第242話 イズミVSアスタロト
「は――――――――はっはっはっはっは!!!」
付近一帯に響き渡りそうな笑い声。その主はタロト改めアスタロト。
「うるさいな。黙って戦えないのかお前は」
「ふふふ……ははははは! 失敬失敬! 先程は醜態を晒してしまったようだが……安心したまえ。これからは楽しませてやろう!」
両手を大きく広げ、呆れるイズミに向かって大口を叩く彼。常に劇場型の振る舞いをする。相変わらず彼女の話を聞いていない。
「さて……早速お見せしよう。地獄の大いなる公爵の戦いぶりというものをな!! 出でよグリモワ――――――――ル!!!!!」
「?」
アスタロトが叫ぶと、左手に本が現れる。ダンタリオンのものよりも大型で、装飾品が多く飾られ非常に仰々しい形状をしている。
「エロイムエッサイム……我は求め訴えたりぃぃぃぃ!! さあ使い魔よ! あの娘の動きを封じよ!!」
そう言うと、本から黒い肌で翼の生えた、裸の悪魔が飛び出る。
イズミに向かっている間も飛び出している為、視界に居るだけでも五十はくだらない。
「捕まえる? 殺すんじゃないのか?」
「貴様は地獄で私の妃となる女だ。手荒な真似は出来んからな……ククク」
イズミの質問に答えるアスタロト……その内容は俗物が想像しそうなものであった。彼女はため息をつく。
「生憎だけど、ボクより弱いヤツを旦那にする気はないよ」
きっぱりと否定。だが目の前の悪魔は随分とポジティブなようだ。
「なら私はその資格を満たしているということになるな!! わはは……」
「ふん!!!!!!」
バシバシバシィィィィ――――――――!!!!
「ほえ?」
アスタロトの笑い声がこだまする寸前、イズミは自身の右手に気で生成した巨大な拳を大きく開いて。手のひらで使い魔たちを払ってしまう。
「あ、あれ? どっか飛んでっちゃった……し、死んでないよな?」
「……お……う……」
使い魔たちが想像よりも脆かったと感じたか、払った後で彼女は不安になっている。アスタロトはその場で固まり絶句。
「す、少しは出来るようだな!! ならば、出でよ…………」
※※※
その後はライオンのような、またロバのような、さらにヘビのような生き物を出すのだが、イズミにはまったく通用せず一撃でなぎ払われてしまう。しかも、相当な手加減をされて。
「ぐ、うぐぐぐ……」
「なんか見たことのない生き物ばっかりだ……ていうか、動物はちょっと可哀相だ。そろそろお前が戦ってくれないか?」
アスタロトは歯噛みする。イズミは動物とは戦いたくないようで、つまりは『お前が出ろ』と言う。もちろんこの悪魔はその意図に気付いているだろう。
だからこそ怒る。
「きさ、きさ、きさ、貴様ぁぁぁ……ならば、私の最も可愛いペットをご紹介しよう!」
そう言うと、彼はまたしてもグリモワールを前に差し出し何かを召喚する。
そこに現れたのは……
「なんだ……これ?」
イズミも目を丸くする。
「地獄には、こんなでっかいトカゲが居るのか……」
鱗に覆われた爬虫類を思わせる体、鋭い爪と牙を具える。その大きさは彼女が見上げるほど……つまり?
