第229話 墓前にて
―ほとけのざ町郊外―
「……」
サスケの墓の前で折り膝をし、目を瞑り手を合わせるイズミ。
柔らかい表情。父親とたぬき達と暮らしていた頃を思い出しているかのようだ。
「ぽん」
するとぽん吉が傍にやって来る。
「ぽん吉。ここも父上のお墓なんだぞ」
「ぽんぽん」
ぽん吉も手を合わせる。通常のたぬきではありえない行動なのだが、長らくサイゾウの意識と時を共にしていたことから、一般的な常識から掛け離れたたぬきとなってしまったようだ。
「はい、イズミちゃん。水だよ」
「すまないサイゾウ。……ほら父上、水だぞ。たんと飲め」
サイゾウが何処かで汲んで来た水をイズミに渡す。
そう言うとサスケの墓へ雑に水を掛けるのだが、彼は『彼女らしい』という感じで眺めている。
「……」
「……」
「……」
そして、再び手を合わせる二人と一匹。
「ぽん!」
その後、ぽん吉が墓に乗ったり擦り寄ったりする。サスケが感じられるか。
「……あれ? なんでぽん吉が父上を知ってるんだ? お前がウチに来た時はもう……」
「おそらく、僕の意識の影響を受けているんだと思う。彼の中に逃げ込んだ後でも彼は基本はぽん吉君で、決して意識を共有しているわけじゃないし僕が中に居ることも知らなかっただろうけど、強い気持ちだけは僅かに表面化していたんじゃないかって……それでぽん吉君も、無意識にサスケさんのことが刷り込まれているんんじゃないかって思ってるんだ」
申し訳無さそうなサイゾウの面差し。
それもその筈。一匹のたぬきの生き方を一方的に、そして大きく変えてしまったのだから。
「ごめんねぽん吉君。こんな出来事に巻き込んでしまって……」
彼の謝罪をジッと見つめた後、ぽん吉がサイゾウの足元から駆け上り、顔を舐め回す。
「うわ!? どうしたんだ?」
「あはは。ボクたちと一緒に過ごせて良かったって……幸せだってさ。後『気にすんな』って」
「気にすんな……? ぷっ」
笑い合う二人。その後少しだけ間を置いて、サイゾウがおもむろに口を開く。
「イズミちゃん」
「ん?」
そして額に手を当て、気勢を少しだけ上げる。
「サイゾウ?」
「ジッとしてて……」
ふわりと輝く手。それが終われば、彼は手を離す。
「??? 何をしたんだ?」
「今、あの時の術を解いたんだ。……とは言っても、何も変わらない感じだね。まさか自力で解いちゃうなんて驚いたよ」
当時の心境からすれば、渾身の呪忍術だったのかもしれない。それを自力で解いたイズミに対し、ある種の感服の気持ちがあるのかもしれない。
そして顔が綻ぶサイゾウ。
「良かった……ようやく僕の夢が叶った。やっと……やっとイズミちゃんをサスケさんに引き合わせることが出来た」
「サイゾウ……」
イズミに対して、記憶を消すのと同時に西へ……ほとけのざへ向かうように暗示を駆けるほど、この一件を気に掛けていた彼。
それには危険が伴うが、どのみちイズミのことである。それほど時を置かず、いずれ一人で向かっていただろう。むしろ、事前にサイゾウと出会ったことが功を奏したのである。満を持して向かうことが出来たのだから。
「もしかすると、一番いい折にここに向かうことが出来たのかもしれないな……サイゾウと特訓をした日々、昨日のことのように思えるよ。あれが無かったら、下手したらその辺りの妖怪にも負けてたかもしれないし」
「ま、そこは偶然だけどね。今じゃそうは思ってないけど、ある程度の力が無きゃムリョウに殺されると思ったし、ほとけのざの妖怪には到底……ん?」
サスケの墓に近付いたサスケ、その裏で何かの異変に気付く。
「なんだろうこれ? 前は気付かなかったけど……」
「掘り起こした後……? …………あ!」
墓の裏に掘り起こした後。イズミは何か知っているようだ。
「これだよこれ。ボクのこれ」
そう言いつつ、ぽんぽんと自身の手甲や衣類を叩く彼女。
「え? 手甲とか服とかのこと?」
「ああ。この服は姥の能面、ジョウキが僕の為に仕立ててくれたものなんだ。父上の遺品を使ってさ……ここに埋められてたんだな」
