第199話 サスケの墓
―???―
とある森の奥深く、そこの一部開けた場所で黒く輝く、幅が人間の成人程度の球体。気で生成されたものか。非常に高い位置にあり、その傍らで宙に浮く何者かが腕を組み、それを眺める。
「……クク……大した力じゃないか。時間が掛かる訳だ」
そこには悪慰の能面……ゴウガシャ。
黒い球体の中にはうっすらと浴衣を着た女性の姿。つまりイズミである。意識はなく、昏々と眠り続けている様子。
「だが……これほど早く気付かれるとは忌々しい! あの男……リュウシロウと言ったか……何者だ? ……だが……どういうことだ?」
ゴウガシャ、既にリュウシロウがその企みに気付き、追ってきていることに気付いているようだ。
なお、疑問点もあるようだ。
(……分からぬ。何故主の心にこの男が……? 力が感じられん者など、箸にも棒にも掛からん筈だ……)
ムリョウは、リュウシロウを強く意識しているということか。
過去の言動を考慮すると、たしかに警戒すべき相手なのかもしれないが、能面の力であれば気に掛けるような部分ではない筈だが?
「まあいい……最も先を生きる主の心を知る術はない。この力さえあれば……すべて決着はつくのだ。鬼などは放っておけばいい……どうせ奴らは現世になど興味は……興味……鬼……」
鬼という言葉を発してから、ゴウガシャの様子がおかしい。
「鬼……鬼……黒い……目……姿……う、うああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
その場に蹲り、ガタガタと体を震わせる。明らかに恐慌状態だと言えるだろう。ムリョウに近い能面であるゴウガシャを、ここまで怯えさせる鬼とは……?
「はあ……はあ……う……! クソ!!!」
頭を軽く振り、気持ちを紛らわす。
「ふ、ふははは! そう……最初からこうすれば良かったのだ! 主は……何故動かない!! アレさえ消してしまえば……消してしまえば……」
「皆が……何者にも怯えず暮らせる世に……」
※※※
―ほとけのざ町―
「……」
リュウシロウ一行、数日を掛けようやくほとけのざ町に辿り着く。
サイゾウは何やら思うところがあるのか、遠巻きから町を眺めているようだ。
「どうした? サイゾウ」
「……う、うん。この間の事を思い出し……あ、いや、もう結構な年月が経ってるんだよね?」
リュウシロウの声掛けに応える彼。ぽん吉の意識の中に身を潜めた以降結構な年月が経ってしまっていることから、自身の感覚とのズレがあるようで戸惑っているようだ。
「ぽん」
と、ここでサイゾウの頭からぽん吉がぴょこんと顔を出す。懐いている……と言うより彼から離れないようだ。目を覚ました以降、ずっと彼に寄り添う。
「もう! ぽん吉君抱っこしたいのにぃ~」
ミナモが、サイゾウから離れないぽん吉に苦言。無理もないだろう。これまで文字通り一心同体だったのだから。
それを眺めつつ、ゴウダイがリュウシロウに近付く。
「とりあえず到着はしたが……これからどうする?」
「トム待ちなんだよな。それまではどっかで時間でも潰して……」
「ちょっとみんな……いいかな?」
これと言って動きようのない一行だが、ここでサイゾウが何か提案をしそうな雰囲気。
「どうした?」
「……ちょっと寄りたいところがあるんだ。本当は、イズミちゃんに一番来て欲しい場所なんだけどね」
ムリョウの居場所に心当たりがあるようだ。
一行はサイゾウの後を付いていく。
その後、ほとけのざ町から南に出た街道。七つ町を繋いでいる訳ではない為か、舗装もほどほど。ある程度進むと敷かれた石も消え、一般的な砂利道へとその風貌を変えて行く。
そこから脇に逸れ、きちんと管理された林の中。この辺りはまだ妖怪が出没しないようだ。
さらに奥に進むと、ポツンと花崗岩で作られた明らかに何者かの墓。苔などの汚れは一切なく、まるで今日にでも建てられたかのような状態である。
「墓石……?」
「うん。……サスケさんが眠ってるんだ」
墓石を目の前に、誰のものか気になるのは当然。ゴウダイの質問にサイゾウが答えるが、驚くべき事にそれはイズミの亡き父、サスケのものであると判明。
「ああ、イズミちゃんのとーちゃんの墓って話だよな。そういや十年前って、この辺り大変だったんだろ?」
「……そうなんだ。本当に大変だった……サスケさんが居なければ、ほとけのざは全滅してたんじゃないかな?」
あまり東国の歴史を知らないルークが、確認のように質問。引き続き彼が答えるのだが、さらに妖怪との争いで何が起こったか等、具体的な話も添える。
「……チッ! 俺が居りゃあ、そんな妖怪共叩きのめしてやんのによ!」
「イズミ……お父さんの件もそうだけど、結構ハードな人生送ってんのね……」
