へっぽこよわむし
「えりか……どうしてここに……?」
僕はえりかがそこにいるという幻覚を見ているのかもしれないと思った。
「家の窓から、見えたから」
えりかは公園の隣の壁の塗装が剥がれかけているアパートを指差した。
えりかはあそこに住んでいるのか。
「一人で、家にいたの?」
「ううん。お母さんは家でお仕事してるよ」
そうか、えりかのお母さんは在宅で仕事をしているみたいだ。えりかが一人で家にいるわけではないとわかって少し安心した。
「ぬいぐるみ劇、いっしょにがんばろうね」
僕が何も話さずにいると、えりかはそう言ってきた。そういえば、申請書が通ったことが喜ばしくて、えりかとりすとやまねに速攻で連絡したんだった。もうはるか昔で記憶も薄れた頃のことだとしか思えない。
「えりか、ぬいぐるみ劇なんだけど……」
「なに?」
「もう、できないかもしれない」
「……なんで……」
えりかは草で荒れた砂場の上で、立ちすくんでいた。
「ごめん」
僕は頭を下げて謝った。もうそれしかできない。
「……やっぱり私がいらないってこと……」
えりかを見ると僕の方は見ていず、砂場の横の古びた水道をにらんでいた。
「そういうことではなくて色々あって……」
「ごまかさなくてい!! 私が……私がとろいから、いっしょにやりたくないってことだってわかってる!」
えりかは叫んだ。
「違うんだよ。ぬいぐるみ部が、ばらばらになっちゃったんだ」
「そう……なの? 私とやるのがやなわけじゃなくて……?」
「えりかとも、りすともやまねともやりたかったんだ。でも、僕が、美雨を傷つけたのが始まりで、ぬいぐるみ部は僕以外全員がやめちゃったんだ」
えりかは驚いたのかしばらく僕の顔を見つめた状態で口を少しも動かさなかった。数秒たった。
「なにがあったのか、教えて」
僕はえりかに起こったことを話し始めた。
えりかは黙って、僕の横に座ってきた。
「……結局、僕は逃げていただけで、ぬいぐるみを作る資格もぬいぐるみ部の部長の資格もなかったんだよ。所詮、なんのとりえもない、ぬいぐるみを作るのが下手くそな、現実逃避男だったんだ」
最後に僕はそう付け加えて、残った息を吐いた。小さな情けないため息だった。
「……うみがめさん……」
「……」
「……うみがめさんの、へっぽこよわむし!」
えりかは僕に何かを投げ捨てた。僕の足元に落ちたそれを見ると、ランドセルを背負ったうみがめと、小さな袋だった。えりかはそれを拾わずに走って公園を出た。
僕は体がベンチにくっついて、そしてかすかにしびれていた。