第254話 スザクの思惑
―ごぎょう神社―
以前の戦いで破壊された建物やその周囲の修復も済み、今や従来通りの佇まいとなっているごぎょう神社。
既に時間は夕暮れ。そこの拝殿から居住区へ繋がる、大きな庭が見える渡り廊下でその男は居た。
「……」
スザクだ。
かつて末弟であるリュウシロウの命を狙い、東国のみならず西国までを支配しようと企み、文字通り悪魔に魂を売ったあの男。
長身で痩せ型、鋭い眼に赤い瞳に燃えるような深紅の髪は健在である。だが、どういう訳か白の上衣と白の袴を着用している上に、落ち着いた様子で腰を掛けているようだ。
どうにも、一見これまでの雰囲気と異なっているように見える。なおそんな彼に近付く一人の青年……
「おい、スザクさんよぉ。そこに居ちゃ困るぜ。早く部屋に篭っててくれ」
なんと、それはライト。
華武羅番衆の一人、雷を担う彼がスザクの御目付け役か。
「ああ、すまないライト君。夕暮れが美しくてな……つい見入ってしまった」
「……分かるけどさ、悪いけどこれも決まりだ」
彼に急かされると、スザクは笑みを浮かべて素直に指示に応じる。
おそらく移送後、ライトを筆頭とした一揆の面々が監視をしていたのだろう。二人は見知った間柄のようだ。もっとも、ついこの間までは命のやりとりをする者同士だった訳だが。
(……今日も異常はなし……か。ま、気脈も潰されてっし、何も出来ねえって言った方が正しいか。あの問題児たち以外は何事もなさ過ぎて拍子抜けだぜ……ん?)
彼自身、手配書まで回り能面の次に危険人物として扱われるこのスザクという男が、ここまで従順であることが意外の様子。なお、さらに廊下を歩く二つの影……
「……チッ、お前らもだよ問題児たち。さっさと自室に引きこもってろ」
あからさまに不機嫌になるライト。それもその筈、現れた二人はハフクとゲンゾウ。問題児たちとはこの二人のことなのだろう。
ゲンゾウに至っては自身を実際に殺そうとした人物……自然と態度に現れるものだ。
「ああ? 分かってるっつーの。いちいちうるせえんだよ」
「そーそー。あたいたちが大人しくしてるからって、ちょっと調子に乗ってんじゃないの?」
この二人は相変わらずである。
だがライト、そのまま面差しを変えずに手を印を結ぶ形にする。
すると……
「ぐ!? ぐううううう!?」
「あう!?」
二人に電撃が走る。火花が飛び散ったことから、相当な力であることが伺える。何かしらの措置を施してあるのだろう……二度と暴れられないように。
「さっさと行け。スザクはいいとして、お前らの言動は目に余るんだよ。……マジで再起不能にすんぞ」
「ケッ! ……この間ぶち殺されそうになった仕返しってか? はん! 俺らが手ぇ出せねえのをいいことにいたぶるとか、マジでちっせえヤツだな!」
ゲンゾウのカチンと来たか、ライトはさらに眉を吊り上げる。
「あー? 俺にくっ付かれて泣きべそかいてたのは誰だよ? 情けねーの」
「あ゛あ゛!? テメー……もう一回あの時みたく……」
だが即座に切り返す。青筋が立ちまくるゲンゾウ。彼がそのままライトに向かって行こうとしたその瞬間。
「ゲンゾウ、やめないか」
「!」
スザクが静かに一言。ピタリと歩みを止め、苦悶の面差しのゲンゾウ。既に印を結び、制裁を与えようとするライトの手が引っ込む。
「……ケッ! 命拾いしたな!」
「そりゃお前だよ。鎖で繋がれたようなモンなのに歯向かおうとしやがって……考える頭がねえのか」
「……っ」
怒りの形相で睨みつつ、ゲンゾウはハクフと共にスザクの後に付く。
それにしても、このシチュエーションもライトには意外だったようだ。
(スザクってあんな物腰だったっけ? まあ、この問題児二人を諌めてくれるのは助かるぜ……ゲンゾウに至っては、このままじゃあ電撃で殺しかねねえしな……)
そしてライトもその場から離れ、同敷地内にある詰所へ戻るのであった。
※※※
―その日の晩―
自室に一人、座布団に胡坐をかき目を瞑りながら座り続けるスザク。周囲にゲンゾウとハクフが居ないことから、普段は意図的に引き離されているようだ。
しかし……
―兄上! いつまで大人しくしてなきゃいけないんだよ!! あの野郎……絶対ぶっ殺してやる……―
周囲から声は聞こえない。これは彼の中で鳴り響くゲンゾウの声。
術か何かだろうか? それとも……
―もう暫く待て。いずれここにリュウシロウがやって来る……奴を確実に始末出来る状況になるまでな……―
スザクはイズミでなく、未だリュウシロウが目的?
