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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭編
72/73

長い話


 後夜祭が終わっても校庭は騒がしさが最大値をとり続けた。


 途中から美雨とは、さすがに手を握るのをおしまいにしていた。


 その美雨は今はクラスメイトの女子たちと写真を撮ったりしている。


 僕は校舎の方を見ていた。


 三里さんが校舎の近くにいるのを見つけた。三里さんも僕を見つけたようだった。


 三里さんは校舎に入った。


 僕は後に続いた。


 途中で三里さんが僕を振り向いた。


 問題ない。こっそりつけているわけではないんだから。




 三里さんは音楽室に入った。


 僕も音楽室に入る。


「羽有くん、三日間お疲れ様」

 


 窓の外から見える未だ盛り上がっている人たちに目を向けていた三里さんはすぐにこちらを振り向いて言った。


 僕がここに来ることをわかっていたみたいだ。


「お疲れ様でした」


 音楽室には僕と三里さん二人だけ。音楽室楽器置き場裏まで含め、僕たち以外には誰もいないはず。


「音楽室楽器置き場裏の荷物でも取りに来たの?」


「まあ。そんな感じです。でも……その前に、三里さん、少し長くなるかもしれませんが、訊きたいことがあるんですけど」


「訊きたいことね。いいわよ」


「……甲斐麗奈先輩って知ってますよね」


「知ってるわよ」


「あの……ぬいぐるみ部は三里さんに何度も助けていただいたわけですが、三里さんがなぜぬいぐるみ部を何度も助けたかってことなんですけど……」


「……」


「甲斐先輩と僕たちぬいぐるみ部員の間の会話に、三里さんの名前を出させるためだったのかな、と思ったんです」


「……名前を出させるね」


「でも、そこまでも証拠はないし、とにかくなんとなくわかることは、三里さんと甲斐先輩は喧嘩したままなのかなということで……」


「……それで、羽有くんは何が訊きたいの?」


「……三里さんと甲斐先輩の関係にどんなことがあったか、ということです」


 僕は三里さんを見て言った。三里さんは音楽室の小さな穴の空いた壁から楽器置き場へと視線を移し、そして楽器置き場裏へと視線を動かした。


「そうね。じゃあ、話長いかもしれないけど、話すから、聞いてもらってもいいかな?」


「はい」





「私と麗奈はね、同じ小学校だったのよ。でも私は馴染めなかったせいで不登校がちでね。麗奈はなんでもできて、すごい人扱いされていたわね」


 僕から見れば、三里さんも甲斐先輩もずっと優秀なかんじに見えるけど三里さんが馴染めなくて不登校だったなんて……。


 でも、不登校だからいけないということではないよな。


「ある日、私は久々に学校に勇気を出して行ったわ。五時間目くらいからだったかしらね。そうしたらちょうど音楽会の楽器決めが終わったところだったのよ。で、誰も私が来ると思ってなかったから、慌てていて。結局いてもいなくてもいいようなカスタネットの役に私はなったわけ」


「なるほど……」


「で、私はじゃあもうまたしばらく学校来なくていいかなって思ったんだけど。でも麗奈が私のところに話しかけにきて、『いっしょに音楽会がんばろうね。カスタネットもちゃんと大事な楽器の一つだよ』って言ってくれたのよ」


「なるほど……」


「なんかあんまりすっきりしてなさそうな、なるほどだけど……」


 三里さん、すごい。ばれていたか。


「一つ、わからないことが……」


「というと、何?」


「あの、カスタネットってなんですか。インターネットなら知っていますけど」


「……」


 三里さんはつま先に力を入れて無言でバランスを保ち立っていた。ずっこけそうだったのかな?


