深夜トマト
どうしようもなくなって深夜にトマトをやけ食いしました。
この歳になるとカロリーを気にしてカップ麺も買えなくなってしまい、仕方なく小ぶりの五つのトマトにがっつくしかなかったのです。
しゃくり、と音を立てて中の小粒を吸い上げる。手がベトベトになっても気にしない。次のトマトに手を出します。
カセットコンロを見つめたまま、口にどんどん詰めていきます。小さな蛍光灯だけを点けるだけで部屋のスイッチを押す気力もありません。
トマトだ。トマトを食べます。
明日、また働きます。五時に起きないと間に合わないから寝たいのに棒立ちのまま動かなくなっていました。
身体の何処かに穴漏れが起きているのは知っていますが、その穴は生まれた時からあったので直しようが無いと誰かに言われて母は悲しい顔をしていました。
母の顔が思い出せなくなってきました。友達も作れず砂場で一生懸命に山を作る私は母の声を聞こえない振りして背中を向けていました。
「トンネル作っちゃうぞ」
おどけた調子で抱きついてきた母に私はホッとしました。結局私は誰にも声を掛けられなかったのですから。
カセットコンロを見つめた先には夕暮の公園を出て行く母と私がいて、次第にそれがぼやけていくと無機質なアラーム音が耳にいつまでも響くのです。
蛍光灯が照らすのはキッチン周りだけで、私の大半は影になっていました。
夜がもう辛いのです。
身体のあちこちが劣化していくのを受け入れなくちゃいけないので、日々錆びていく感情がこの日ついに一線を超えました。
どうしようもなくトマトを食べたくなってしまったのです。
赤くて瑞々しいトマトを一心不乱に食い潰します。
旬が過ぎたのにやっぱりトマトの味がする。
対して私は結局何者にもなれませんでした。
母の子は母みたいになれませんでした。
謝りたいのにもういません。母の顔が最近朧気になっていきます。気付いたら数年が経っていて、発酵もせずただ腐っていました。
母に会えたら置いていけと言いたい。砂場に私を置いていって新しい人生を歩んで欲しかった。
人生をもう一度やり直せるなら是非そうしてください。
母の声が聞きたい。背中に伝わるあの暖かな感触を思い出して、私は自分を抱きしめます。
母の声に私は振り向きました。言いました。
「友達出来なくてごめんなさい」
自慢の子供だと母は最後にそう言いました。私は連れて行ってとせがみました。
母は私を置いていなくなりました。
私は喜ぶべきなのに、私は泣いていました。
大人の私は、老いた私は呆然とした表情でカセットコンロを見つめるしかなかったのです。
トマトを食べます。
夜、トマトを食べます。