文化祭前日
文化祭がいよいよ明日となった夜のこと。
明日からの三日間に備えて早めにそろそろ寝ようかなと思っていると、甲斐先輩から電話がかかってきた。
『もしもし、優くん、明日に向けてはおっけー? あ、私は二日目と三日目いくからね』
「本当にありがとうございます。準備は、何とか終わりました」
『ほんと? よかった。なんかすごいHPもできてたから余裕あるのかなとは思ってたんだけどね』
「あ、それはですね。新しい部員が増えまして、その人が作ってくれたんです」
僕が最後まで言う前に、「新しい部員」という言葉に反応した甲斐先輩は、
『え? 部員増えたの? 何年生? ぬいぐるみ部ってことは優くんみたいな特殊な人は確率的に無視できるレベルだから女の子だよね? 可愛い? おっぱいとかお尻は大きい?』
なんか決めつけと質問を投げてきた。
「男ですよ。当然ながら胸はないです。可愛くもないです。僕と同い年です」
簡潔にすべての質問に完璧に答える。
『えー、そんなー』
「どこか残念そうに聞こえますね」
「残念っていうかね、真面目な話、高一以下の部員が入ってこないと、優くんたちが引退したら、ぬいぐるみ部がなくなっちゃうからね」
甲斐先輩の口調が心なしか真剣なものに変化しているのを僕は感じた。
実際ぬいぐるみ部は甲斐先輩の言う通りの状態なのだ。
『私が入学した時にちょうど高三の先輩が二人ぬいぐるみ部にいてね。渚ヶ丘の文化部は普通は高三になると同時にで引退するでしょ。だから高三の先輩二人は、私にぬいぐるみ部の引き継ぎを済ませた後、五月くらいに引退してね。それから私が一人で活動して、私が高二の時、奇跡的に優くんたちが入ったわけね。もっと遡っても同じ感じで、ぬいぐるみ部はいいタイミングで部員が入ったおかげで本当に綱渡り状態で存続してきた』
その話は聞いたことがある。だからこそ、ここで部員が途切れてしまったら。
「文化祭で賞、を取れば」
『賞?』
「はい。文化祭で賞を取れば、予算は増えるし、中等部まで含めた在校生全員にぬいぐるみ部の存在、それから活動をちゃんとしている部活だってことを知ってもらえるし、さらに、来年の新入生歓迎部活紹介でアピールもできるし。そうすれば入ってくれる人がいるかもしれないと思うんです」
『確かにそうだね。賞ね……』
甲斐先輩が考えていることはわかる。だから僕は付け加えた。
「もちろん、賞にこだわりすぎるあまり、大切なことを見失わないようにしなきゃいけません」
一番大切なことはお客さんに楽しんでもらうこと。これを見失ってしまったが最後、美雨を傷つけてしまった時のようになってしまう。
『それがわかってるなら安心だね。あとはどうやって賞を取るかだよね』
「はい。そうなんですけど……正直、ぬいぐるみ部が賞をとる方法が見えません。甲斐先輩、なんか、案みたいなのあったりしますか?」
僕は、単刀直入に頼れる先輩に尋ねた。
『そうね……』
甲斐先輩は、ほんの少し間を空けて、
『やっぱり、アンケート満足度一位を地道に目指すしかないのかな』
ぬいぐるみを抱いている時のような穏やかさを感じさせる口調で、そう答えた。
「アンケート……」
『うん。だって、得票数は、人気がある団体が圧倒的に有利だし、審査は、演劇部とか、音楽部とか化学部とか、本格的なことをやってる部活が去年もとってたでしょ』
「そうか、それに比べたら、アンケートは、来てくれたお客さんの評価が高ければいいから、ぬいぐるみ部にも希望があるってことですね」
『そうそう。だけど、アンケートにも下限があって、ニ百人以上アンケートに答えた団体の中から選ぶからそこは注意しないとね。数人だけが超いい評価したところに賞を与えるわけにはいかないからね』
え、今甲斐先輩ぬいぐるみを滑り台から滑らせたみたいにさらっと言ったけど、二百人って……。
「ぬいぐるみ部に、二百人もアンケートに答えてくれる人がいるはずが……」
『いや、去年は賞もらえるところまで評価は高くなかったけど、二百十人だったかな、それくらいはいたはずだよ』
ギリギリじゃん……。しかも去年は甲斐先輩のぬいぐるみがあったんだよな……。
『まあ、とりあえず、お客さんの呼び込みして、来てくれたお客さんには全員楽しんでもらう。それをやるしかないと思うよ結局』
「はい。そうですね」
僕は電話の向こうにうなずいた。
『あ、ところでさ』
「はい」
『美雨っちとはどんな感じ? デート十五回くらい行った? 水族館とか行った?』
話変わったな。随分。
「普通です。行ってません。水族館は小学生三人と行きました」
『え、小学生三人……あ、いたたた、おなかいたい……』
「だ、大丈夫ですか?」
甲斐先輩は、僕が知る限り無遅刻無欠席だった。腹痛なんて珍しい。心配だな……。
『ふう、落ちついた。落ちついたから、電話切るね。ちょっと美雨っちと電話で語り合ってくる。じゃあ、文化祭二日目に会おうね』
甲斐先輩は、少しのぷんぷん怒り気味にも感じる一方、優しい気もする口調だった。
それで、なんで甲斐先輩は美雨と語り合うことにしたんだろう?