それを聞いたルークはあからさまに怒りを呈し、ミナモが同情する。
(まあ私のお父さんも、今じゃ生きてるか死んでるかも分かんないけど……生きてるかもしれないって思える辺りまだマシなのかもね……)
彼女の場合は状況が異なるが、イズミと同じく父が現時点で居ないことには変わりない。
「イズミ、まだ連れて来なくて良かったんじゃないかな……?」
「え?」
思うところのあるミナモの一言。イズミをここに連れて来たいと願っているサイゾウにはよく分からない。
「だ、だってさ! 心構えってものがあるでしょ? ほとけのざに着いたら……その、あの、いきなりお父さんの墓とか……ちょっと……辛いよ……」
「ミナモさん……」
ハッとなった様子のサイゾウ。イズミを父の墓前に引き合わせたい気持ちが強かったようで、少し反省の赴き。
「たしかに……そうだね。イズミちゃんともっとたくさん話して……その後にするよ。ちょっと勇み足だったかな」
「べ、別にいいの! えっと、イズミとサイゾウ君の仲でしょ? わ、私には分かんないところもあるしさ! えへへ……」
イズミを慮ったミナモ。なんだかんだと心配しているのである。
「……」
それをゴウダイは、優しい笑みで見つめているようだ。
と、ここでサイゾウは何かに気付く。
「ふふ、ありがとう。……それにしても……」
いや、どちらかと言うと疑問か。それはリュウシロウも同じだったようだ。
「おかしいよな? 一体誰が管理してんだよこの墓。話の流れからすると、お前しか墓守居ないのによ」
「!!」
その言葉にサイゾウが直ちに反応する。
「……そうだ……おかしい。墓を建てたのも、管理をしていたのも僕……でも、それも随分前で途切れている筈……どうして……」
不自然な状況。どう見ても墓は……いや、その周辺まできちんと管理がなされている。サイゾウしか墓守が居なかったという発言があった限り、ほとけのざ町の誰かがやっていたようにも思えない。
だが答えはすぐに明らかとなる。
「私が引き継いだからだ」
その声に全員が戦慄。
聞いた事がある者はもちろん、その声を聞いた事の無い者も雰囲気で分かる。
何故ならその言葉の主は、誰も抗うことの出来ない究極の位置に居る者なのだから……。
「久しいな、サイゾウ。まさか……子だぬきの中に隠れていたとはな」
「ム……ムリョウ……」
すべての能面の主、般若の能面ムリョウ。サイゾウがぽん吉の意識の中に居たことを、既に知っているようだ。
「サスケには借りがある。そして……これから、新たな借りを作ることになるのでな」
「それは……イズミちゃんの事かい?」
皆は額から、首筋から、全身から汗が吹き出す。圧倒的な圧力がそこにある。だがサイゾウは、気丈にもムリョウと対峙する。
「そのとおりだ。よってサイゾウ、貴様にもう用はない。好きに生きるがいい」
彼の質問を素直に認める。ムリョウが、イズミの力を欲しているのは既に周知の事実。今更嘘を付く理由も、誤魔化す理由もない。
そして、既にムリョウ自身彼女と強く関わっていることから、サイゾウに危害を加える気はないようだ。
聞きたい事は山ほどある。
だがこの無敵を誇る者の次の発言で、積年の疑問が一時的に霧散してしまう。
「……ゴウガシャは、ここからさらに南へ三里程行った先だ。風忍術使いの西国人が居ただろう。近くに行けば……特定出来る筈だ」
「な……何故それを……?」
ゴウガシャの企みを知っていたムリョウ。だがここで疑問が残る。
ゴウダイが前のめりに言葉をぶつける。
「そ、それなら何故貴様が止めん!!! ゴウガシャは……」
「いつでも止められるからだ」
ムリョウだからこそ、この一言に説得力があると言えるだろう。ゴウダイはそれ以上何も言えない。
「クク……あの時期は、何をするか分からんところがあるからな。だがそんなものは知った上で、だ。……それに、私はこれより未だ蠢くクズ共を始末せねばならん。お前たちがやれ」
「ま、また勝手な事を!! 人をどれだけ振り回せば……」
サイゾウは激高する。ムリョウは聞いているのだが、独り言のように呟く。
「振り回されるだけ……関われるだけ……貴様たちはまだ幸福なのかもしれん。……何も知らずに……消えて行くよりは、な……」
「!」
ここでリュウシロウが反応する。
「……」
「……な、なんだよ……」
後ずさる彼。それも当然だ。
何故なら、ムリョウが微動だにせずリュウシロウに視線を置いているからだ。能面の隙間から僅かに見える目が、彼をジッと見つめている。
「……」
その後まもなく、印を結んだムリョウがその場から消える。
おっかないのか、リュウシロウは暫く動けずじまいだったようだ。




