているくらいだ」
「ありがとう……うん! 父上はすごい忍だったんだ!」
度重なるイズミとの会話で、ゴウダイはしっかりと彼女の軌跡や生い立ちなどを記憶していたのだろう。彼女を上手く持ち上げる。
もっとも若干鼻の下を伸ばしていることから、イズミとその親族を上げ自分を落として好感度アップ! みたいな狙いがあるのかもしれず、結果的に上手な言い回しになっただけの可能性が否定出来ない。
一方で……
「何カ我輩たち、アウト・オブ・蚊帳デスネ」
「ぽん~……」
「そこは蚊帳の外でいいだろ!? いちいち分かりにくくすんな!! で、ぽん吉は今の言葉の意味分かったのかよ!? 今どきの忍狸すげえな!」
先日の戦いの後から、ゴウダイが妙にイズミに対して積極的になり、自然とリュウシロウとトム、ぽん吉が弾かれてしまっているようだ。
「まー、ほっときゃいいんじゃね?」
「な、何を言い出スんですカ……ほっといタラ、ゴウダイサンにイズミサンが取られてしまいマスヨ?」
「いいんじゃね? アイツら二人共強えんだし、強え者同士で引っ付くのは自然だろ?」
「な、ナ、な……」
何となく、諦めたような口振りのリュウシロウ。『強さ』に思うところがあるのかもしれない。
しかしトム、一方的な解釈をしたようで、白い肌がみるみる紅潮していく。
「今ノハ聞き捨てナリませんよリュウシロウサン!!」
「な、何だよ!?」
「惚れた女を手に入れるため、並居る障害を乗り越えてこそ男! 通すべき筋を通すのが男ってぇもんでしょ!!!!」
「惚れてねえし、手に入れる気もねえし、障害とかどうでもいいし、通すべき筋がそもそ見当たらねえよ!!! で、また言葉戻ってんぞ……」
最後の言葉は小さく、トムには聞こえなかったようだ。
さらにリュウシロウは誰にも聞こえないように呟く。
「きっと力がありさえすりゃ、障害とやらも筋とやらも……いや、どんな事でも無理矢理押し通せるんだろうな」
※※※
その後、はこべら町までの街道沿いの、最後の茶屋が見えてくる。
時刻は夕方。茶屋も茶席を片付け、宿泊客への対応をし始める時間なのだが、一人客が残っているようで未だ昼の様相をしている。
「なんだ、まだ客が残ってる……あれ?」
「ドウシタんですか? イズミサン」
イズミの足が止まる。
それに釣られてか、まだ少々茶屋とは離れているのだが、ゴウダイとその部隊も皆少しずつ足を止めていく。少々足を止めるのが早かったようで、トムは疑問を抱いたようだ。
「……」
「おいイズミ、ここで足止めんな。何やってんだよ」
立ち止まり、じっと茶屋の方向を見つめる彼女。
リュウシロウが、そんな彼女に歩を進めるよう促す……が、反応がなく呆然としている様子だ。
「イズミ……? 何かあんのか? ただの茶屋だけどよ……」
異変のあるイズミを見て、彼も茶屋に視線を送るも何も感じないようで、やはり頭に疑問符が付く。
同じくゴウダイや他の忍たちも茶屋を見るものの、特に変わったところはないようで沈黙する。
「客がまだ居るな。しかし、今の時間から東に向かう気か? 危険だ」
その中でゴウダイは、茶屋にたった一人居る客に焦点を合わせ口を開く。どういう訳か止まってしまっている空気を攪拌したいのだろう。
あくまで、今の不自然な空気をどうにかするための発言だったようだが、本音のところその客が気になった模様。
ゴウダイはその客の身を案じ、歩み寄っていく。後姿しか分からないが、すげ笠と廻し合羽、脚絆、足袋という格好の一般的な旅人のようだ。
しかしその光景を見ているイズミとぽん吉の様子がおかしい。
「はぁ……ふぅ……な、何だこの感じ……?」
「フ――――! ……フゥゥゥ――――!!」
胸が締め付けられたような感覚があるのか、彼女は突然胸を押さえ必死に呼吸を整えようとしている。
ぽん吉はひたすらその客に向かっていななくのだが、ぽん吉がいななく相手とはつまり……
「失礼。旅のお方か? そろそろ日が暮れ……」
ゴウダイがその客に話しかけた瞬間、イズミは何かに気が付き叫ぶ!!
