二つのうみがめのぬいぐるみ
次の授業は、物理だったので、そのまま物理実験室へと僕たちは向かった。掃除を終えてこんなにす清々しくなったのは初めてだ。でも……
「……うみがめさんの、へっぽこよわむし!」
えりかにそう言われてしまったことが思い出された。えりかの所にもう一度行かなければ。
でも、部活単位ではないとはいえ、これ以上授業をサボると、問題になりそうだ。
えりかの家は公園の隣のアパートだった。放課後、そこに行ってみよう。えりかと一緒にぬいぐるみ劇をするためにはそれしかない。
放課後。僕はえりかのいるアパートへと自転車を漕いだ。アパートについて、柴崎という表札を、順番に探していくと、一階の端から二番目に見つかった。僕はランドセルを背負ったうみがめを抱きしめ、インターホンを鳴らす。
「はい……羽有くん……? ……来てくれたんですね」
えりかのお母さんが、扉を開けて出てきた。穏やかな、ほっとしてこちらが力が抜けてしまいそうな笑顔だった。
「はい。えりか、もしかして僕のこと話して……」
「ええ、うみがめさんにぬいぐるみを投げてしまったって……ですから、そのことについては叱りました」
「えりかは悪くないです。僕がえりかはが楽しみにしているぬいぐるみ劇を、壊しかけてしまったんです」
「……それも、持って来てくれたんですね」
えりかのお母さんは、僕が抱いているランドセルを背負ったうみがめに目を落とす。
「……はい。えりかに、渡しに来ました」
「えりか、こっち来なさい」
えりかのお母さんが振り返る。すると、えりかのお母さん越しに見える廊下の向こうの扉から、えりかが出てきた。
えりかは緊張したようにこちらに不自然な歩き方で向かってくる。
「……うみがめさん、ぬいぐるみ投げて、ごめんなさい」
えりかはえりかのお母さんの横にまで来るとすぐに僕にそう謝った。
「大丈夫。それより……ぬいぐるみと手紙、ありがとう。ぬいぐるみと手紙のおかげで、ぬいぐるみ部が復活したんだ」
「それほんと……? あんなに下手だったのに。字も下手なのに」
「本当だよ。下手かどうかなんて、関係ない。それに、上手だよ。小三は家庭科の授業も始まってないのに、色んな縫い方をしてる。えりかの気持ちがこもってて僕、本当に嬉しかった。お礼というほどではないけど、このランドセルを背負ったうみがめ」
僕はそれをえりかに渡した。えりかが笑った。あの崖で、渡した時のように。
「口がなおってる。うみがめさん、笑ってるみたい」
「うん。口の部分がほつれてたから、なおしておいた」
「ありがとう」
「こちらこそ、うみがめのぬいぐるみ、ありがととう」
僕はえりかからもらったうみがめのぬいぐるみを手に取る。
二つのうみがめのぬいぐるみがお互いを見つめていた。