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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭準備編
31/73

マジウケる


 その次の日、僕は風邪の病み上がりのようなぼーっとした気分で校門をくぐった。


 朝一時間目が始まった時点で、誰とも会話がない。


 もともと、朝は美雨か美濃か稲城としかあまり話さなかった。だから至極当然だ。


「おら、始めるぞ!」


 相変わらず荒い言葉でどすどすと教壇に中洲先生が登って来た。今日も英語か……。しかし、僕には英語を嫌だと思う感情さえどこかに行っていた。 


「テスト返すから出席番号順で来い」


 あいうえお順で早い僕は言われてすぐ立ち上がる。


 教卓のところに行くと、出席番号が一つ前の美雨と目があった。僕はすぐに下を向いてしまった。


「セーフだが次からはもっとちゃんとやれ」


という言葉と同時に返されたテストは追試の点プラス五点だった。よっしゃぬいぐるみ部の活動に支障が出ない! なんてな。いっそのこと追試でもよかった。




 霞んで見える景色に楽しそうに話す人が映る。そんな調子で時がただ流れるのを待って僕は一時間目から六時間目までを過ごした。ぬいぐるみにも裁縫道具にも一度も触っていない。


 途端、騒がしくなったと思ったら、HRが終わって放課後活動の時間になったみたいだ。


 僕はこの時になって気がついた。僕は今日、帰るしかないということに。こんな文化祭準備の時に、用事もないのに早く帰る人なんて僕くらいだろう。


 僕は下駄箱へとまっすぐ向かうと美雨か美濃か稲城と会いそうで遠回りすることにした。


 途中、放送室を通った。美濃は放送部に行っているのだろうか。立ち止まって自分の足音がなくなると、中から美濃の声が聞こえた。


「どうした? 美濃に用があるのか?」


 後ろからの声に僕は驚いた。放送部部長の繁田だった。


「あ、いや、なんでもない」


「そうか、ぬいぐるみ部は今日は活動なしなのか? まあいいや。そういや今日、美濃すげえやる気あるんだよな」


「やる気……?」


「そう。急に文化祭の校内放送の企画を五つも立てて来て、どれも面白そうなんだよな。もしかして羽有、なんか相談に乗ってあげたりしたのか?」


「いや、特に僕は何もしてない」


「そうか、じゃ、これで」


 繁田は放送室の中へと入って行った。扉が開いた時、より美濃の声が大きく聞こえた。


 ……なんだ。美濃、楽しそうじゃないか。昨日は涙を沢山こぼして泣いていたけど。すっかり立ち直ったんだな。

 



 放送室から階段を降りると、正面の開いた窓から、中庭で作業している人たちが目に入った。


 その中に、美雨がいた。


「美雨ちゃん早い〜! この調子だとあっという間に終わっちゃうね!」


 誰かが美雨を褒めて、美雨は笑って謙遜しているようだった。


 どうやら美雨はクラスの演劇の小道具製作を手伝っているようだ。美雨は結構手先が器用だし、活躍しているみたいだな。僕は窓から誰もいない廊下へと視線を戻し、足早に下駄箱へと向かう。


 ……美雨も、楽しくやっているみたいだな。




 下駄箱に一番近い技術室を通った時には、僕は自分の汚れた上履きしか見ていなかった。それなのに、耳に技術室からの声が入ってしまう。


「稲城すげえな! このゲーム、めちゃめちゃ面白いじゃねえか! パソコン研究部入ろうぜ! 今からでも遅くないぞ!」


「考えておく。このゲーム、文化祭に使ってもらっても構わないからな」


「え! まじか! ちょうど今年部員が少なくて、去年よりゲームの種類が少なくて困ってたんだ! 本当にいいのかよ! ありがとう!」


 稲城、感謝されまくりだな。まあ、稲城にとって、パソコン研究部は適任の部活だろうな。


 

 下駄箱で靴に履き替えて歩き出した僕は、浮いた存在だった。校門前でも、文化祭の入り口の門を設計している人達や、映画らしきものを取っている人達、文化祭に出品するためか絵を描いている美術部の人達。帰るのは僕だけだった。


 ……なんだよ。みんな楽しそうじゃないか。


 僕は教室を出てからここに来るまでを思い出してみる。


 今更気がついた。居場所がないのは、僕だけだ。


 ぬいぐるみ部にしか居場所がないのは僕だけだったのだ。




 向かう場所も決めず、なんとなく歩いて着いた先は、ほたる児童館の近くの公園だった。 


 砂が少し積もっているベンチに僕は寝そべる。


「え? 何あの人? あそこのベンチに寝そべってる」 


「本当だ! マジウケる〜!」


 通りすがりの女子中学生らしき二人組の声が聞こえてきた。


 本当、マジウケる。


 もともとぬいぐるみを作り始めたのは、ひとりぼっちの寂しさを紛らわすためだった。そして、現実逃避をするためだった。 


 いつしか、ぬいぐるみ作りを趣味だと錯覚し、才能もない下手くそのくせにぬいぐるみを作り続けてきた。


 去年の文化祭であんなに売れなくても、僕はぬいぐるみ作りを続けた。圧倒的にぬいぐるみ作りの天才である甲斐先輩から見たら、笑えるほどしょぼすぎる。


 僕はずっと、逃げてきたのだ。友達付き合いを積極的にすることからも、スポーツでに打ち込み汗を流すことからも、勉強からも。そして、何も努力できず、とりえもない自分をごまかすために、ぬいぐるみ作りをひたすらしていたのだ。

 

 逃げて逃げて逃げて、ぬいぐるみ作りしかできることがなくなって、そして、ぬいぐるみ部という居場所も、自分のせいで失って、砂だらけのベンチに一人でいる。


 面白すぎるだろ? おそらく僕の話を聞いたらみんながみんな笑い転げるよな。


「はははは!」


 僕はベンチから、晴れ間にぽつんと浮かぶ雲を見上げて笑った。自分自身が一番笑い転げるかもしれない。笑い疲れるまで、笑ってしまうかもな。


 そう思った時。


「うみがめさん……」


 起き上がると、ベンチの前の草だらけの砂場に、えりかが立っていた。


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