「カスタネットって聞いたこともないの?」


「はい……」


「じゃあ見せるわね……これよこれ」


 三里さんはかばんから一つの小さな青と赤の小さなハンバーガーのようなものを取り出した。


「こうやって、鳴らすのよ」


 三里さんは、タンタンとカスタネットを叩いた。ぱっくんぱっくんしているみたいだ。


 なるほど。やっとわかった。


「……で話を戻せば、その時から私と麗奈は仲良くなったの。そして私は毎日学校に行くようになった。でも、それがムカつく人もいたのね。麗奈は人気者だったし」


「……」


 小学校の時僕がぬいぐるみを作っている間に、確かに色々トラブって学級会とか開かれていたけど……。あれもそういう系のだったのかな。


「そして少しずつ、麗奈と私セットでの孤立が進んだのよ。だから、麗奈に迷惑かけたくなかった私は決めたのね、麗奈にくっつくのはやめようって。でもそのやり方が下手すぎて、ある日突然、話すのをやめてしまったのよ。話し掛けても私はほとんど答えなかった。そして麗奈は特に怒ることもなく私と話すのをやめて……そのまま小学校を卒業してしまったの」


「それで今は……」


「私は引っ越したから、中学は別になったのね。でも、この渚ヶ丘に入って、麗奈がいることに私は気がついた。だから話しかけようって思ったんだけど……話し掛けられなくて、まあ高校卒業までに話しかければいいかなって思っていたのに、麗奈が引っ越すことになったと聞いて……」


「そういうことだったんですか……」


「うん。それで私は去年の文化祭で、思い切って麗奈の目の前に行ったのよ。つまりは、あのくまのぬいぐるみを買いにね。でも、私は名乗らなかったし、向こうは忘れているように思えたのよ。だからもういいかなって思って」


「でも、三里さんはまだ望みがあると思ったんですね」


「そうよ……自分から話し掛けに行く勇気はないけど、向こうから話しかけてくれるかもしれないって思ったの。そのために、麗奈に、久々に『三里沙耶』っていう名前を思い出させようと思ったのよ。結局無理だったけどね」


 僕は腕時計を見た。まだなんだかんだ言ってあまり時間が経っていない。


「でも、僕は甲斐先輩との会話で三里さんの名前を出したんです。甲斐先輩は、思い出していたような態度でした。だから向こうも話しかけにくいだけで三里さんのことを覚えているのではないかと……」


 僕がそう言うと、三里さんは少し意外そうな顔を見せた。


「そう……てっきり完全に記憶から抜け落ちたのかと思っていたわ」


 三里さんはかばんを開けた。


 くまのぬいぐるみが出てきた。甲斐先輩が話しかけてくれるかもしれないと思って、その時のために、この三日間持っていたのかもしれない。


 その究極のくまのぬいぐるみを見て、僕は違和感を覚えた。


 僕はことあるごとに甲斐先輩のくまのぬいぐるみのどこがすごいのか考えてきた。だからこれでもかと言うほど僕の持っているくまのぬいぐるみを見てきた。


 

 だから気づいた。



 僕のくまのぬいぐるみと、甲斐先輩のくまのぬいぐるみは、少しポーズが違う。



 去年の文化祭で。自分のぬいぐるみが売れるのを待って僕はずっと売り場にいた。

 

 でも、いま思えば、甲斐先輩だってずっといた。


 そして、僕のぬいぐるみを唯一買ってくれたのはえりかのお母さんのわけだが、そのえりかのお母さんにぬいぐるみを売る時、僕は初め、一番出来がいい赤色のランドセルを背負ったうみがめのぬいぐるみを渡そうとした。


 結果的にはえりかのお母さんは、ピンクのランドセルを背負ったぬいぐるみを買ったわけだけど。


 