「!!」
サイゾウは驚く。ムリョウの一味がイズミに対してそこまで献身的に動くことに。
だが同時にその背景が見えない。ムリョウさえ居れば、どのような事でも出来るのではないだろか、と思わざるを得ない。
そんな少しだけ悩むサイゾウをさて置き、彼女は怒り心頭となる。事もあろうに墓を指差しながら口を開く。
「そういえば父上!! なんだあの手紙は! あんな……遺書があるか! それと、百年生きるのは……大変なんだぞ? あ、あと途中は何が書いてあったんだ。ちゃんと……書け。あと……えっと……えっと……」
感極まったのか、少し涙ぐむイズミ。
「いろんな人と出会ったよ……誰もが強くて……頼りになって……みんなボクに力を貸してくれた……能面も……父上はムリョウのこと知ってるんだろ? どんなヤツなんだ? ちょっとしか話してないからさ……旅に出て、本当に良かったってボクは思ってる。……偏屈なヤツも居るけど。ああ、それと……」
墓に向かってとにかく話す。
先程はしおらしくしていた彼女だが、手紙のことをきっかけに言いたいことが山ほど浮かんできたようだ。
それから少し時間が経ち、言いたいことが言えたのか立ち上がる。
「よし! すっきりした! また来るよ父上!!!」
手紙を書いたサスケの如く、言いたいことを言えたイズミ。サイゾウとぽん吉を一瞥して、その場を後にしようとする。
すると、目線の先にはまたしてもあの者。
「ムリョウ!」
なんと、そこに居たのはムリョウ。何かを討伐に行く筈だったのでは?
「ほとけのざには居なかったのでな。ここに来れば居ると思ったのだ」
「どうしたんだ? 舌の根も乾かない内に……」
少しずつ近付いてくる。イズミとぽん吉は警戒していない。サイゾウはいささか緊張の赴きではあるが。
「先に……参らせてくれ」
「……え? あ、ああ! ありがとうムリョウ」
二人を素通りし、サスケの墓前で手を合わせるムリョウ。
暫く時が止まる。
後ろ姿のムリョウに、微塵の悪意も感じられない。それどころか、墓に眠る男に対し敬意を払っているかのようだ。
「イズミ」
「ん?」
そのまま振り向かず立ち上がるムリョウ。イズミの名を呼び、気を引く。何か重大な話をするような雰囲気である。
「ゴウガシャの一件はすまなかった。奴は今……目的の地に居る。いや、到底地とは呼べないな……クク」
「ゴウガシャが? 一体何が目的だったんだアイツは」
「写忍術で、貴様の力を模したのだ。だが、そのようなまがい物でどうにか出来る代物ではないのだがな……ふん、あの頃でもまだまだ浅はかだったようだな……」
つまりゴウガシャは、能面一同の目的に対してイズミの力を使うべく、イズミに力を借りるのではなくその力を写して使うということなのだろう。だがムリョウはその行為を鼻で笑い捨てる。
「さあ、話をしようか」
「……え?」
ムリョウが振り向き、イズミの真向かいに立つ。
「貴様は私の無理難題に応えた。よって、これまでの全ての疑問に答える義務がある」
「……あ! そ、そうだ! お前たちの目的は何なんだ!!」
ずっとずっと疑問だった能面たちの目的。
何度この質問を繰り返しただろう。今の、この場なら邪魔する者は居ない。
「……」
少し間を置くムリョウ。言うか言うべきかを考えているのか、それともどのように説明するのかを悩んでいるのか。
「空に浮かぶ亀裂……覚えているな?」
「亀裂……ああ。夢で何度も見たよ。たしか以前は、それでなんか調子が悪くなって……」
「クク、それはサイゾウの悪戯の所為だな」
以前、亀裂というキーワードにより意識を失った彼女。だが今はそのような素振りも雰囲気もない。真正面から聞く姿勢だ。
「それって、鬼がどうとかいうヤツじゃないのか?」
「鬼が現世に現れることはない。奴らは気まぐれだ」
「……? なんか見たことあるような言い方だな……」
ムリョウの言う亀裂と、鬼の爪痕は異なるようだ。では一体それは何なのか?
二人が会話を交わす中、サイゾウの様子がおかしい。
(亀裂……? 僕はそんな暗示は掛けてないぞ……?)