彼の動向の把握については、おそらくタメゴロウやシュゼン、若しくはその配下からの情報なのだろう。
―でもさお兄ちゃん、もうリュウシロウなんて今更……それよりもあの西国人とゴウダイを……―
ハクフも同じように話せるようだ。これでは隔離をしている意味がない。一揆側も、このきょうだいが念話など出来ることを知らないようだ。
―分かっている。リュウシロウを始末すれば、向こうから現れることになる……優先順位を誤るな―
スザクがそう言うと、二人は押し黙る。
やはり根っこは変わっていなかった。物事をひとつずつ、確実に推し進める為に、余計な手間を掛けないよう振る舞っていただけなのである。
彼は思案する。
(……忌々しい……何故あのクズの周りには手練ればかりが集まる……? ……やはり奴を初めに始末し、一味を瓦解することが先決……それで自然に奴らは……)
「ククク……後は各個始末していけばいい……ククク……」
この男の目的はイズミでは無かった。
付けねらう目的は以前と異なっているが、今もなおリュウシロウに拘る。最終的には一味全員なのだろうが、末弟を最優先としている。
そして同時にリュウシロウの推測が外れていることになる。よって、彼は自分自身が危険であることに気付いていない。
だが彼の思考では仕方がないだろう。自分には力がない、無能という前提があるのだから。
―スザク様……―
「!」
ここでゲンゾウ、ハクフではない別の声が頭に響く。
若い男性の声。それ以上は分からない。
―テッシュウか。どうした?―
―リュウシロウとその一味が、まもなくごぎょう町へ……―
「……」
行動は既に筒抜けである。
フウカやアメリアら兵たちの目を掻い潜り、偵察が出来る程の力量……侮れない実力があるのだろう。若しくは、やはり悪魔の力を駆使しているのか。
―よし、残りの七魔連を集めろ。……幸い、一揆の馬鹿共は節穴だらけだ。何処へでも潜んでいればいい―
―はっ……!―
そう言うと声が止まる。
だがスザク、少しばかりの疑問があるようだ。
(しかし、あの程度の戦力でここに来ようとするとは……私の力は知っている筈だ。あの女が居ない状況で……何を企んでいる? 奴のことだ……戦力をひっくり返す何かを考えているだろう……それを見抜けなければ同じ轍を踏む恐れがある……やはりアレが狙いか?)
あの女とはイズミのことだろう。そして、彼女が居ないことは現時点で割れている。
なおスザク、以前のようにリュウシロウを侮っていない。最大限警戒すべき敵のような扱いである。
自身の力を持ってしても、他のきょうだいが居る状況であっても、さらに新たな戦力を得ていても、それをひっくり返してしまう秘策を持っているのではないかとすら考えている。
それはリュウシロウへの評価となるのだが、当の本人からすれば従来通り侮っていて欲しかったところだろう。
根本的な部分は変わっていないスザクだが、彼の慎重さが心の成長を生んでしまった。おそらく以前のままであれば、リュウシロウを発見するや否や追手を放っていただろう。
さて、彼のこの采配がリュウシロウにとって吉と出るか凶と出るか……それはまだ分からない。
(……もう貴様を侮らん。必ず……必ずここで始末してやる……最も残酷な方法でな……)
「ククク……ハハハハハハ!!」