甲斐先輩じゃないですか
最初たまたま一気に十五個売れただけでその後ペースは落ちると思っていた僕は、予想外にそのペースが落ちなかったことをすごく喜んでいた。美濃が全身でぬいぐるみアピールをして校内を回っているからか、細かいところを改善したからか。ぬいぐるみ部伝統? の大きなぬいぐるみと自分たちが買ったぬいぐるみと一緒に記念写真を撮る人も続出。
他の団体に何人来ているかは知らないし、きっと相対的に見れば少ないし、全体的なお客さんの数が増えたからだけの可能性も大いにある。
それでも、ぬいぐるみ部が賑やかなのは確かだった。
作業が早いなあと思っていた稲城の会計処理が間に合わなくなりそうなくらいになっている。
「うほほ……いて」
「またロリコンの顔してる」
「そう思うたびにつねるのやめてほしいな」
実際、美雨にえいってつねられるのそんなに嫌じゃない。嫌じゃないから効果もないし、だけどちょっと痛いからやめてほしい。
「すごいね。去年よりもかなり人多いかもね」
と、この声は……偉大なる伝説のくまのぬいぐるみを生み出した……
「甲斐先輩じゃないですか」
「お久しぶりです!」
「ぬいぐるみ部をこんな賑やかにするとはみんな成長したんだね。あ、美雨っちはおっぱいも成長したね」
「こ、こんなお客さんのいる前でそういうこと言わないでください!」
「ごめんごめん」
甲斐先輩は気楽な感じで笑った。
甲斐先輩を見ていた時はほとんど渚ヶ丘学園の制服を着ていたから、私服の甲斐先輩は、久しぶりというより珍しい。
「あ、一応これ静岡のお土産……差し入れね」
「あわわわ」
ありがたすぎる……。
「あ、そういえば、美濃は今呼び込み行ってるんでもう少し待てば戻って……」
「あ、もう廊下で会ったよ。つばきちゃんは変わりないね」
「おお……」
どんまい美濃。ちなみにぬいぐるみを身体中につけてるから変化はありまくりなんだけど。甲斐先輩の言ってる変化はそういうのじゃないからな……。
「……それにしても、こんなすごいぬいぐるみ部にお客さんとしてこれるとは」
あ、良かった。甲斐先輩が若干真面目モードになった。
「まあ……初めは参加権すら危うくて。大体のピンチを三里さんに救ってもらったんです。あ、三里さんは音楽部の部長で……」
「ていうか同級生でしょ。三里さんと甲斐先輩」
「あそっか」
僕は美雨に言われて当たり前のことに気づいた。
「……三里……三里沙耶……」
「あ、そうですその人です」
甲斐先輩のつぶやきに対して美雨がうなずいたが……。僕はなんか甲斐先輩が考え込んでいる風に見えた。
「どうかしましたか?」
「あ。いや。会計やっている人が新入部員でしょ。メガネかけてて賢そうだなって思ってね。じゃあお客さんいっぱいいるし邪魔なっちゃ悪いから行くね」
甲斐先輩はぶらぶらと、だけどぬいぐるみを丁寧に見て回りながら僕たちから離れて行った。