第1章 第1話 バズ
「栗無! 栗無帯人! 授業中になにやってるんだ!」
昨日出された宿題をやり忘れ、授業中に取り組んでいた俺に先生が注意してくる。仕方ない、正直に言うしかないか。
「宿題をやっていました」
「宿題? はぁ……。何をやってるんだお前は」
先生が呆れたようにため息をつき、言う。
「お前は勉強なんかしてないでイラストを描け! 昨日ライッターに上げてなかっただろ!」
あまりにも正論で注意され、クラスメイトからも非難の視線を向けられる。
「すいません……ちょっと勉強したくて……」
「あのな、お前は授業なんか受けなくていいんだ。そんな暇があったら落書きでもして投稿しろよ。わかってるのか? お前は今バズってるんだぞ?」
「はい……すいません……」
先生に言われた通りに、タブレットを取り出し落書きを開始する。だがそれだけでは怒りは収まらないのか、先生は授業から外れて全員に向けて注意を始めた。
「わかってるとは思うが、学生の本分は勉強ではない。バズることだ! 容姿でも、音楽でも、イラストでも何でもいい。とにかくライッターでバズらなきゃいけないんだ。栗無の先週上げた美少女が縛られたイラストをみんなも見たことだろう。100万いいねを獲得したあのイラストだ!」
なんだか少し恥ずかしいな……。賞を取ったわけでもないのに。
「今はSNS全盛時代! 先日小学生以上の国内ライッター利用者が98%を突破しただろう? そこでバズれば自分の能力を世界中に宣伝することができる。つまりバズることが成功への近道なんだ! 栗無、バズったら何が起きた?」
「イラストのオファーが今めちゃくちゃ来てます」
「そういうことなんだよ! お前たちが今やるべきことは勉強じゃない! 各々の得意分野を活かした活動だ! 勉強をしなくちゃいけないのはな、」
歩き回りながら力説していた先生が僕の近くで足を止め、隣の席の泊さんの頭を教科書で軽くはたいた。
「泊、お前みたいな何の取り柄もないやつだ」
先生に名指しで注意された泊さんは、俯きがちな顔をさらに俯かせる。
泊関那さん。ぼさぼさの髪の気をとにかく伸ばし、目すら見えない陰気な女子だ。今まで声すら聞いたことがないし、何より。
「お前もいい加減ライッターを始めたらどうだ?」
「…………」
高校2年生であればほぼ全員が行っているライッターをやっていない、絶滅危惧種。ライッターのいいね数がカーストを決めるこの世界で、圧倒的カースト底辺を彷徨っている。
「無理にやれとは言わないけどな、そんなんじゃいじめられても当然だぞ。ライッターをやっていないってことは、いいね0。お前の味方は誰もいないってことだからな」
教室中のクスクスという嘲笑を浴びながらも泊さんは何も言わない。その姿に呆れ果てた先生は大きなため息をつき授業を再開する。
イラストを描き続けながら、思う。この世界はなんて残酷なのだろうと。
能力がなければ。あってもバズらなければ、生きる価値0。存在価値が生まれない。
そんな世界では泊さんのような人間は生き辛いだろう。容姿も悪いし、特技もない。世界に発信できる魅力がない。
まぁ俺も人のことは言っていられない。いくら今人気があっても、同じことを続けていたら飽きられる。何か……もっと。もっと先のことが、できるようにならないと……。
そう思った日の放課後。もう少しブラッシュアップしようと放課後も一人教室に残っていると、ふと人の気配を感じた。
「…………」
隣の席の泊さん。普段なら逃げるように教室を真っ先に出ていく泊さんが黙って俺の顔を見つめていたのだ。いや、顔を見ているのかはわからない。目が隠れているからだ。
「……ふぅ」
だが不気味なのは事実。ひと段落ついたとアピールの息を吐いて立ち上がる。
「……!」
それと同時に立ち上がった。泊さんも。そしてその手が、俺の腕を掴み。
「私をバズらせてください!」
緊張のせいか、上ずり擦れた声が教室に響く。瞬間、閃く。何を言っていたかわからないほどに脳が回転する。
聞き逃したわけではない。鈴のような綺麗な声音と、揺れた髪から覗いた顔を確かに俺は見て聞いた。
だからこそ、俺もその声とほとんど同時に口を開いていた。
「俺のイラストをモデルにしたアイドルになってくださいっ!」
髪を切り、容姿を整えれば間違いなく。泊関那さんは俺の机の上のイラストそのままの姿になる。そしてそのイラストがしゃべり、動いたら。実在したら!
「絶対にバズるっ!」
この日から。俺の泊さんのプロデュースが始まった。
お読みいただきありがとうございます。まだ何も始まっていませんが、おもしろい、期待できると思っていただけましたらぜひ☆☆☆☆☆を押して評価、そしてブックマークのご協力をお願いいたします。みなさんの応援が力になりますので、ぜひよろしくお願いいたします。