「そいつから離れろ!!!! ゴウダイ!!!!!」
「何? どういう事だ? この客がどうかしたのか?」
彼女の言葉が終わると、旅人は立ち上がり振り向く素振りを見せる。
「え?」
「なんだアイツ……」
「え? え? え?」
「姿が……」
その際どういう訳か少しずつ様相が変化する。忍たちも騒ぎ出し、今ここに異変が訪れていることを認識し始める。
そして振り向き終わった頃には……
黒衣に能面の出で立ちとなる旅人。
「!!!!」
ゴウダイは素早く身を引き、距離を取る。
「あ、あ……」
イズミは見開き、瞳孔が拡大する。たちまち拭いきれない汗と足の震えが現れ、以前のことを否応なしに思い出してしまう。それもその筈、相手が被る能面は……
般若なのだから。
「般若!!!!!」
「……!」
自然に居た。風景に溶け込むように、当たり前のようにそこに居た。
なお同じくその場に居るリュウシロウも反応する。
(な、なんだよコイツ……なんでいちいち俺を見るんだよ……怖ぇってレベルじゃねえぞ)
般若、何故かリュウシロウを一瞥する……が、その行動原理は不明だ。何か目的があるのだろうか?
そしてまもなく、改めてイズミに視線を置く。
「以前会った時よりも成長したようだ。半月も経っていないのだがな……才能とは恐ろしい。しかし……」
周囲には多数の忍、さらにはゴウダイが居るにも関わらず、何もそこには居ないかのようにイズミに歩み寄る般若。
「ガイト、ケイユン程度の二人掛かりに苦戦しているようでは、まだまだ話にならんな」
「!!」
凍りついた場。しかし般若の一瞥と一言でゴウダイは我に返る。
「目標だ!!!!! お前たち! 周囲散開しつつ距離を取り攻撃! 捕縛は可能であれば、だ! 危機と判断したなら離脱しろ! 命を粗末にするな」
他の忍たちに指示を与え、臨戦態勢に入る。
実のところ、部隊の忍たちも腕利きばかりのようで、指示とほぼ同時に散開、攻撃または捕縛に移る。
(……目標……? ゴウダイたちの狙いも……般若……?)
ゴウダイの発言からすると、どうやら今回の任務は『般若の討伐、または捕縛』であることが伺え、イズミはそれを察する。
「はあ!!」
「喰らえ!!!」
「忍法……」
「しぇああああーー!」
配置に付いた二十人以上の忍たちは一斉に攻撃を仕掛ける。
般若の身体には忍法と思われる鎖が絡みつき、土がぬかるみ足を取り、右腕は凍りつき左腕は燃えているという、一人の人間に対して考えられる最大のダメージを与えていると言ってもいいだろう。
だが……
「早く強くなってもらわねばな……私としても困るのだ」
まるで効果がない。それどころか、やはりそこには何事も、何者も、まるでそこにイズミしかいないような振る舞いを続ける。
「ガイト、ケイユンより情報は得ている。本来であれば申し分ない、いや想像以上の成長度なのだがな。諫言ばかりですまない……おや?」
彼女以外に興味が無さそうな般若だが、珍しく視線を変え興味を示す。
「……」
「何処かで見た顔だと思えば……いつも邪魔立てする西国人か。そうか、東国へ来ていたのだな」
般若の視線の先にはトム。しかし彼は話し掛けられるも、思考が停止したかのように棒立ちしている。
「貴様の事はよく覚えている。西国人の中でも異彩を放っているからな……ククク」
「!! マスクマン……まさかあなたとこんな所で……」
般若に話を振られ、ハっとなった後に反応したトム。様子を伺うに、般若と面識があるようだ。
「そうかそうか。貴様もイズミと共に……面白い。私に都合良く事が進んでいるようで何よりだ」
「どういう……事ですか?」
能面のためにやはり表情は分からないが、声に高揚感が見られる般若。当然ながらトムにはその真意が分からない。
「強者は強者と引き合う。さすればイズミは学び、揉まれ、折られ、倒れ、さらに成長するだろう。かつての私がそうだったように」
「私に……その役割を担え……と?」
「貴様だけではない。貴様が居ることで、イズミは自身より強者と出会うことになる。つまり近道ということだ」
「はは、パーツ扱いですか……相変わらず身勝手な人だ」
ここで固まっていたイズミがようやく口を開く。
「お前は……一体何者なんだ……?」
疑問は極めて多い。しかし、緊張感で押し潰されそうなイズミは考えがまとまらない。
これがギリギリの精神状態で、かろうじて振り絞った末にようやく出た言葉だった。
「ふむ。そろそろ名乗っておこうか。いつまでも般若では、な?」
両手を開き、少しおどけた素振りを見せる般若。どこまでが冗談なのかは分からないが、少なくとも現在、極度の緊張感が漂う空気であることには変わりない。
「……私の名はムリョウ。永劫の時を彷徨う者だ」




