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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭準備編
7/73

うゆゆ〜一週間ぶりだね!


「あ、優きた!」


 美雨が手を振りそして手招きをする。

 僕たちは今日もなんとなく、放課後に図書室に集まることに決めていた。

 だが、美雨と話しても昨日と同じところをループするだけ。


「やっぱり、ほんと部屋欲しいよね……」


 美雨はそう言って筆箱についているストラップを意味もなくいじる。文化祭でどこで何をやるか決まっている団体は、すでに準備を本格的に始めているだろう。一方、ぬいぐるみ部は悩ましい状態。


「はあ……まじでちゃんとした部屋欲しいな……」


 僕が美雨がさっき言ったのと同じことを呟いたその時。

 ものすごい勢いで美濃が走ってきた。そして、


「美雨! 優くん! はあ、はあ……あの、へ、部屋ゲットしました!」


めちゃくちゃ息切れしながらそう告げた。


「部屋? ほんと?」


 美雨が驚いて立ち上がる。


「ほんとです! ダンス部から、陶芸室を譲ってもらいました! ただし、条件つきです」


「条件……?」


 嫌な予感がする。


「衣装作りを手伝うことです」


「な、なるほど……」


 僕は考える。部屋が手に入ったとしたら、僕たちは何をするだろうか? まだ未定だが、おそらくかなり忙しいだろう。去年はぬいぐるみを死ぬほど作った。結局僕は売れなかったけどな! 衣装作りをやらされるとしたらかなり大変な気がする。でも部屋は欲しい。


「一応優くんと美雨と相談してみるって言ったのでまだ断ることもできますけど、どうしますか?」


 迷っている僕を見て、美濃が聞いてくる。


「私は部屋がないと何もできないし、譲ってもらっていいんじゃないかって思うけど……」


 うん。そうだな。


「決めた。美雨の言う通りだと思うし、譲ってもらおうか」


「じゃあ、決定ですね! ダンス部の部長さんに連絡しておきます! 明日直接ダンス部に会いに行きましょう」


 美濃がスマホを取り出し、せっせと手を動かし始める。


「ありがと美濃。じゃあ、もうそろそろ時間だし、行くか」


「そうですね。では出発です」


 僕たちは下駄箱へ向かう。今日は火曜。児童館にぬいぐるみ劇の公演をしに行く日だ。




 ほたる児童館には歩いてすこしかかる。バス通学の美濃は歩きなので自転車通学の僕と美雨も自転車を押して歩いていく。


「優くんがそんなに小学生が好きだとは心配です。いや、私は本当にお友達として心配しているんです。同年代の友達の数と、小学生のお友達の数が変わらないっていうのは大変珍しい……いや珍しいというか変ですね」


 えりかと友達になった件を美濃に話してから美濃は僕のことを心配している。


「心配の必要はないよ。僕はただ、自分のぬいぐるみを宝物にしてくれている女の子と友達になって嬉しいだけだから」


「うーん。でも、ロリコンだと怪しまれたら大変だしね。というかりすちゃんとやまねちゃんともほんとにのりのりで仲よくしてるし……私よりもなかよくしてるし……」 


 美雨は僕のことをすこしいつもより細い目で見てくる。呆れてるのか心配しているのかそれとも……?


「こんにちは〜。今日もよろしくね〜」


 時間通りに到着し、ほたる児童館の入り口に自転車を止めていると、水色のエプロン姿の女の人が児童館から出てきた。ほたる児童館の先生、梨田志奈さんだ。年齢はもちろん聞いたことはないんだけど、多分二十五才くらいだと思う。いつもにこにこで美人だ。


「よろしくお願いします!」


 靴を脱ぎ、中に入ると……


「うわ。今日はいつもよりたくさんいる!」


 美雨がいつもよりも高い声で言う。


「みんなわくわくしてるからね〜。小三の子は、いつものやまねちゃんとりすちゃんだけだけど」


 やっぱりか。小一が一番多くて、小二もまあまあいるけど、小三になると、めっきり人が減る。


「うゆゆ〜一週間ぶりだね!」


「きょう使うぬいぐるみ、見たいー」


後ろから両手を同時に引っ張られた。


「おお、りすもやまねも、相変わらず元気だな」


 僕は手をゆるくほどくいて振り返る。

 お揃いの紺色のスカートをはいた仲良し二人組。摺場りすと根間やまね。二人はいつもぬいぐるみ劇を見にきてくれるんだけど、それはストーリー目当てというよりは、ぬいぐるみ製作に興味があるという方が大きい。ちなみに僕は二人には羽有優を短くしてうゆゆと呼ばれている。


「ほら、これが今日使うシュークリームだよ」 


 僕はふわふわした触り心地の、シュークリームのぬいぐるみをやまねに手渡す。小さな手が僕の手におにぎりのふわふわに混ざって触れる。


「おお〜。シュークリーム!」


 りすも加わっておにぎりをもみもみし出す。

 その様子を微笑ましく眺めていると、


「あ、来た〜いらっしゃい〜」


 入り口から梨田さんの声がした。そっちの方に自然に視線が行く。入り口に立っていたのは、ピンク一色で統一された洋服をまとった女の子。忘れるはずがない。


「えりか……」


 無意識のうちに名前をつぶやいてしまう。その声にえりかが反応して僕の方を見た。


「あ……昨日の……うみがめさん!」


 僕のことをしっかりと覚えてくれていたみたいで、手を小さく振ってくれた。名前はうみがめさんと認識されているみたいだけど。


「あれ〜知り合いな感じだった?」


 梨田さんが意外そうに、僕とえりかを順番に見る。


「うみがめさんは、私のたからものをつくってくれた人だから」


「……?」


 ぽかんとする梨田さん。梨田さんは去年の文化祭で僕がランドセルを背負ったうみがめを売ったことも知らないのだからまあ当然だろう。

 僕は梨田さんに簡単に説明する。


「すごい〜一つだけ売れた羽有くんのぬいぐるみの持ち主がえりかちゃんで、そのぬいぐるみはえりかちゃんの宝物ってわけなんだね! 運命って感じ!」


 梨田さんが女子小学生に負けないくらい目をきらきらさせる。


「はい。まさにうんめい!」


 えりかも目をきらきらさせた。その瞳に視線が固定されてしまい抜け出せなくなる。異世界の夜景でも見ている気分だ。


「じゃあ、もうすぐぬいぐるみ劇始まるから、見たい人はおトイレ先に済ませておいてね」


 梨田さんがよく通るのに優しい声で呼びかけると、みんなお手洗いの方に向かっていった。えりかもお手洗いの方へと歩いて行く。そういえば今日は男の子はいない。みんなで広場でドッジボールでもしてるのだろうか。いつもは大概ぬいぐるみ劇は見ずに後ろの方で別のことをして遊んでいるけど。そんなことを考えながらえりかを目で追う。


 コスモスが見渡す限りに咲くお花畑に現れた妖精のような小さな後ろ姿。しかし、その背中は、どこか寂しげに見えた。

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