 つまり、甲斐先輩だって。


 自分が渡したいぬいぐるみを、三里さんに渡すことができたはず。




 僕は言った。


「そのぬいぐるみ、もしかして、三里さんのためにつくったものじゃないですか?」



「……どういうこと?」


「僕が持っているくまのぬいぐるみとポーズが違う……あっ」


「……? え?そういうことなの?」


 僕と三里さんはおそらく同時にわかった……いや、三里さんの方が先なような気がする。


 しかし、なんにせよ、二人とも気づいた。なぜなら先ほど僕たちは話していたのだ。


 カスタネットについて。


 三里さんは、カスタネットをくまのぬいぐるみの腕へと持って行った。そして、カスタネットを腕の中に入れると……



 ぴったりと、はまった。



 僕はもう一度時計を見た。


 そろそろかな。


「羽有くん、麗奈がいつ静岡に帰るか、聞いていたりする?」


「今日は泊まるって言っていました。三里さん、三里さんの連絡先、甲斐先輩に教えてもいいですか?」


「お願いします」



 僕は前に三里さんからもらったアドレスを甲斐先輩に送信した。カスタネットを抱えた、くまのぬいぐるみの写真を添付して。



 これから、きっと甲斐先輩と連絡をとって、三里さんは甲斐先輩に会いに行くだろう。


「では、僕はこれで失礼します。なるべく早く出発した方がいいと思いますよ」


 僕はそう言って教室を出た。


 暗い廊下。


 残念ながら、三里さんは甲斐先輩のところにまっすぐは行けない。


 なぜなら、暗い廊下。音楽室をすぐ出たところ。



 そこには三里さんの後輩たち……全音楽部員が静かに花束と寄せ書きを持ってさらにはクラッカーを構えて、集合しているのだ。


 この準備が終わるまでの間、三里さんに気づかれないようにするために、僕は三里さんを引き止める役を頼まれていた。


 だからなんの証拠も得ていないのに、少し謎解きぶったことをして、長めの話をしたのだ。




 さて、僕は陶芸室に荷物を取りに行って帰りますか。


 階段を下りて、陶芸室へと進み、陶芸室の扉を僕は開けた。


 その途端。


 光が当たった。僕の周りだけ。


 パンパンパン!


 となると同時に蛍光灯がつき、そして僕は自分がクラッカーを鳴らされていることに気づいた。


 前を見れば、美雨、美濃、稲城。そして、えりか、りす、やまねの三人もいた。



「というわけで、ぬいぐるみ部部長、文化祭お疲れ様でしたー!」


 美雨がそう言って、僕のところに来て、大きな包みを渡した。


 やられた。というか冷静に考えて……


「三里さんか……」 


「そう、三里さんに時間稼ぎお願いしたってこと。優、感いいね〜。優は音楽部から頼まれたでしょ。作戦成功だね」


「……」


 つまりは僕と三里さんはお互いに時間稼ぎをし合っていたということだ。


 どうりで三里さんが語ったわけだ。


 僕は全く不思議にも思わなくて、自分が探偵になった気分になりかけていたんだけど。


 今頃三里さんも僕と同じように思っているのか。それともうすうす気づいていたのか。


 ていうか三里さん、僕との話を長引かせる目的で、甲斐先輩のくまのぬいぐるみの仕掛けに気づいてないふりをしていた可能性まであるな。

 

 しかしそういうことは一瞬でどうでもよくなった。


 なぜって、ここに、ぬいぐるみ部の文化祭を、三日間一緒にやり通したみんながいるから。


「この包み、開けていい?」


「どうぞです!」


 美濃が笑って促す。


 僕は丁寧に包装を外し、中身を覗いた。


 たくさんのぬいぐるみだった。


「みんなで一つずつ作ったんだよ〜」


「大変だったけど頑張ったー」


「前のうみがめよりは上手くなったと思うけど……ちょっと恥ずかしい」


 僕が袋の中を覗き込むのをきらきらとした目で見ているのは、僕に、ぬいぐるみの魅力を改めて思い出させてくれた三人。


 このうさぎがりすので、このハムスターがやまねので、このうみがめが、えりかか……。


 ぬいぐるみをよく見ようとすればするほど見えなくなる。涙のせいだ。


 でもまだあるからな。僕は目をこすりさらに取り出す。


 このレッサーパンダのが美濃ので、この猫のが美雨か……。


 うわわわわわわ。もうだめだ。


 と思ったらまだあった。なんか丸い塊。


 まてよ。ここにいる全員が作ったということは……。


 これ稲城のかよ! なんのつもりだったんだこれ。最後にすごいの出て来たな。


 稲城を見ればパソコンのケースを頭から被っていた。


 まあなんのつもりだったかは訊かなくていいや。ありがとう。


 全員のぬいぐるみを並べて感動したところで、次は僕の番だ。


 僕は一人一人に、ぬいぐるみを作ってきた。受け取ってくれるか不安だったけど、ちゃんと稲城のぶんも作った。



 だから今度は僕がそれを渡す。


 みんなに、そしてみんなとのぬいぐるみの思い出に、ぬいぐるみにぎゅうぎゅうに詰めても入らないくらい感謝の気持ちを込めて。


お読みいただきありがとうございます。


長くなって申し訳ございません。


次で最終話になります。


優と美雨が二人でお話する場面もある予定です。

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