「はっはっはー! 私の城の門番ことドラゴンだ!! ……残念だが、これで貴様が私の妃になる夢は叶わん!! 地獄の業火に焼かれるがいい!!」
「別にボクがそう願った訳じゃないぞ!?」
自分勝手な発言をしつつ彼が大げさに手を掲げると、ドラゴンがその大きな口に炎を灯らせる。
そしイズミに視線を置き、僅かに近付き、口を開き炎を吐こうとするのだが……
「やめて……くれないか?」
「?」
彼女がドラゴンを制止する。
哀れむような瞳でその大きな生き物を見据え、直立に立ちまるで構えない。
「お前だと、ボクは殺してしまうかもしれない……さっき叩いたみんなも心配だ。ちゃんと生きてるのかな?」
「……」
本気で心配をしているようだ。よほど動物は殺したくないのだろう。もっとも、ドラゴンが人間にとっての常識的な動物かどうかは分からないのだが。
「……さっきから……」
「……!」
イズミから異様な気勢。ドラゴンの動きが止まる。
「動物ばかりに戦わせて、お前は何もしないんだな。何が本当の力だよ」
「な、なんだと!?」
その気勢の影響か、彼女を中心に地面にヒビが入る。
さらには木々が発せられる気によって靡く。猛烈な圧力が感じられる。
「何をしている! さっさとやれ!!」
「!! オ、ウヴォォォォォォォォォォォ――――――――!!!!!」
アスタロトがそう言うと、動きを制止していたドラゴンが思わず動いてしまったような印象で炎を吐く。
イズミとその周囲が苛烈な炎に包まれる。
瞬時に木々は広範囲で炭化し、地面が赤く染まる。二文字の火忍術と同等かそれ以上の威力であることが伺える。
「ふ、ふはははは! 馬鹿め! 偉そうな口を……ん?」
まだ姿も見えていないのに勝ち誇るアスタロト。もはやフラグを立てていると言ってもいいだろう。
現に、イズミはほぼノーダメージで健在なのだから。
「あちち。すごい炎だな」
「!?」
どうやらこのドラゴンは一定の知性を持ち合わせているのか、ほぼ無傷の彼女を見てひどく驚いたような反応をする。
「いいよ別に。お前は主人の言うことを聞いただけだもんな。……ボクが許せないのは、この後から偉そうにしてて何もしない卑怯者だ」
「ひ……卑怯者!? わ、わ、わ、私に向かってなんたる無礼!!」
イズミの言葉にみるみる顔を赤くするアスタロト。
だが彼女はそれを無視して、ドラゴンを一瞥する。
「もう気が済んだか? ……悪いけど、今からお前の主人をぶっ飛ばすからな」
「・・・」
優しい口調で語りかけるイズミ。それを聞き入れたのか、ドラゴンはその場で伏せをしてそれ以上動かない。
「お、おい! 貴様! 私の言うことが……」
「いいからお前が来い。これじゃあ、前の姿の時の方がよっぽど強いじゃないか」
ピキっとでも来たのだろう。ドラゴンに改めて指示をしようとしたものの、彼女の言葉でそれとピタリと止める。青筋を浮かべイズミを一瞥。
「も、もう許さんぞ! グリモワァァァァァァ――――――――ル!! 私に力を!!」
アスタロトの発言にグリモワールが反応する。
すると、彼の身体に先程現れたライオンのような、ロバのような、ヘビのような生き物を彷彿させる特徴が現れ、その気勢もあからさまに強いものとなる。
「はっはー!! これで貴様は、自身がやられた事実に気付く前にその命を……あえ?」
大見得を切っている間に、既にイズミが目の前に現れている。
「い、いつの間に――――――――!!??」
「もういいよ。お前たちはムリョウに遠く及ばない。地獄に帰った方がいいな」
「!? な、何をす……あが!?」
そして下から顎を突き上げ、空に舞わせる。
自身も飛び上がりアスタロトの手首を掴み、そのまま首を両足で挟みつつ彼の頭部を下に体を反転。両足を脛辺りで十字に組ませ、自身の体をそこにくぐらせるように背負い、もう一方の手で自身の背面の、その外側にある足を思い切り握り、決め、そこから自身の背筋をぐんと伸ばす。
ミキミキ……ッ!!!
「~~~~~~~~~!!」
イズミの体を中心に、アスタロトの体がS字に絡む。不自然な姿勢から強制的に思い切り背筋が伸ばされ、表現し難い苦痛が襲う。だが彼女の攻撃はここからだ。
「……烈砕結技!!」
―楔叢時雨!!―
「うわ!? うわあああ!? うあああああああああああああああ!?」
パニックになるアスタロト。かつて、このような攻撃は見たことがない、経験したこともないのだろう。対処方法も分からない、そもそもイズミの膂力を自身の力でどうすることも出来ない。
やがて、落下速度が飛躍的に増す。イズミの気勢が大きく上がっていることから、気を放ち加速しているのだろう。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいい!?」
ズッドォォォォォォォォォォォォォ――――――――!!!!
「・・・・・・・・・」
地盤は固そうな印象だが、そんなことはお構いなし。
アスタロトの頭部……どころか、イズミ自身も地面にめり込んでいる。自身にダメージはないのか。
「ふう」
特にそのような雰囲気は見当たらない。
「同じ指示をするだけのヤツでも、お前はただ安全な場所から好き勝手やってるだけだ。……アイツの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」
アイツとは、もはや言わずとも知れたあの男だろう。
その後イズミはドラゴンに目をやる。
「!?」
今の姿勢からさらに伏せをし震えている、イズミの数十倍はあろうかという生物。
だが、主人が居なくなった為か、少しずつ体が透け始める。
「帰るんだよな。お前ももう少し、一緒に居る相手を選んだ方がいいぞ?」
「!!」
焦りつつコクコクと頷くドラゴン。やはり高度な知性があるようだ。その後アスタロトは灰に、ドラゴンはそのまま消えて行く。
結局、余裕の勝利だったイズミ。三文字の実力は伊達ではないようだ。