第202話 事後
―ほとけのざ町―
「・・・・・・・・・」
ゴウガシャの一件も終わり、一度町に戻って来たイズミ一行。
五体満足で無事戻って来ることが出来た……のだが、その面差しは浮かない。
「何処に……行ってしまったんだ。リュウシロウ……」
町の入口で、街道を眺めつつそう呟くイズミ。ひどく足が汚れている。リュウシロウをかなり探したのだろう。
すでに周囲は暗く、目の前の景色も暗闇となりそうだ。と、ここでサイゾウがやって来る。
「イズミちゃん。今日はもう遅い……そろそろ宿に戻ろうか」
「で、でも! リュウシロウは戦えないんだ! も、もし……もし町の外で……妖怪にでも襲われたら……そ、そんな事になったら……!!」
「……」
涙を浮かべ、リュウシロウの身を案じる彼女。彼はそれを見て気付く。
(やっぱり、イズミちゃんの中でリュウシロウ君の存在はもの凄く大きかったんだね……でも、不安な気持ちのままじゃ……)
「イズミサーン!」
イズミを心配するサイゾウを後目に、トムが空から舞い降りる。
風忍術を使い、空からリュウシロウを探していたようだ。
「ど、どうだった!?」
「見つかりませんネ……あれからまだ二日ですが、かなり遠いトコロにまで行ってしまったようデス」
「も、もしかして……妖怪に喰われ……」
顔が青ざめ、ふるふると震えだす彼女。これはいけないとばかりに、サイゾウが彼女の肩に触れる。
「イズミちゃん! ……彼ならきっと大丈夫。街道は強い忍が常時巡回してるし、昨日も調べたけどここからすずな町までの区間は最重要警戒区域に指定されてる。それに、途中には凄腕の忍を配備した茶屋も数多くあるんだから……」
「そ、それなら……なんでトムが見つけられないんだ! リュウシロウ……リュウシロウ……!」
「……」
彼の説得も空しく、イズミは錯乱気味だ。
トムはその光景を見て僅かな時間悩んだ後……
「おそらくリュウシロウサン、忍を雇って足早に街道を抜けましたネ」
「え!? どうしてそんなことが分かるんだ!?」
「町から出て一里先辺りで、リュウシロウサンの臭いが忽然と消えていマス。もし妖怪に襲われたなら、その妖怪の気や属性、残り香などを探知出来マスけどそれもナイ。……つまり、雇った忍に運んでもらったんデス。今頃は茶屋で美味しい物でも食べてるんじゃナイですか?」
納得したのだろう。たちまちパァァァァと明るい面差しになるイズミ。
あたかもトムが当然のように話している姿勢も、彼女の不安を一掃する要素となったようだ。
「ト、トム! それを早く言ってくれ! まったく……急に居なくなるなんて! せめて何時帰って来るかくらい教えろ!! ……よし! 帰ろうか!」
「……う、うん」
彼女の豹変に少し戸惑うサイゾウ。二人は一緒に宿に戻るべく、並んで歩き出す。
なおイズミ、まだリュウシロウが帰って来ると思い込んでいるようだ。
トムはそれを、少々悲しげな表情で見つめる。
(リュウシロウさん……これが、貴方の選んだ道なのですね……)
彼はもう察している。
何故リュウシロウが消えたのか、その理由を。
(……結局、貴方は自分を認められなかった。だから何にも向き合えなかった……自身の持つ力にも、気持ちにも……)
(力が強いだけがすべてじゃない……そして、リュウシロウさん自身がそれを証明して来た。今じゃ能面……いや、ムリョウさんですら貴方を強く意識している。それでも……無理なのですね)
(きっと、自ら手放したものに対して後悔する日が来ると思います。……それをいつか……貴方の思う力に変えられるといいのですが……ね……)
「……でも、何故か期待してしまいますね。何せリュウシロウさんは、私の一番の友人なんですから……フフ」
その言葉の通り、少しだけ笑みを浮かべてイズミたちを追いかけるトム。彼だからこそ分かる、リュウシロウの意外性なのである。
※※※
―ほとけのざ町より北―
