第249話 思案する悪魔
「むう……体が動かん」
地面に寝そべるのは白丸。ベリアルとの戦いで気、体力がほぼ空になってしまったようだ。
(やはり人間の力だけでは無理がある。如何にして宝玉を砕くかが、引き続き今後の課題だな……)
空を見上げながらボーっとする彼女。体が動かない以上、考え事をするしかないのである。
(……リュウシロウなら良い案が出そうだが……早く帰って来て欲しいものだ。しかし、何故誰も行き先を知らんのだ……まったく)
イズミか誰かから話を聞いたのだろう。
だがリュウシロウはもう帰って来ない。でも白丸はそれをまだ知らない。
(あ、でも……あの時の約束……どうしよう? ……妾、すごいことを言ってしまった気が……)
一度、皆と離れた時の記憶が蘇る。その瞬間、顔を赤くしてしまう。
十分な決意と覚悟を持っていた筈だが?
(いや、女が一度言ったことを反故にするのは……大天狗の名が廃る!! ……しかし、うーん……ルークが…………………………ん?)
考え中に、突如現れたルークの名前。そこで彼女の思考が止まる。
「な、何故そこでルークの名前で出てくるのだ!!!」
「うお!? ……い、いきなり何を言い出すんだお前は」
大声を張り上げてしまったタイミングで、ミナモと別れたゴウダイが現れる。
「む? ゴウダイか。そうか、さすがだな……あの子ども悪魔を倒したか」
「いや違う。倒したのはミナモだ」
「……何?」
ここでゴウダイ。事の経緯を説明する。
※※※
「なんと……!? 三文字……だと……?」
「フフ……もはや我々の中で最強格だ。上手く行き過ぎているがな。ああ、それともうひとつ……」
地面に大の字で寝ながら驚く白丸。本当に動けない様子。だが彼女は妖怪、回復は早いものと見込まれる。
ゴウダイは引き続き何かを言いたそうだ。
「すまないな白丸……最初にミナモを切り離したのは、その身を案じてくれたのだろう?」
「たわけ。戦力外は不要だっただけだ。……し、しかし今となっては……むむむ……」
「フフフ……」
最初にルークを連れて離れろと言った白丸の采配。ミナモを気遣ったと彼は感謝をする。
肝心の白丸は、首だけをゴウダイの反対方向に向けているが。
「さて……そろそろトムの所に向かいたい。立てるか?」
「妖怪を侮るな。この程度……」
動けない。動かない。
「ふん! ……てえい! …………はあ! ……………………てやあ!」
そうして、ようやく指の一本だけが動く。白丸は汗をかきながら、口をVの字にしている。
ゴウダイはやれやれといった感じである。
「分かった。もう暫く待とう」
「ぐぬぬぬぬ……なんという屈辱」
※※※
一方でイズミとサイゾウ。
「おかしい……」
「どうしたの?」
何やら異変を感じ取っている彼女。問い掛けに対して、眉間にシワを寄せる。
「戦ってる最中は気付かなかったけど、トムの気勢が感じられなくなったんだ。……ていうか、ルークも来てるだろ。たぶん……戦ってる」
「え!? ルーク君が!? ……まだ傷は癒えていない筈だ。どうしてそんな無茶を……」
「きっと胸騒ぎがしたんだ……だからルークは…………む!」
イズミ、目線の方向で何かが起こっていることに気付く。
その為か突然気勢を上げ……
「イズミちゃん!?」
「壮烈拳技!!」
―砕破鉄芯!!―
なんと、いきなり術を放つ。
※※※
「……ぐ……」
新たなジュエルクロスも砕け、ついに地に伏せるルーク。
そこへゆっくりと、アスモデウスが近付く。
「……妙な奴だ。あれほど傷を負ったにも関わらず、ここへ来て力を増すとは……」
異常と言えるほどの気勢を放ちつつ、その絶望へのカウントダウンとも言える歩みを進める悪魔。
「貴様は危険だ。……我らには考えられん何かを力にする。よって……この場で始末させてもらおう。そこの男共々な」
アスモデウス……この戦いだけで、ルークの性質をある程度見抜いたようだ。直ちに危険と判断、そして侮らない辺り、他の悪魔たちと一線を画していると言えるだろう。
もっとも、気持ち次第で直ちに殺せるにも関わらずそれをしないのは、やはり人間を強く見下しているという前提があるからだと言える。現に今も、それほど急いだ様子はない。
そして、その手にこれまでとは大きく異なる、燃え盛るような黒い膨大な気を灯す。
「……では死……む? なんだ!?」
とどめを刺そうとした間際、何かに反応する。
「こ、これは!? ……うおおおおおお!!!」
やって来たのは……そう、イズミの砕破鉄芯。
手に灯した黒を、雄たけびと共に迎撃に費やす。
一旦は受け止めるアスモデウス。だがその面差しには焦燥感。
(なんだこの攻撃は……!? な、なんというパワー……!! やむを得ん!!!)