「……ヤベー……すっかり遅くなっちまった……」
同じくリュウシロウを探すルーク。どうやら帰りそびれたようで、辺りが真っ暗になってしまっている。
「それもこれも、みーんなリュウシロウのバカのせいだろ! あんちくしょー……何やってんだよ、イズミちゃん置いて……」
比較的鈍いのか、彼はイズミとサイゾウの関係を今ひとつ理解していないようだ。これまで話を聞いている上で。
「ま、その内帰って来る……ん!?」
こう言っては何だが、ちょっと呆けた表情をしていた彼。だが一瞬で引き締まる。
―人間……か……―
「う、うおおおおおおおおおおおお!?」
ルークはびっくり仰天。そこには何と……青白い気を放っている犬神が居るからである。
「よ、よーかい!? てかデケー!? つーかこの犬っころ、しゃべりやがる!?」
―さて人間……我に喰われるか、餌食となるか……晩餐の添え物となるか選ぶがいい―
「選択肢がねーだろ!! ざけんな!!」
戦いが勃発しそうな雰囲気。だが今ひとつ緊迫感に欠ける。
犬神の方が、である。
―東国じょーくだ。気にするな―
「……ジョークって……なんでよーかいがそんなにフランクな感じなんだよ!!!」
お茶目な犬神。とここでルークに鼻を近付け、すんすんと臭いを嗅ぐ。
―ふむ、やはり臭うな貴様―
「風呂なら入ってるっつーの! いきなりイチャモンとか何なんだよお前は!」
案外余裕のルーク。なんだかんだと強いのである。
―白丸を探しているのだろう?―
「……は? …………し……ろ……ま……る………………」
暫く間を置き……
「白丸ちゃん!!!!!!!!!!????????????」
―……!!!―
辺りに鳴り響くような大声。犬神がたたらを踏む。
周囲の警戒などせず、思ったことを驚いた分の声量でそのまま口にするルーク。
―なんとやかましい人間だ……―
「な、なんでオメーが白丸ちゃん知ってんだよ!?」
―貴様から僅かに臭いがしたのでな……まさか、このような間抜け面の人間と知り合いだとは思いもしなかったぞ―
「誰がマヌケ面だよ! どいつもこいつも、すぐ俺のことディスりやがって……」
日頃から、自分の扱いに不満があるルーク。
それはさて置き……
「で、何処に白丸ちゃんが居るんだよ」
―知らん―
「バカにしてんのかテメー!?」
犬神も、彼をからかうのが少し面白い様子。
―おそらくは……そうだな、ここから森の中に入り抜けた先の山を登ってみるといい―
「お、知ってんじゃねーの! サンキュ!」
―ただし、ここはほとけのざ。辿り着くまでに、並居る妖怪が貴様を襲うぞ?―
「あ? 誰に向かって言ってんだ?」
犬神がそう言うと、ルークは力こぶを見せつつそれを叩く。
「俺はジェネ……いや、そりゃもうどーでもいいや。俺は究極最強ジュエルクロスマイスター、ルークだぜ!! って……イマイチだな……」
―……―
ポーズを決めながらそれっぽい台詞を言う。
しかし、名乗りに失敗したようである。犬神は呆れてものが言えないようだ。
「情報ありがとよ犬っころ! 白丸ちゃんに会えたら、西国でドッグフード買って来てやるぜ!! あばよ!」
―ど、どっぐふーど……?―
そう言うと、犬神の情報を微塵も疑わずに真っ直ぐ森の中を突っ走る。
ほんの秒で姿が見えなくなったルーク。それを呆れながら見つつ、少し笑っているような不思議な面差しを見せる犬神。
―まるで疑わんとは……阿呆なのか馬鹿なのか……―
どちらも意味合いは同じ。おそらく選択肢がないのだろう。
―だが恐ろしく強いな。しかも……まるで底が見えん。あの男なら、悪魔ですらいともたやすく屠るだろう。白丸が力に焦る訳だ……あれほどの人間が近くに居たのではな……―
ここで、白丸が居ると思わしき山を眺めながら犬神がボソリ。
―まあ、今は強さよりもあの性質だな。思い悩む女には、何も考えん直情馬鹿が丁度いい……―