「ふん!!!!!!!!!!」
放った相手……つまりイズミに返すつもりだったのだろう。しかしそれは敵わず、攻撃を逸らすという手段に変更したようだ。
砕破鉄芯はアスモデウスに僅かに逸らされ、そのまま空を駆けて行く。
(……あの……女か。たしかにアレは、アスタロトでは荷が重い。……ならば私が……)
イズミと断定している。今の力で把握出来たか。
彼が思案している間に、彼女たちが到着する。
「トム!! ルーク!!」
「……」
イズミが叫ぶ。だがトムもルークも反応がない。
アスモデウスは、彼女を慎重に観察しているようだ。
「貴様ぁぁぁ――――――――!!」
イズミ激高。今にも襲い掛かろうとするような面差し。強く気勢を上げる。
だが彼女の前に手を差し出したサイゾウが先に前に出る。
「……君は……どちら様かな?」
「……」
答えない。イズミもサイゾウも、アスモデウスがプレジデントの中に居たことを知らない。よってこの質問は当然なのだが、それよりも彼女の観察に集中しているようだ。
「……まあいいや。どのみち悪魔……ここで始末を付けないと、ね」
「……!」
ここでようやく反応する。と言うより癇に障ったか。
「私を始末? ……人間風情が……他の者を倒し、少々図に乗っているようだな」
「図に乗ってんのはお前だよ。……そうか、あの異常な力はお前だったんだな」
サイゾウが先に前に出てくれたからか、少しだけ落ち着いたイズミ。
「……?」
だがアスモデウス、今の彼女の発言に違和感。
(私を察知していた……? いや、そんな事がある訳がない。……ふん、人間というのはよく分からん……がしかし、本体でないとはいえ私以外が破れたのは事実。やはり人間は全て消しておくべきだな。……だが……)
険しい面差しのまま、イズミの観察を続けている悪魔。
(この女、本当に人間か……? 今の気勢……ありえん)
「どうした? 掛かって来ないのか」
思案するアスモデウスを煽るイズミ。トムとルークがやられ、非常に気が立っている。
唯我独尊的な思考、そして極めて高いプライドを持つと思われたこの上位の悪魔。即座に彼女へ向かって行くのかと思いきやそうではない。意外と慎重に、冷静に物事を考えている節がある。
もっとも、一触即発の事態であるには変わりない。と言うより、これ以上時間が経てばイズミが向かっていくだろう。それが予想されたこのタイミングで、もう一人その場に現れる。
「みんなー!」
「え!? ミ、ミナモ!?」
ゴウダイと別行動をしたミナモが現れる。そして、もちろんその場の悲惨な状況に気付く。
「ト、トムさん!? ルーク!! ……バカ!! どうして一人で行ったのよ!!」
―一の型 癒!!―
「!?」
すると即座に水忍術における回復の術を施す。
アスモデウスはその術を注視している。
「……」
「うう……」
トムは動かない。まだ意識が戻らないようだ。一方ですぐさま意識を取り戻したルーク。
三文字となり、一文字の術も飛躍的に効果が向上したようだ。
「え? ミナモ……? この気勢……」
「後で説明するわ!! とりあえずコイツをぶっ飛ばすのが先よ!」
イズミもサイゾウも、まだ彼女が三文字に至ったことを知らない。
「……」
トムはともかく、まもなくルークは立ち上がってくるだろう。
みるみる傷が癒えていくのをアスモデウスも確認している。だが何も言わない。
「……」
だがその面差しに変わりはない。
それは余裕なのか、はたまた別のことを考えているのかは不明である。
どう動くのか……不気味に時間が過ぎていく。




